調査結果は寝て待て
私たちは川を歌いながら上る。
美味しいかどうか分からないけれど、酒も魔法で作った。作ったのはルルドだ。ルルドはすぐに魔法に慣れた。
「ルルドって器用なんだね」
「俺たちは何かを真似する事が生きる事そのものだからな。器用にもなるって」
ルルドは私の顔で笑う。
確かに私の顔のはずなのに、どうしてか私に見えないのだ。それは表情一つなのかもしれないけれど、はっきりコレと言える理由が分からない。
「イヌコたち人間は、他に何人いるんだ?」
ルルドが聞く。
「私の他に二人だよ。ルルドと気が合いそうな男の子もいるんだ」
私はそう答えながら、リスくんと半田部長の事を想った。
どこかで私と同じように、面倒ごとに巻き込まれているのではないか。そう考えるだけで不安になる。
偶然にも三人でこの惑星で生活する事になって、生きる事の何もかもが手探りで、だからこそ二人に依存しているのかもしれない。
考えが深みにはまりそうな私の顔を覗き込みながら、ポンタが言う。
「ねぇ、イヌコ。何かいる」
「何かって? 大丈夫そうな何かなの?」
「よく分からない何かだよ。そこの岩」
「岩?」
いったい岩がどうしたのだろう、などと思いながら右手の崖を見上げる。私たちの左には川が流れていて、右の崖は木の根と岩で出来ているようなものだ。
その崖の途中の段差に危うげに乗る岩がある。大きさは人の頭が二つ分くらい。岩には傷がたくさん付いていて、その傷の内の隣り合った二つが真っ白になっている。
「あの傷の付いた岩の事?」
「そう。ちょっと見てて」
ポンタが言うので、私とルルドは大人しく岩を見上げる。
やはり岩は座りが悪いのか、パラパラと砂粒を落しながらコトン、と少しだけ傾いた。すると白い二つの傷が、まるで目のように私たちを見下ろしている気がした。
私は確かめようと思い、崖の方に身を乗り出す。
岩にばかり気を取られていた私は、少し足を滑らせた。
その瞬間、傷の内の一つがパカッと割れて、ニヤッと笑ったのだ。
確かに笑った。
そのまま岩は意思を持ってでもいるように、ゴロゴロゴロ! と私たち目がけて転がり落ちる。
「危ない!」
岩がバチャン! と大きな水飛沫を上げて川に落ちた。
ルルドに思い切り手を引かれなければ、私の頭を直撃していただろう。
「ありがとう、ルルド」
「おぅ。足、大丈夫か?」
「うん。ちょっと捻っただけ」
川に流されながらもニタニタと不気味に笑う岩を木の葉に追わせ、ポンタはそれでも川べりに下りて岩を凝視している。
けれどハッと思い出したように立ち上がり、私たちの元へ駆け戻って来た。
「ごめん。怪我した?」
「大丈夫だよ。それより、あれは何? 他の種族?」
「いや。あの岩から魔力が感じられたんだ。けど僕の感知には引っかからなかった」
ポンタは何か長くて柔らかい葉っぱを、私の挫いた右足に巻きながら答える。
「魔力って事は、あれがお前たちの言う魔力スポットって奴か? あの、魔力を増幅するっていう。でもここ、あんまり魔力が多いとは思えないけどな」
その言葉に、ルルドには目を凝らさなくとも魔力の流れが見えているのだと驚く。
「魔力を増幅していないから、魔力スポットじゃないよ。他の惑星から来た種族なら僕が感知できなきゃおかしいし、例えばアイスキャンディーとか、イヌコたちが間違って生み出しちゃったあれに似てる」
「でも私たち、あんな気味の悪いの作ってないよ⁉」
ポンタの言葉に、思わず強く反論する。ポンタはそれを気にした風もなく「分かってるよ」と答えた。
「似てるってだけだよ。あんなの作ったのなら、もう僕に話してくれてるはずじゃない。だから違うって分かってる。けど、似た何かではあるんだよ」
包帯代わりの葉を巻き終え、腕組みをするポンタ。
「確かに意思を持ってたよね?」
ポンタが私の足を見ながら言った。
「よし! あの岩についても聞き込みしようぜ! ほら、おぶってやるよ」
今の私とは似ても似つかない笑顔で、私の姿をしたルルドが笑う。
「歩けるからいいよ。それに私いい歳だし、ちょっと恥ずかしいから」
「歳? 百歳くらいって事か?」
「え⁉ 違う、違う! まだ二十九歳だよ!」
私が慌てて言うと、ルルドがカラっと笑う。
「なんだ、ガキじゃんか。だったら大人しく背負われてろよ」
それから、それぞれ寿命がバラバラだという事に気付いた。けれどルルドは分かってくれなくて、説明するのに時間がかかってしまった。
そのおかげで、私たちはまた笑って歩き出せたのだけれど。
そしてその日はルルドとポンタが私のけがを心配して、早めに野宿しようという事になった。
野宿とは言っても布団やなんかは本に入っているし、ポンタがいれば簡単な小屋くらいなら何とかしてくれる。いつも通り、意外に快適なのだ。
そしてお互いの話をしながらご飯を食べ、陽が暮れたら寝る。
私たちはとても健康的に初日を終えた。
ところがその日の深夜、私たちの寝床にふかふかの何者かが侵入したのだ。
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