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 それに一橋先輩も否定してたから……。


「南はとっくに気付いてたんじゃないのか? この間、ブルーが好きですか? とか、字がどうのこうのって聞いてたから。てっきり気付かれたと思ってた」


「だって一橋先輩は手紙なんか知らないって……」


「山梨や桐生の前で、俺が南に手紙を出したなんて言えないし。彼氏がいるって噂は、山梨から聞いてたし……。でも、振られた実感なくて……」


「一橋先輩だったんですね……」


「直接渡すつもりだったから、名前を書いてなかったんだ。ごめん、ドジだよね」


「いえ……」


「家の前で手を離す。だからあともう少しだけ、手を繋いでいたい。ダメかな」


 一橋先輩の表情は少し寂しそうだった。

 無理矢理手を振り払うことは、一橋先輩に対して失礼な気がした。


 家の前で手を離してくれるなら、あと数メートルだ。これで最後にしてくれるなら、数メートルだけ手を繋ごう。


 繋いでいる手はあったかくて、一橋先輩の想いが、鈍感な私にも伝わってくる。


 私の家の明かりが見えた。

 一橋先輩は私の家を見つめ、黙って門まで歩いた。


 外灯に照らされ歩く道のりは、近いのに遠く感じた。創ちゃんとなら、遠くても近く感じるのに。


 家の手前で、一橋先輩は突然立ち止まった。


「南……」


 一橋先輩が振り向いて、私を見つめた。

 

「はい」


 私も立ち止まり、一橋先輩を見上げた。

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