第一期

それはまるでブラック企業のように

部長と仕事

 大自然の中、半田部長が言った。

「えぇ……お二人とも、感傷に浸るのは後にしましょう。まずは」

 部長はそこで言葉を切り、無理難題を跳ね返す時に見せる例の顔をした。

「まずは?」

 私は聞く。部長はスーツの襟を正しながら答える。

「プライベートスペースと仕事スペースを分けて確保しましょう」

「部長……」

 私は、ここでどんな仕事をするつもりですか、とは言わずに飲み込んだ。我ながらよく飲み込めたものだと感心する。

 それにしても空気がキラキラしていて遠くが見づらい。おそらく、これが流れ込んでしまった神々の力。魔力だろう。

 魔力はコーラに指を突っ込んだ時のように、少しピリピリとする。

 ふと隣のリスくんを見ると、酷く遠い目をして呆然と立ち尽くしていた。

 気持ちは分かる。


「あの……ここで言う仕事とはどのような事でしょうか?」

「そうですね。やらなければならない事は多いですが、優先されるのは研究、これは主に食料についてですね。それから調査、これは魔力について。営業、こちらは異種族交流と情報の共有が主になります。あとは環境整備とセキュリティの強化ですね。これらはほぼ他部署の仕事なんですがね。他部署が機能していない以上、我々でやるしかありません。しばらくはかなりブラックな労働になると思いますが、お互い頑張りましょう」

 半田部長は爽やかに笑顔を向ける。

 言いたい事は色々あるけれど、部長……他部署って神様の事ですか?

 とは、やはり聞けない。


 私は部長の有能さに安心し、けれど自分がしっかりしなればと決意を固める。

「部長。魔力についてなんですが、想像力を形にする力だと言っていましたので早急に性状を把握しなければと思います。まずは実験から始めてはどうでしょうか?」

「そうですね」

 部長が頷いた時、唐突に地面が揺れた。地震にしては短く、下から突き上げるような揺れだった。今は細かな振動が足に伝わる程度だ。


「あ……あの」

 震える声でリスくんが右手を上げる。私は彼を安心させようと、全力の笑顔を向けた。

「大丈夫よ。きっと地震でしょう」

「違うんす……俺、たぶん俺っす」

 とても慌てているのか、言葉遣いがいつもと違う。

「何が?」

「現在、想像力がフル稼働してて……地下迷宮とかありそうな世界だよなって、子供の頃のゲームの事を思い出してて……」

「そんな……ちょっと待って!」

 つまり、リスくんの想像力が私たちの足元で形になっているという事だろう。

「それは面白いですね。入り口はどこでしょうか?」

 まったく困った様子のない部長が心なしか楽しそうだ。

「部長、そんな暢気に言っていられませんよ! 放っておいたら延々と広がり続けるんですから!」

 言ったそばから、私たちの目の前にボコッと土が盛り上がって穴が開いた。

 覗き込むと階段になっている。地下迷宮へ続いているのだろう。


「リスくん、取りあえず違うこと考えて! この間の金銀の冷凍キャラ弁キットはどうなったの?」

「金銀?」

「そう、それ!」

 私はリスくんの思考を止めようと、必死に形になっても問題なさそうな話題を振った。

 けれどリスくんの野太い叫び声が響く。

「あぁ……! 金銀スライム、配置完了しました!」

「やめてよ! 止めて、止めて!」


「重厚な扉」

 ふと、部長がリスくんを見ながらそう呟いた。

 すると地下迷宮の入り口の穴に、重そうな白い石の扉が現れた。地面に空いた穴を塞ぐ、それはまるで豪華なマンホールだ。

 部長は続ける。

「鍵」

 そして豪華なマンホールに、アニメなんかでよく見る煌びやかな南京錠が付いた。

 それを横目でチラリと確認した部長は、リスくんの目の前でパン! と手を打った。

 驚いて固まる私とリスくん。

「止まりましたね」

 言われて見ると、足元の地面はもう少しも振動していない。


「やっぱり急がなきゃ……」

 それからケタケタ笑うキノコやら、自分で飛び跳ねて移動するアイスキャンディーなんかを生み出しながら、私たちは会議を重ねた。

 そして偶然にも魔力の結晶のような大きなソーダ玉が生まれた時、それを媒介としてしか形にならないようにしたのだ。

 これが、私が初めて意識して使った魔法だ。

 魔法で媒介にしたからなのか、魔力のソーダ玉は人の顔ほどにまで大きくなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る