初めての営業活動
精霊王の言った通り、精霊が誕生すると今までのように魔法を使う事ができなくなった。
いくらソーダ玉を握っても新しい靴は現れないし、ふかふかの布団も材料すら揃えられない。辛うじて光だけは、小石に発光を付与して確保できた。
どうも材料だけではなく対応した魔力を選んで練り上げなければならないようで、とても難しくなった。
けれどこれでいいと思う。
そうでなければ人の想像力も欲もキリがないから。
それから、魔法を使うと体力が削られる事も分かった。だから魔法少女なんて現れっこないのだ。現れるとすれば、ムキムキの体力馬鹿な魔法少年。
例えばリスくんのような。
そういう訳だからあんな大きな魔法を立て続けに使った私たちは、光り輝く空を見上げながら眠ってしまった。リスくんを残して。
興奮しきりなリスくんが、得意らしい地の魔法で一人ずつカマクラのような物を作ってくれると、精霊王がそこに葉っぱや綿の実を敷き詰めてくれた。
だから初めての野宿は、思っていたより心地よく眠れた。
地球と変わらない朝日に目が覚めると、美味しそうな匂いが漂っている。カマクラから顔を出すと精霊王が朝食を作っていた。
「おはよう。ご飯作ってくれてたんだね。ありがとう」
私が声を掛けながら外に出ると、竈で琥珀色のスープが火にかけてある。精霊王はバナナに似た果物をシュガーバター焼きにしているところだ。
「おはよう。二人は出かけたよ。嫌いなものないよね? 知ってる。勝手に情報とか見ちゃってごめんね。だって世界樹だからさ。それにしても物に触れるって楽しいね」
昨日とは雰囲気が違うくらい楽しそうな精霊王が言う。
「今までは触れなかったって事?」
「そうだよ。だって僕の本体は世界樹の木の方だしね。この姿はおまけみたいなものだったから。精霊王になってから急に僕の方が本体になったんだ」
精霊王はそう言いながら片手でポコンと切り株の椅子と机を出現させる。そこに、誰かが作ったのだろう素焼きの皿にシュガーバターの果物とスープを盛り付けて乗せる。
「てことは、世界樹はなくなっちゃったの?」
私は聞きながら空を見上げる。もうそこに世界樹の姿はない。
「あるよ。今はこの世界中の空を自由に漂ってるんだ。離れていても僕には世界樹の集めた知識が伝わるし、どこにいるのかも分かる。ただ世界樹自体は雲とか、そうだな……幽霊みたいになったんだ。分かる?」
「何となくは。触れられないって事でしょ?」
「そういう事」
見えているのに触れられない、触れてもらえない。それはどれほど悲しい事だろうか。おそらく何千年と生きているだろうに。
「一緒に食べようよ」
私がそう言うと、彼は少し驚いてから嬉しそうにスープをもう一つよそった。
「二人はどこに出かけたの?」
「僕が言語の統一をしたから、営業活動に行くって言ってたよ。リスくんは体力が有り余ってるみたいだし、地の魔法も得意みたいだからきっと大丈夫だよ」
精霊王が言った。
「部長は? 体力があるとは思えないんだけど……」
「まぁね。けどパンダさん器用みたいでさ、細々とした魔法を色々と試してたよ」
「パンダじゃなくて半田だからね。でもまぁ、元気ならいいか」
そこで私はふと思い出した。
「あのさ、小さな氷の魔獣がいたと思うんだけど、どうしてる?」
「あ、忘れてた」
私たちは慌てて冷凍室の扉を開けた。
そこには、保存用の冷凍食品や採ってきておいた果物を食い散らかしてご満悦の氷の魔獣がいた。
「もう言葉、通じるんだよね?」
私は精霊王に聞く。精霊王は頷いて、氷の魔獣を掌に乗せる。
「こんにちは。私は柴イヌコよ。あなたの名前は?」
私は慎重に言葉を選んで声を掛ける。
氷の魔獣は、冷たいと言いながらと喜んでいる精霊王の掌の上でコロンと転がった。笑顔を振りまいているらしい。
「美味しかったよ。遊ぼう」
氷が鳴るような高い声で、氷の魔獣が言う。
「えっと……そうだね。あの、名前は? 何を食べるのかでもいいんだけど、何か教えてくれないかな?」
「お花はとっても美味しかったよ! 白くて甘いのも美味しかった!」
食い散らかされた冷凍食品の袋から察するに、白くて甘い物とはケーキの事らしい。
それにしても、話ができない。
「ねぇ、もしかしてこの子、まだかなり子供?」
「そうみたいだね。ちょっと見てみようか」
精霊王によると、この子は前の惑星でアイスドールと呼ばれていた種族の子供らしい。
アイスドールとは、子供の頃は氷の塊のような姿をしていて、大人になるにつれて狼や兎、鳥や龍など別の何かの姿を模して成長する生き物らしい。主な食べ物は甘いもの。悲しくなると川さえ凍る風を吹かせるらしい。
「あれはそういう事だったのね……」
遊ぼうと言ってばかりのアイスドールの子を精霊王に任せ、私は初めての異種族営業のレポートを書く。
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