「仲間が流れ出してしまったんだ」
体の大きさが安定しない種族を護衛として雇うため、私とポンタは海沿いの岩場を歩いている。
どうも自由に動けるのは砂浜の砂だけらしく、岩場にまでは追って来ない。もしかしたらさっき風の魔力をソーダ玉に変えた事が功を奏しているのかもしれないけれど。
潮風がベタベタと肌を撫でる。
「ポンタは木でしょ? 潮風って苦手じゃないの?」
「苦手だよ。塩気が好きな変わり者もいるけどね。僕は苦手。でも嫌いじゃないんだ」
「そっかぁ、ちょっと泳がない?」
「海が危ないかもしれないから護衛を探してるんだよ。思い出して。まぁでも、海に入れたら気持ちがいいだろうなって思うけどね」
「入れるでしょ? だって、今は精霊王だし」
私がそう言うと、ポンタは「あっ」と声を漏らした。
私たちは時に忘れてしまう。私たちは自由だという事を。
「水着って魔法で出せるかな?」
「イヌコ。右」
「右?」
ポンタがなんとも不思議そうな表情でそう言うので、私は首を傾げながら右を向く。
すると、驚いた事に人間がいるのだ。リスくんでも半田部長でもない人間が。
その女は長い黒茶色の髪を風になびかせ、愛嬌のある顔で私に笑いかける。なぜか酒瓶を手に持っている。けれど着ている服は、下にズボンを穿いた薄い生地の白い長袖のワンピース。
つまり私だ。目の前に私が立っている。唇にあるほくろの位置までが完全に私だ。
「なぁ、ちょっと助けてくれない?」
その『私』は言った。
「どちら様ですか?」
私は、そう答えるのが精一杯だった。
調べさせてくれと言ったポンタに、あっさり「いいよ」と答えるあたり、悪い人ではないのだろう。
本人の話によれば彼はミラーという種族で、自分の姿を持たずに他の姿をそっくり真似る事ができるのだと言う。
ポンタの伸ばす蔦に全身を覆われながら、彼は話す。
「俺たちは空気みたいな存在だから、いつも何かの姿を借りて生きているんだ。まぁ、だいたい酒盛りしてるんだけどな」
「何かの姿になっていない時は、姿が見えないって事?」
「あぁ。声だけは聞こえるけどな」
ミラーは賑やかなのが好きで、酒好きで、自分の姿を持たない種族。彼はそう説明した。
そんな彼らも「シェルターに」という声を聞いたそうだ。
「いつもなんだけど、その時も俺たち酒盛りしててさ。大草原の真ん中でよぉ! 酒豪で有名な翼人種に化けて飲む酒は最高だぜ!」
さっきから彼の話はこうだ。すぐに興奮して脱線する。
「そんな場所で、どこに隠れたの?」
「それだよ! 長老が空の酒瓶を真ん中に置いて言ったんだ。酒になり隠れようではないかってな! すげぇだろう? 天才だと思ったね、俺は」
それで酒瓶を持っているのかと、私は納得した。
「じゃあ大勢でこの惑星に来たの?」
「そうだな、二十か三十くらいかな? でも今は俺一人だ……」
彼は寂しそうにそう言って俯く。
「何があったのか、聞いてもいい?」
「俺はさ、最後に酒瓶の栓に化けたんだよ。そんで知らない場所で目を覚ました。花がこんな大きいのとか、あんな面白い顔した鳥とか知らなくて……興奮してさ」
「う、うん」
ポンタも彼に這わしていた蔦を全てしまい、話を聞く。
「栓になっていた俺が変化を解いちゃったから、酒になっていた仲間たちが流れ出してしまったんだ。探すのを手伝ってくれ」
未だに私の姿をしている彼が、深々と頭を下げる。
彼によると、事は山頂で起きた。そこから流れ出した仲間を追うべく、川を辿って来たら海に出たと言う事だった。
「探す方法とか見分ける方法ってないの?」
彼は静かに首を横に振る。
「それより、海に混ざったりしてない? 大丈夫なの?」
「山頂からだからな。海に流れ着く前に、何か別の物に化けると思うぞ」
すると、黙って話を聞いていたポンタが言う。
「僕の見た情報によるとね、確かに見分ける方法はないけど、彼らはお祭り騒ぎや歌が好きなんだ。酒宴でも催せば勝手に交ざって来ると思うけどね」
「それだぁ! よし、酒だ! 酒を飲もう!」
「待って、待って! ちゃんと考えてから行動しなきゃ。それに、こっちにだって事情があるんだよ」
私とポンタは、彼にこの惑星の状況や沖に行きたい事を説明した。
すると彼は、仲間が見つかった後なら護衛を引き受けると言ってくれた。
「皆がいれば船にでもなってやれるからな!」
「ありがとう。それじゃあ、探しに行こうか。よろしく。私はイヌコ」
「あぁ、よろしくな! 俺はルルドだ」
何だかリップサービスとかいう二体の貝の頼み事から酒になった仲間を探す事になったけれど、少しウキウキとして私は歌う。
もし歌っていて、自分と同じ顔した人が一緒に歌い出したりしたら、それはミラーたちかもしれない。
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