旅立ちの時

「はぁっ、また芋の飯か」


アットはまた晩ご飯に

文句を言っていた。


「僕は、芋好きだけどな」


ポップがそう言うと

いつも一緒にご飯を食べている

ニック、ザック、ラップ、

と言った仲間達の間で

芋飽きた派と芋好き派が

口論をはじめる。


それは毎日の光景、

いつもの日常で

ポップはそうした

ここの生活が

それなりに気に入っていた。


「地上ではよぉ、

肉が食い放題らしいぞ」


「マジかよ、有り得ねえな」


地下の生活、その食料事情が

それ程良い筈はなく、

彼らはいつも地上の

美味しい料理を夢見ていた。


そしてもっと大変なのが

もちろん水であり、

地下水を利用した水が

あるにはあったが、

それは非常に貴重な物で

お風呂などは滅多に入れない、

そんな環境で彼らは

暮らしているのだ。



「そんでだぜっ、

なんでもよぉ、

地上には女ってのが

いるらしくてよ、

とってもいい匂いがして

柔らかくて暖かくて、

すごい気持ちがいいらしいぞ」


アットは地上への羨望を

一切隠そうとしなかったが、

一体どこでそんな情報を

仕入れているのか。


「すげぇなぁ、女か……」


アットの発言に

他のみなも感嘆する。


彼らは『セミ男』と

呼ばれているぐらいなので

もちろんここには男しかいない。


そして、ここの全員が

ここで働きはじめる以前の

記憶がないので、

女の存在を知る者も

見たことがある者もいない。


ここでは女は

もはや伝説上の生き物に等しい。


「あぁ俺も早く

地上に行きてえぜ」


みなもアットにつられて

次々に地上への憧れを口にするが、

もうじきここを出て行く

当のポップは期待と不安が

入り混じった気持ちであった。


もちろん地上に憧れはあるが、

ここのみなと別れることに

寂しさも感じている。


彼らは七年もの間、

同じ釜の飯を食い

ここで共に暮らした

家族のようなものである、

ポップはそう思っていた。


-


そして、ポップはついに

地下生活の二千五百五十五日目、

ちょうど七年間の

最後の日を迎える。


その日の朝、

地上に旅立つポップを見送りに

アットやニック、ザック、ラップを

はじめとする地下の仲間達が

集まって来ていた。


「元気でな、ポップ」


「地上で上手い物食うんだぞ」


「女も楽しみだな」


次々と別れの言葉を

掛けてくれるみなに

彼らにももう

会うことはないのかもしれない、

そう思うとポップは

一抹の寂しさを感じる。


「そんな顔すんなって、

また地上で会おうぜ」


一番仲の良かったアットは

そう言ってポップと握手を交わした。



「地下で七年間も

暮らしていたんだ、

突然地上の光を見たら

失明してしまうからな、これを」


地下の管理長は

そう言うとポップに

特製ゴーグルを手渡した。


「後、これは

地上で過ごす為のお金だ、

これだけあれば

七日間ぐらいは過ごせるだろう」


七日分しかないのか

とポップは思ったが、

その間で地上での仕事を探せ

という意味だろうと解釈した。


彼はまだ七日間の

本当の意味を知らない。



みなに見送られながら、

ポップは旅立つ。


ここには直通のエレベーター

なんてものはなく、

ただひたすら

螺旋の坂道を

地上まで歩いて行くしかない。


ポップは期待と不安に

胸を膨らませながら

地上へと向かって歩き出し

七年間の地下生活に

別れを告げた。


もう二度とポップが

ここに戻って来ることはない。

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