食料の確保

「えぇ、では改めて食料の確保に向かいましょうかね」

 やっと動き出せる、と私は思った。動き出せるまでに時間がかかったのだ。

 まずは勝手に形になってしまう状態は食い止める事ができた。しかし今度は、魔法を発動させるのに必要なソーダ玉が大きすぎて持ち歩く事ができない。

 なのであれを三つに分けて、山歩きの為に作った杖の先端に埋め込んだ。

 さぁ行ける、と思ったら今度は何もない。

 そう。何も持っていないのだ。鞄も、ナイフも何も。


 そこで私は何も書かれていない、一冊の本を魔法で出した。そこに何でも入れておけるような本だ。

 服もナイフも、冷凍食品も。そして自分より大きな大岩も、何でも入れられる。

 部長の要望で、ページには魔力で書き込む事もできるようにした。

『冷凍』『時間を止める』『乾燥』などと条件を付与するのだ。移動するにもこれ一冊あればいいという優れ物だ。


 ならば動き出せると思ったら、今度はスーツの問題が出てきた。

 スーツで大自然は歩けない。

 それぞれ魔法で私服を用意したのだけれど、想像力というのは豊かであればあるほど矛盾も出てくる。

 色がおかしいくらいならまだしも、サイズが合わない。袖が長すぎる。袖が多すぎる。ボタンもチャックもなくて脱げない、などだ。

 私達は苦労して、今ようやく何の不自由もない私服を手に入れた。

 これでやっと動き出せる。

 私は分厚い本だけを肩掛けカバンに入れて立ち上がる。


「それじゃあ行きますよ。それぞれ本は持ちましたね? 採取用のナイフはいいですね?」

 部長が先頭を歩きはじめ、私はこれでいいものかと不安になる。

 多少でも前知識がある分、私が先頭を歩いたほうが危なくないのではないだろうか? と思ったのだ。

「部長。やっぱり私が先頭を歩きますよ」

 私がそう言うとパン……いや、半田部長はニッコリと笑顔で振り返る。

「大丈夫ですよ。こんな歳でも僕の方が頑丈でしょうから」

 部長はこんな新惑星に来てまでも頼りになる。


 歩きながらミカンに似た果物を見つけた。

 しかしそれを手に取ると、皮がプリンと裂けて花が咲いてしまったのだ。これでは食べられない。

 ヤマモモに似た果物の中身はほとんどが水分で、腹の足しにはならないが大事な水分になるかもしれない。

 美味しそうなバナナが生っているのも見つけたけれど、何だかとても酸っぱい匂いがするのだ。腐っている感じは全くしないのに、匂いだけやたらと酸っぱい。

 けれど私たちはそれも持ち帰る。


 しかしこれだけ歩いても生き物に出会わない。

 鳥はおろか、虫の一匹にすら出会わないのだ。

ガサガサと音はする。けれどそれは私達が生み出してしまった笑うキノコかもしれないし、ぴょんぴょんと移動するアイスキャンディーかもしれない。

それにしても鳴き声すら聞こえない。

 初めに聞いたあの「ビョォォ」という鳴き声の主に警戒していたけれど、あれがどういう姿をした者なのか、果たして生き物と判断できる姿をしてくれているのかさえ分からないのだから仕方がない。


 ガサガサっと、何度目かの気配に私たちは足を止める。

「俺が見てきますよ」

 音のした茂みにリスくんがズカズカと近づいて行く。

 私と部長は何の意味もないけれど、杖を前に突き出して構える。

「うおっ!」

「リスくん、大丈夫⁉」


 私が思わず駆け寄ると、そこに居たのは氷だ。ぱちくりと瞬きをする、掌ほどの氷。

 瞳は透き通る紫で、デコボコとしているけれど全体的に丸っこい。陽の光をその身に受け煌めく姿はまるで宝石のようだ。

「瞬きしてるって事は、生き物だよね? 初めての異種族?」

「そうなんすかね。でも綺麗っすね」

 私たちは見惚れていると、氷の子はキーとかキョ―という声で鳴きだした。

 当たり前だけれど、私たちの前に言葉の壁が立ちふさがった。

「営業の前に言葉の壁を何とかしないといけませんね」

 溜め息交じりにそう言う私とは裏腹に、部長は笑顔を崩さずに「そうですね」と答える。

 もしかすると部長は、本当に楽しんでいるのかもしれないと思った。


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