17

「お兄ちゃん! 今度創ちゃんを殴ったら、礼奈はお兄ちゃんと絶交するから!」


「……はっ? 絶交?」


「一生口をきかない。メールもLINEもしない。それでもいいの!」


「……れ、れいな」


 敏樹が眉をしかめて礼奈を見た。礼奈に睨み返され、あの敏樹が一瞬怯んだ。


 礼奈に言い返せない敏樹は、怒りの矛先を俺に向け、血走った目で俺を睨み付けた。


 超……怖い。


「……創、今日のところはこれで勘弁してやる。これ以上、礼奈に手を出したらその時は容赦しねえからな」


「わ、わかってるよ。約束守ってるだろ」


 俺の瞼は金魚鉢の出目金みたいに腫れ上がり、目は右往左往している。


 だけど、この状況を理解して欲しい。

 先に抱き着いたのは、礼奈なんだ。

 ハグしたのは俺だけど、殴ることはないだろう。


 敏樹は礼奈に叱咤されよほどバツが悪かったのか、ふてぶてしい態度のまま部屋を出て行った。


 足でドアを蹴飛ばし、バタンッと大きな音をたてドアが閉まる。今にもぶっ壊れそうだ。


「……まったく! なんなんだよっ! アイツは鬼か、閻魔大王か」


「ごめんね、創ちゃん。傷は痛む?」


 痛いに決まってるだろ。

 気絶しそうだ。


 礼奈の細い指が俺の唇に触れた。

 礼奈の指先が俺の血で染まった。


 礼奈はティッシュペーパーで、俺の血を拭う。


「いてて……。触るなって……。手が汚れるだろう」


「汚れるくらい平気だよ。創ちゃん、ごめんね……。本当にごめんなさい」


 今にも半ベソ状態の礼奈が、俺に抱き着いた。


 礼奈をハグしたのは本当だし。約束を破ったのは俺だ。


 俺に抱き着いている礼奈の背中に、そっと手を回す。


 女の子の体って、風船みたいにやわらかくて、フワフワしていて気持ちいいな。


「創ちゃん、氷で冷やす? 瞼腫れてるし、顔もきっと腫れちゃうよ」


「そうだな。あいつ、ゴリラみたいに馬鹿力だから」


「待っててね。氷持ってくるから」


 礼奈は俺に抱き着いていた手を解き、俺の切れた口角の横にチュッてキスをした。


「……へっ?」


「エヘッ……。消毒だよ」


 礼奈は恥ずかしそうに笑った。


 しょ、消毒?

 そ、そうだよ、消毒だよ。


 今のは切れた口角に消毒しただけ、キスじゃない。だからノーカウントだ。


 礼奈に消毒してもらえるなら、敏樹にもう一回殴られてもいい。


 俺は痛む頬を擦りながら、デレデレと目尻を下げる。


 敏樹に殴られた左の頬は、すでに腫れ上がり熱を帯びている。


 でも礼奈にキスされたところは、もっと熱を帯びている。


 ――『やったな』

 欲望が勝ち誇った顔で、理性を見下す。


 ――『バカバカしい。あれは不可抗力だ。こちらからキスしたわけではない』

 理性が『そうだよな、創』と、俺に念を押す。


 敏樹にボコられて、なんて幸せなんだ。


 ――『コイツはアホか』

 ――『アホではない。アホはお前だ』

 脳内で繰り広げられる欲望と理性のバトル。


 俺、アホでもいいよ。


 我慢なんて、ムリムリ。

 だって、礼奈が可愛いんだもん。

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