神々の試み

「あんた、

まだ終わってないじゃないの、

どうすんのよっ!?」


その日の終業時間、

また陽子の声がオフィスに響いた。


「……大丈夫、です」


夕子はいつものように

小さい声でボソボソと喋る。


「……今晩泊まって、

徹夜でやりますんで……」


その言葉に呆れ顔の陽子。


「あっ、そっ」


デスクの上に置かれている

自分のバックを手に取り

陽子は帰ろうとする。


「じゃぁ、せいぜい

徹夜でもして頑張んなさいよっ」


そのまま帰るのかと

思われた陽子だったが、

手に何かの瓶を持ち

再び戻って来る。


「あっ、そうだ、

これあげるわっ」


そう言って陽子が差し出したのは

瓶入りの眠気防止ドリンク。


陽子の意外な行動に

戸惑う夕子。


「……あ、ありがとう」


素直にお礼を言われて

ちょっと恥ずかしくなった陽子は

ツンデレのテンプレセリフを

吐き捨てた。


「か、勘違いしないでよねっ、

あたしが買ったのが

消費期限切れになりそうだから、

あんたにあげるだけなんだからねっ」


「……う、うん」


だがこの陽子が渡した

眠気防止ドリンクが、

後でヨーコの首を絞めることになる。


あの異世界には

眠っている時にしか行けない。


陽子は早々に退社し、その後

他に誰も居なくなったオフィスで、

夕子は一人明日の会議の

資料作成に励むのだった。


-


今日の一日を終え、

再び睡眠の時を迎える陽子。


ベッドで就寝する陽子が、

深い眠りに落ちると

彼女の魂は彼女の肉体を離れ、

枕元に出現した

異世界に繋がるゲートへと

吸い込まれて行く。


魂が異世界へと転移する際に、

ゲートの中で粒子のような物が

その魂を包み込み

肉体の構築を行い、

彼女には別の肉体が与えられる。


その後、陽子はヨーコとなって

ゲートの出口から

異世界に現出するのだった。



これこそが、

勇者不足の現状を打破する為に、

神々が考え出した試みの第一弾。


これまで死に直面した人間のみを

異世界に勇者として

転移、転生させて来た神々であったが、

さすがにそれだけでは

もう勇者不足は補えない状況。


という訳で神々は

人間が寝ている時間を

異世界で有効に

活用してもらうことを思い付き、

陽子、そして夕子は

まさにその実験台に

されているのであった。


その仕組み上、当然ではあるが

彼女達は眠っている時にしか

この異世界に来ることが出来ない。


そしてどちらかの世界に居る時は、

もう一方の世界の記憶は

全く残っていない。


なので人間世界に居る時に

異世界の記憶が無いのはもちろん、

異世界に居る時もまた

人間世界での記憶は全く無い。


この試みもまた

神々の戯れと言えば

それまでではあるのだが。


-


タイミングが悪いことに

今日はいつにもまして

魔王軍の侵攻がすざましく、

通常の何倍もの軍勢が

反乱軍を追い詰めていた。


もしヨーコが

異世界で死を迎えた場合、

魂が消滅しなかったとしても

元の世界との繋がりが断ち切られ、

彼女の魂は本来の肉体に

帰る事が出来なくなる。


そして、ユーコとヨーコの

二人が一緒に揃わないと

勇者が出現することはない。



反乱軍の圧倒的劣勢、

仲間は次々と死んで行き

今まで以上の地獄絵図。


ヨーコはやはり今日も

泣きながら銃を撃ち続ける。


「ユーコォーーーッ!!

早く来てぇーーーっ!」


「なんでっ、なんでいつも

早く来てくれないのよっ!」


ヨーコはユーコが

ここに来てくれることを

信じ続けている。


しかし今日に限っては

ユーコがこの世界に現れるかは

分からない。


何故なら日向夕子は

会社のオフィスに泊まり込み、

徹夜で資料作成に

励んでいるからだ、

陽子にもらった

眠気防止ドリンクを飲みながら。


「……今日は、徹夜、頑張る」

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