第35話 伝えたい想い

 先ほどまで騒がしかった第三講堂だが嘘の様な静けさで、目の前の銀幕に数えられない程の顔が向けられていた。


 たった十分程度の特撮映画。前半は先ほど行ったヒーローショーと同じシナリオで進行し、後半はその続きになる。


『この女生徒を返して欲しければワタシを倒すがよい、フレッシュスターナイト!』


 丁度今前半が終わり、ヒーローショーとは違い、フレッシュスターナイトはとある空き教室へと向かう。


『ふっ、敗北が分かっていて逃げずにここに来るとは、その度量だけは誉めてやろう!』


『アタシは絶対にあなたを倒して、女生徒を救う!』


 再びアクションシーンに入る。


 当然ヒーローショーとは違い、エフェクトやCGやあり、違う臨場感でシーンが展開していく。


『きゃああ!』


 デストロイ星人の先ほどと同じ光線技により、再び倒れるフレッシュスターナイト。


『もう、ここまでなのかしら……』


 先ほどのダメージも蓄積され、立ち上がる事が出来ない。


『終わりだフレッシュスターナイト。アタシはこれから屋上に行き、この学園を闇で支配し、我が支配下に治める!』


 デストロイ星人は体をマントで包み、屋上へと瞬間移動する。


『アタシは……この学園が好き。沢山の好きな人達がいて、そんな人達の笑顔を守りたい。でももう、諦めるしかないの?』


 自分の無力さに拳を強く握り占める。


 だが――そんな時彼女の拳から光が放たれる。


『これは……』


 手のひらに合ったのは、光り輝く石。その力に当てられ、彼女はゆっくりとその場に立ち上がった。


『この力は……もしかして……人の想いを力に変える魔具ミラクルストーン! もしかして、この学園を守りたいと思ったから、その想いに応えてアタシの前に現れたの!』


 そしてフレッシュスターナイトはカメラではなく、その先に居る俺達に顔を向けた。


『この学園のみんなの力を貸して欲しい! 沢山の想いを力に変換する為にエールが必要なの! さぁ、フレッシュスターナイトと叫んで!』


 突然画面が止まり、丸い声援ゲージが表示される。


 この演出は俺が考え、プログラムエフェクトは桜がいなければ完成しなかった。講堂のあちこちに設置されているスタンドマイクが声援を感知し、ゲージに反映する事により物語が進むという演出になっている。


「…………」


 ……が、しかしその問いかけに上京が理解できないらしく目を丸くし、呆然とする生徒達。


 誰一人、フレッシュスターナイトに声援を送るものはおらず、ゲージもゼロのまま一向に変化しない。


「ヤバい、超想定外だ」


 ど、どうやらこの演出は、高校生には分かりにくかったらしい。


 少し大人か、少し子供だったら今すぐフレッシュスターナイトと叫んでいたはずなのだけど……。


「ど、どうするのよハヤタ! このままじゃこの先に進まないわよ!」


「わ、分かってる! とにかく、俺達だけでも声出して先に進ませよう!」


「そ、そうね――フレッシュスターナイト!」


「ふれっしゅすたーないと!」


「フレッシュスターナイト」


「フレッシュスターナイト!」


「ふ、フレッシュスターナイト!」


 地球防衛部全員で、ステージ裏から声を上げる。


 しかし声援ゲージを感知するマイクが遠く、まだまだ声量が足りない様でゲージは八パーセントしか溜まらない。


 それでもどうにか物語を進ませようと声を張るが、ゲージはその上の数字を示すことはない。


「何? どういう事?」


「さ、さぁ……」


「もしかしてトラブルじゃない?」


 白けていく観客たち。俺達の声をざわめきが呑み込み、完全にこの舞台自体が止まってしまっている。


 叫び続けるも、思惑通りに行かず不安と疑心だけが膨らんでいく。いつ映画が死んでもおかしくない。


 そんな時だった――。


「――フレッシュスターナイト!」


 透き通る声で叫んだのは前列の四天王寺。


 そして――。


「――フレッシュスターナイト!」


 思わず笑ってしまくらい低い声で叫ぶ大和。


「な、何?」


「生徒会長が叫んでるみたいだけど……」


 それが感化されたのか、周りの生徒達もフレッシュスターナイトと小さく声に出し始める。


 ゲージが少しずつ動き、十パーセント……二十二パーセント……三十六パーセント――。


「「――フレッシュスターナイト!」」


 綺麗なシンクロで叫んだ二人の中年男女が起爆剤になったのか、ますます声援は大きくなっていき――。


 先ほどまでバラバラだった球防衛部の声援も、想いが重なり一つのものへとなっていく。そしてそれがこの第三講堂に伝播し、やがては一つの意思を持った集団へと変わる。


 そして、全員で――。


「フレッシュスターナイト!!」


 ゲージがマックスになり物語がようやく進むと、大きな達成感がこの空間を包み、勝利の雄たけびと、拍手がどこかしこから上がった。


『――ありがとう! みんなの想いのお陰で、アタシは強くなれた! 大切なものを守る為にアタシは戦う!』


 こうしてパワーアップしたフレッシュスターナイトは屋上に向かい、遂にデストロイ星人との最終決戦を迎える。


『まさか復活するとはな……。だが、何度やっても同じ! ワタシの力を思い知るがいい!』


 先ほどと同じ光線を出すも、強化されたステッキによって断ち切られる。


『な、なんだと!?』


『みんなの想いを背負ったアタシに、独りぼっちのあなたは絶対に勝てない! くらえ、フレッシュレインボー!!』


『な、何だこの力は!? ぐ、ぐああああああああああああああああああ!!』


 ステッキを回し、特殊な虹色のエフェクトを発動させて、デストロイ星人はその場で崩れ落ちる。


『この学園にアタシと、そしてみんながいる限り、闇の支配なんて絶対にさせないんだから!』


 それを決め台詞にアクションシーンが終わる。


 普通の特撮映画ならハッピーエンドとして、ここで終わる。


 きっとこの空間にいる人間はそう予想するだろう。


 なので、画面はゆっくりと暗転してエンディングに――。


 ――いかない。


 何故なら、ここからが本当に――クライマックスなのだから。

 突然、倒れたはずの女子生徒星七現れ、デストロイ星人に駆け寄り――。


『――大丈夫?』


『う、う……』


 どうしてデストロイ星人の心配をするのか分からないフレッシュスターナイトは、彼女に尋ねる。


『何故彼女を心配するの? 彼女はあなたの魂を奪おうとしたのよ』


『ううん、違うのよ。わたし、この星人の心を見たの』


 そして女子生徒は、魂を奪われていた時に見たという星人の隠された心情を吐露し始める。


『彼女はね、本当は地球で友達が欲しかったの。だけど何も知らないわたし達は彼女を拒絶した。誰にも相手にされず孤独だった彼女は自分という存在を知ってもらう為に、こんな事をしたのよ。本当はわたしの魂を奪う気なんてなかったの』


『その小娘の言う通り……ワタシはただ友達が欲しかった。だけど、これしかなかった。そうしなければ誰も目を向けてはくれないから……』


『そうだったの……。でも、あなたのした事は、沢山の人達に迷惑を掛けたのよ』

『分かってる。だから、もう地球には二度と来ない』


 その言葉に、違うとフレッシュスターナイトは首を横に振る。


『あなたの気持ちが本物なら、きっと地球人にも届く。だから、まずは謝りましょう』


『許してくれるだろうか……こんな嫌われ者のワタシを』


 それに対し、女子生徒が。


『真っすぐと向き合って、しっかりごめんなさいって想いを伝えれば大丈夫だよ。だから――』


 女子生徒はデストロイ星人に向けて、手を差し伸べた。


『あなたが真っすぐと向き合ってくれるなら、わたしとあなたはきっと友達になれる』


『えっ――』


『真摯な想いに星人だとか人間だとか関係ない。そうだよね?』


 女子生徒は、フレッシュスターナイトに問いかける。


『そうね。アタシも最初は認められた存在じゃなかった。だけど、周りの人間に必死に認められるように理解して、努力して、そして支えられて、ヒーローになる事が出来た。あなたにだって、きっとなれるはずよ』


『ありがとう、フレッシュスターナイト……』


 女子生徒は、デストロイ星人に向き直る。


『わたしはあなたの事を知ってわたしは友達になりたいと思った。だから、今度はあなたがわたしを知る番だよ』


『こんなワタシでも……受け入れてくれるのか』


 受け入れてくれた喜びを噛み締め涙を流す彼女に、うんと優しく頷く女生徒。

 そして、その手をゆっくりと握って。


『よろしくね――


 女生徒はこの地球上で初めて、彼女の名前を呼んだのだった。


 そこから暗転しエンドロールが流れるも、拍手もない異常な沈黙が第三講堂を包みんでいた。


「ねぇ、ハヤタ。ちゃんと伝わったよね」


 不安げな目を向けるランの頭を安心させるように優しく撫でてやる。


「あぁ、大丈夫。お前の伝えたい想いはしっかり届いたはずだ」


 ランがこの脚本に込めた想い。


 相手を理解し理解される事で、本当の意味で相手を好きになれる。


 そこに人間だとか、星人だとかは関係ない、正直な思いこそが相手や自分の関係を深めていくのだと、彼女はこの映画に込めたのだ。


 そして誰もその場から動かないままエンドロールが終わり、ゆっくりと照明が講堂内を照らす。


 そして――。


 この空間を一気に包み込む大きくも、優しい拍手と歓声。


 中には涙さえ流す学園の生徒達の姿。


 もうその光景を見ただけで、俺達の作品がどう伝わったのかなんて言うまでもない。


「ほら、行くぞ」


 泣いている四人の背中を押して、壇上に並ぶ。


 そしてずっとこの為に忍ばせておいたマイクをランに渡した。


「ほら、隊長。ずっと言いたかった事、あるんじゃないのか」


 ランは涙交じりの笑みのまま小さく頷く。


 ずっと伝えたかった言葉を今、彼女はマイクと共に彼らに向けた。


『どうかアタシと――アタシ達と友達になって下さい!』

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