優先事項を明確に


 精霊王によって言語が統一されたその日、昼前にリスと狸が走って来た。

 猛烈な勢いで走るリスは狸より速かった。

 二匹は私と精霊王の前まで来ると、足に縋りつきながら訴える。


「大変です! 大至急セキュリティを強化しましょう!」

 そう狸が言う。

「あんな魔獣に営業活動とかムリっす! 頑丈な部屋が欲しいっす! 今すぐ!」

 リスが私の膝の上でそんな風に叫んだ。

「もしかして、半田部長とリスくんですか?」

「はい!」


 二人は私の言葉に頷いてから、ポン! とワインのコルクが抜けるような軽快な音をさせながら元の姿に戻る。

「変化なんて出来るんですね。楽しそう」

「そんな事を言っている場合じゃありませんよ! 熊ほどもある貝ですよ!」

 そんな風に部長が言えば、いやいやとリスくんが続ける。

「そんな可愛いもんじゃないっすよ! あれはもう口だけお化けでした!」

 例えが可愛らしいリスくんの事は置いておいて、とにかく頑丈な部屋が欲しいという事は分かったので、私は今朝から考えていた事を提案してみる。


「それなら、リスくんが広げた地下迷宮に住んではどうでしょうか? たぶん、部屋いっぱいありますよ」

 私の提案に、部長もリスくんも賛成してくれた。それから精霊王も、少し気になる事があるからと言って調査を兼ねて一緒に地下迷宮に潜る事になった。

 アイスドールの子は冷凍室で留守番だ。


 ポコンと盛り上がった地面に、白い石の扉。一度も開けた事のない入り口には真新しい南京錠がかかっている。魔法で作ったのだから、もちろん鍵はない。

 それを、精霊王が木の根を器用に操ってガチャガチャと開けてくれる。鍵が無いので無理やり開けるしかないのだ。

 それを見守っていると、精霊王が言う。


「柴犬にパンダにリスでしょ? 僕も名前が欲しいな」

「イヌコに半田部長ね。でも、確かに呼び名はあった方が便利よね?」

 私は訂正しながら、彼に似合いの名前を考える。

「木だからリーフとかは?」

「え? 僕だけ動物じゃないの嫌だ」

「そんなぁ……。木、葉っぱ、動物……」

 私がブツブツ言っていると、半田部長が「狸はどうですか?」と言った。

「確かに、葉っぱと言えば狸とか狐っすよね」

 リスくんも賛成のようだ。言われて見れば、精霊王は薄い茶色の長髪で、狸っぽいと言えなくもない。なので、私は狸で考えられる名前をあれこれ思い浮かべる。

 葉っぱで変化する狸。狸……。

「ポンタ?」


 私が言うと、プッと噴き出したリスくん。けれど精霊王はその名前を気に入ったようで、鍵を開ける手を止めて満面の笑みで「ポンタ」と呟いている。

「イヌコ先輩、ポンタはないっすよ。ペットじゃないんだから」

「そう? まんま狸って呼ぶより可愛いでしょ?」

 私が抗議の声を上げると、精霊王は「ポンタが良い」と言ったのだ。その時の部長とリスくんの驚いた顔は忘れない。


「開いたよ」

 精霊王、ポンタが言った。

 リスくんが重い石の扉を持ち上げると、その下には思っていた通りの階段があった。どういう訳か、階段は明るい。壁自体がぼんやりと朱色の光を放っているようだ。

 そこをひたすら真っ直ぐ降りながら四人で話をする。


「ここに住むなら、この入り口を何とかしないとっすね」

「確かに、毎回こんな事やってられないよね」

 私が言うと、部長が唸る。

「部長、どうしたんですか?」

「あぁ、いえ。確かに毎回こんな事はやってられないのですが、少しでも頑丈でなければとも思うのです。安心して寝られる頑丈な扉を……」

「それなら」


 ポンタはそう言って私たちに掌を広げて見せる。何だろうと思っていると、そこから木の枝が伸びだした。見る間に枝には葉が茂り、花が咲いた。

そして枝は風に揺れるでもなくピョコン、ピョコンと手招きをするのだ。

「僕って世界樹なんだよね。ついでに今は精霊王だし。だから木は自由に操れるらしくてさ、良かったら僕が入り口の上に家でも作って住もうか? 守るくらいは出来ると思うよ」

 世界樹であり精霊王でもある。ポンタは今、木の精霊という事なのだろうか?

 ともかく、私たちは三人一致でポンタにお願いした。


「ありがとう。でも、いいの? 疲れない?」

 カツン、カツンと足音の響く狭い石階段を降りながら、私はポンタに聞く。

「いいよ。どうせ僕もこれからどこかに住まなきゃいけないんだし、入り口の上に大きな切り株でも置いて家にするよ」

 ポンタの言う切り株とは、おそらく家一軒ぶんくらいの大きさなのだろう。


 セキュリティ問題が解決しそうな雰囲気に心を軽くした私たちは、すぐに一番下らしい所に辿りついた。他の場所に進めばもっと下に続く階段もあるのかもしれないが、ここはこれが一番下だ。

 真っ直ぐ続く階段には二回、分かれ道があった。

分かれ道は踊り場というには広い階で、扉のない個室が無数に並ぶだけの真っ直ぐな廊下だった。

そこから三方向に分かれる階段の一つを選んで、皆で同じ道を降りて来た。


「リスくんが作った迷宮だから当然と言えば当然なんだろうけど、本当にどこまでも真っ直ぐなのね」

「どうもっす……」

 私の言葉になぜか照れるリスくん。

 そして底に辿り着いた私たちは恐ろしいものを見てしまったのだ。いや、聞いてしまったと言うべきかもしれない。

 ケタケタと笑う……そう、私たちが間違って生み出してしまったあのキノコだ。

 その声があちこちから聞こえてくる。視線を彷徨わせると、壁の隅に、階段の裏に、天井にとすでに自生し始めているのだ。

 さらにはピョンピョンと跳ねまわるアイスキャンディーもいる。群れで。おそらくこちらも自生しているのだろう。

 果たして彼らは生物なのか? 私たちが間違って動けるようにしてしまったAI的なものなのか?



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