食料の確保 二

 私たちは引き続き食料の確保と研究を行うのだけれど、その前に氷の子について会議を行う。


「では、便宜上この氷の子を魔物と呼ばせていただきますが」

「意義あり!」

 私は慌てて部長の言葉を遮る。

「はい、イヌコさん。どうされましたか?」

「ここは魔獣と呼ぶべきではないかと思います」

 私の言葉に、リスくんが首を傾げる。

「なんでっすか? かなり魔物っぽいと思うんすけど」

 リスくんは喋り方を普段使いの言葉に変えたみたいだ。それは置いておいて、私は二人に訴える。

「この惑星には想像力を形にする力が溢れているんです。ソーダ玉を介さないと発動しないようにしましたけど、なんの手違いで形になってしまうか分からないんです!」

「魔物という呼び方が危険という事でしょうか?」

 部長が聞く。私はそれに激しく頷いた。

「はい。呼び方一つで激しく想像力を掻き立てますので、少しでも柔らかい表現にするべきだと思います。ですので見た目は全く魔獣っぽくありませんが、ここは魔獣と呼ぶべきだと思います」

「では、他に魔獣と呼ぶ事のメリットはありますか?」

「魔王誕生の可能性が著しく低下します」

「採用」


 そんな重要会議を経て、私たちは歩き出す。その後をさっきの氷の魔獣が付いて来た。

「付いて来てますけど、この子のご飯もいりますよね?」

 私は何気なく呟いた。

 すると前を歩いていた部長が青い顔に笑顔を張り付けて言う。

「そうですね。私たちがご飯にされないように気を付けなければいけませんね」

 私とリスくんはヒッ! と短く悲鳴をあげる。

 考えてみればそうなのだ。ここには彼らの見慣れた食べ物なんて無いだろう。ならば、何を食べ物と認識しても不思議はない。


 ふと足元に冷風を感じた。ヒリヒリと肌が痛むほどの冷たさだ。

 視線を落とすと、そこには紫の瞳でクリンと私たちを見上げる氷の魔獣がいた。

「急いで食べ物を! 部長、さっきのヤマモモを早く! バナナでもいいですから!」

「すぐ出します、出しますよ! ほら、出た!」

 氷の魔獣はピシピシと音を立て、地面に近い辺りの体をひび割れさせる。そこから赤い舌がベロンと現れ、バナナを一舐めする。

 しかし目を細め、氷の吐息を吐いてカチコチにしてしまう。

 お気に召さなかったのだろう。

 次にヤマモモを舌で器用にひび割れの中に入れ込む。これを、食べたと表現するのだろう。

 特に何の反応も示さない所を見ると嫌いではないのかもしれない。

 それでも不安の残る私は、花の咲いてしまったミカンを目の前に置いてみた。

 氷の魔獣はピョンピョンと跳ねてそれに近づくと、ベロンと食べる。

「キーヨ! キョウゥン!」

 表情は分かり難いけれど、どうやら気に入ってくれたらしい。

 そしてポンと高く飛びあがると、私の胸に飛び込んで来た。この子にとって、これが弾ける笑顔なのだと思う。

 食べられる危険性は拭えないけれど、今のところは懐いてくれたらしい。

 仲間は多い方が心強いものだし、一緒に暮らそうと思う。


「言葉を統一できたら、食べるつもりかどうか聞けるんすけどね」

 リスくんが、どれだけ掘っても一向に終わりの見えない長芋らしきものを掘りながら言う。

 氷の魔獣は、掘りたての柔らかな土の上で眠っている。

「そう思うけど、想像力に形を与える力でしょ? 言語の統一をどういう形にしたらいいのか分からなくて」

「そうっすよね」


 ふぅっと溜息を吐く私たちだけれど、いい事もあった。

 毒があるか無いかを判別するスプーンを、魔法で作りだしたのだ。それによって食料の確保はかなり捗った。

 ふにゃふにゃの変わった白い木は、カリフラワーに似ていて食べられる。

 冷凍室の近くの大木は切りつけると萌黄色の樹液が溢れて来るのだけれど、それも食べられる。どうやって食べたら美味しいのかはまだ分からない。

 そして拠点に、つまり冷凍室の前に戻ってきた私たちはそれに気づく。

 冷凍食品だ。

 私はハッとして、冷凍室を、電気がなくても稼働するように作り変える。

 形を与えると言うのは、すでに形のあるものに何かをする事もできるらしいと知った。

 そして冷凍室は氷の魔獣の寝床になった。


「今日はすみませんでした」

 火を囲んでいると、部長が突然そう言った。

「どうしたんですか?」

「私が冷凍食品の存在に気付かず、皆さんを振り回してしまいましたから」

「そんな事、三人とも同じですよ」

 私は笑い飛ばし、冷凍のお好み焼きを焼く。

 部長も戸惑っているのだ。そう思うと、少しだけ気が楽になった。

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