第6章 さらば地球防衛部

第36話 さらばトウマハヤタ

 地球防衛部が星雲学園を侵略してから五日後。


「ねぇ、ラン。ランの星ってどういう所なの?」


「アコー、胸ってどうやったら大きくなるのー」


 俺の両隣の光景は一変し、かつてあった彼女達に対する軽蔑の視線や、抵抗感の様なものはそこにはなかった。


 あるのは……というか、いるのはただの人気者の星人二人。


 一年のクラスでも星人の人気者が出来たと噂で聞き、どうやら最近は人気者誕生ウィークらしかった。


 と言っても彼女達の日常は変化したが、俺の日常はあまり変わりはしなかった。

 あるとすれば最近彼女達と過ごす時間がめっきり減り、部室にさえ行っていない事だ。


 それもこれも、彼女達そして俺が望んだ結果。


 本当にこの学園、そして生徒たちは変わったと思う。


 なんせ彼女達の想いを知り、それをようやく受け取ったのだから。


 喉が渇いたので囲みの横を通り過ぎ、一階へと向かう。


 歩きながら上映後の事を思い出す。


 と言っても、彼女達の事は説明しなくてもどうなったかは分かるので、俺個人の事だ。


「「隼大~!」」


 俺一人壇上から降りた後、子供の様に涙を流した二人の中年男女にいきなり抱き着かれる。その後ろでは、店長が困った表情を浮かべ軽く手を挙げて挨拶した。


「父さん、母さん、暑い。というか恥ずかしい」


 人が多くて気が付かなかったが、同級生トリオで映画を見ていたらしい。


 無理やり引きはがし、改めて二人に向き直る。


「ていうか、二人喧嘩してたんじゃないの?」


「そんなの、あんな素晴らしい作品を見たら忘れるに決まってるだろ! なぁ、母さん!」


「そうよ、我が息子ながらまさか高校生にして、アカデミー賞レベルの映画を作るなんて……」


「是非うちの会社に……と言いたいところだが……」


 顔を見合わせる二人、そして再び訴えるような涙目で向き直る。


「俺の科学特撮シリーズ系統の作品でもなく――」


「私の仮面特撮シリーズ系統の作品でもない――」


「「――どうして魔法少女なんだーーー!!」」


 この二人、本当に息ぴったりだな……。


「いつの間にか息子が、夢見る男に目覚めていたなんて知らなかったぞ」


「私達の特撮教育って一体何だったのかしら……」


 目に見えて落ち込み、肩を落とす二人。この場合どうフォローするのが正解だろうか……。


「あ、あれはたまたま――」


「隼大は俺の意思に賛同してくれたんだよ。お前らのカッコいいだけで男が憧れる時代は終わったんだ」


 更に話をややこしくするように、店長が割り込んでくる。


「星矢、まさか……お前のせいだったのか! 息子を変な方向に目覚めさせやがって!」


「いや、元々隼大が持っていたっていう可能性も……。今日の演出だってあんなの玄人じゃなければ思いつかないわ!」


 醜い中年男女三人の言い争いが始まる。


 かなり目立っていたので、無理やり魔法宇宙仮面ヒーローになりたかったという訳の分からない所に着地した。


 改めて二人が向き直ると、その表情はクリエイターとしてではなく、よく知っている親としての顔だった。


「お前がこの学園で何をしているのか。俺たちは十分理解できたよ」


「そうね。伝えたい想い、それは私達にもしっかり届いたわ」


 そう言って、ステージ横で起きている彼女達の囲みを見る。


「いい友達を持ったな、隼大」


「まぁね」


 俺がやりたかった事を彼女達は叶えてくれた。


 助けられたのは、俺の方なのだから。


「あー、もう! 作品に感化されて喧嘩してたのが、めちゃくちゃバカらしく思えるじゃない!」


「そうだな。母さん、この後飲みに行って今後の特撮の未来でも語ろうじゃないか!」


「おいおい、俺も混ぜろよ。なんせ、お宅の息子に新たな道を示したのは俺なんだからな」


 いつものように肩を組む同級生三人組。


 すると、父親が。


「隼大も来るか?」


「いや、俺はこの後機材の回収とかあるから」


「それじゃ仕方ないわね……。じゃあまたゆっくり話しましょう隼大!」


「あぁ、うん……」


 そう言って、手を振って第三講堂を後にする三人。


「絶対また喧嘩するよなぁ……」


 前回の喧嘩の根本的な原因――お酒というデジャブを思い出し、思わずため息をはいたのだった。


 そして、次の日の夜。予想通り二人から別々に電話が掛かってきた。特撮の今後の方向性がかみ合わず、言い争いになったらしい。


「ほんと、自分の親だけど子供みたいな人達だな……」


 思わず小さくそう呟いてしまう。


 自販機コーナーでどっかの眼鏡男子に習ってイチゴみるくを購入し、再び教室に足を向ける。


 その帰り道、思わぬ人物に出くわした。


「四天王寺さん、こんにちは」


「こんにちは、東間君。この前は本当にお疲れ様、君達の言う通り人の心に響かせるほどの素晴らしい作品だったよ」


「それは四天王寺さんの協力があったからこそ出来た事ですし、それにあの状況で声を出してくれて、正直嬉しかったです」


「私は君たちの友人だからな、困っていれば助けるのが当たり前だ」


 さも当然の様に四天王寺は告げる。やはりこの人は信用が出来る人だ。俺にとっても、彼女達にとっても。


「そう言えばあのポスターを破った二人の処遇ってどうなったんですか?」


「うむ、反省の色も確認できたので、今回お咎めは無しだ。もしかして東間君は、彼ら二人に厳しい処分をお望みだったかな?」


「いえ、四天王寺さんが優しい人で良かったと思ってますよ。それにあの二人が上映後に号泣してたの見ちゃいましたから」


 地球防衛部の有言実行という様に彼らは上映後、他の生徒と同じ様に涙していたのを確認した。彼らの心にも届いたなら、それ以上何も俺達が望むことはない。


「やっぱり星人達あいつらは凄いですよ。理由も無く忌み嫌う連中と必死に向き合って、最後は友達になっちゃったんですから」


「そうだな。だが君がいなければ、彼女達だって今の様な望んでいた環境にはならなかっただろう」


「そう、ですね。望んでいた環境……」


 もう彼女達にこの学園で偏見の目を向ける者はいない。


 そして、今の彼女達の周りには沢山の友達がいる。


「あいつらが、認められて俺は本当に良かったです」


 自分に言い聞かせるように、四天王寺にそう告げる。


「そうか、私もだよ。だが東間君――事は悲しい事だよ」


「それは……どういう事ですか?」


「それは君自身がよく分かってるんじゃないのか。まぁ、私は君が望むような結果にはならないと思うがね」


 肩に手を優しく置くと、四天王寺は行ってしまった。


「あの人、分かってたのか」


 俺は、もう地球防衛部には行かない。


 というか、もうこの学園に地球防衛部は必要ないと思っている。


 元々、星人の彼らが受け入れられるように作った部活だ。


 それを達成した今、もう何もすることはなく、彼女達を縛る鎖になってしまうのではないかと考えていた。


 もう彼女達の周りには沢山の友人がいる。


 彼らを知って、また知られることで、きっと彼女達の世界は広がっていく。


 俺はその中の一人で、東間隼大という人間に固執する事はないのだ。


 だからこれでいい、そう言い聞かせ教室に戻ったのだった。

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