第5章 学園が侵略された日

第34話 地防部舞台へ

 壁越しから薄く轟くBGM。本来はここ第二講堂でも流れるはずなのだが、あえて今来てくれている観客へネタバレを考慮し、あえて第二講堂のスピーカーをオフにしてあった。


 学園で今何を俺達がしようとしているのか。


 それは先日の大和から貰ったアドバイスの直後に遡る――。


「――という事なんだけど。どうだ、やってみる価値はあると思わないか?」


 部室に戻ってきた隊員たちの前で、先ほど浮かんだ広告方法を説明した。


「わたしはいいと思うな。確かに言われてみれば、当たり前すぎて自分達が人より見られてる事なんて気がつかなかったかも」


「で、でもそれって具体的にはワタシとランが大々的にやるんですよね。映画とは違って、かなり緊張します」


「その時の演出はウチに任せて。ド派手やってさらに注目を集めて見せる」


 他の隊員たちはどうやら乗り気の様で、賛成するかを飛び越えてどうやるかを既に話し合っている。


 そんな中、何も言わずただ黙っている一人に声を掛ける。


「ランはどう思う?」


 隊員たちの視線が、彼女へと注がれる。


 まぁ、震えているという事は……。


「ハヤタ……アンタ最高よ! いっちょ学園の連中にかましてやりましょう!」


 ランは尻尾を躍らせて、立ち上がる。どうやら予想撮り武者震いだった。


「それにしても、よくこんなの考えたね。なんて」


 両手を合わせ、感心する星七。考えたのは俺だが、きっかけをくれたのは大和だ。あいつには何だかんだ助けてもらってばっかりだ。


「注目を浴びてる事は事実だからな。だったら映画をやるちょっと前に、注目が集まるような所で騒ぎを起こして第三講堂に誘導させてしまえばいい」


「宇宙にはヒーローショーなんていうものはないから、凄く興味深い。ウチも勉強のし甲斐がある」


「今度はいわば演劇ですよね。何か、色んな事をして……充実感に溢れた日々の事、こういうのはなんていうんでしょうか?」


 どうやら、宇宙にはその言葉はないらしい。地球、というかもしかしたら、日本限定の言葉でしか使わない言葉なのだろう。


 だから、この答えのない日々の事を俺は目の前の彼女達に教えてやった。


「青春だよ」


「青春か、面白い言葉ね」


 ランが納得した様に繰り返す。


 星人だとか人間だとか誰が言おうと関係ない。


 そこあるのは地球防衛部の、そして東間隼大の青春だった。


 ……なんてやり取りがあった訳で。


 後は目の前の何年も放置した大虫食いの様に空いた席たちを、彼女達が溢れるくらいの革命を起こしてくれるのを願うのが、今の俺に出来る事だ。


 そして俺はそんな然るべきの為に、ワイヤレスマイクをポケットに入れたのだった。


 ◇


 ヒーローショーの開幕を表すような軽快なBGMが、突然大音量が学園内に響き渡る。


「な、なんだ?」


 生徒たちは予告も把握もしていないその状況が理解できない。すると、今度はBGMがダークなものに変わり、事前に録音された声が入る。


『――この学園はワタシ、デストロイ星人が支配した。これから見せしめとして、一人の女子生徒を処刑する。校門前の広間に行けばそれが見られるであろう。ワタシの力を目の前にし、恐怖に怯えるがよい地球人共よ』


 いかにもな悪役の様なセリフと、好奇心を湧き立たせるようなBGMに飲まれた生徒たち。


 一人、二人……重なり響く足音が大きくなっていき、学生たちはよくも分からないまま期待と不安を混ぜてゆっくりと校門前を目指し始める。


「おいおい、何が始まんだよ」


「誰かの悪戯?」


 そこにあるのは単純な興味。普段縛られた場所で起こるちょっとした非日常なイベントが彼らを刺激した。


 多勢の学生が校門前に集まり、今か今かと興味を巡らせてる彼らに対し、再びBGMが更にダークなものに変化する。


『――星雲学園の学生諸君! ワタシがデストロイ星人だ!』


 事前にBGMと共に編集した音声が再び学園中に響き渡る。


 デストロイ星人――アコが現れたのは屋上で、衣装に身を包み役になりきった彼女は、広間を見下した。


 同時に学生たちも一点集中し、多くの目がアコを見上げている。


 音声データの秒数に合わせてアコは、わざとらしく手首を縛った星七を見せしめの様に前に突き出し――。


『――た、助けて!! 死にたくない!』


『これからこの女生徒の処刑を行う! お前たちはワタシに逆らうとどのような目に合うか、下界で刮目していろ!』


『――待ちなさい、デストロイ星人!』


 彼女――ランが登場した瞬間BGMが一気に変化する。まるで、呼んでいたヒーローの登場シーンと同じそれだった。


『なんだ貴様は?』


『アタシの名前は地球とこの星雲学園の平和を守る戦士、フレッシュスターナイト! 悪しきデストロイ星人よ! その女生徒から手を離しなさい!』


『フレッシュスターナイトだと? この地球という星にはそんな戦士がいるのか! だが――』


 アコが星七の頭を掴んだと同時に力を吸い込むようなSEが流れ、星七はその場に崩れ落ちる。


『何をしたの、デストロイ星人!』


『この女生徒の魂は預かった! 返して欲しければ、ワタシを倒すがよい!』


 マントを広げるアコに、ステッキを向け立ち向かっていくラン。


 それにより、何度も練習したアクションシーンが始まる。


「す、すげぇ……」


 その光景をいつの間にか固唾を飲んで見ていた生徒達の一人が声を漏らす。


 彼女達が体をぶつけ合うたびに、打撃音が鳴り響く。


 何度もタイミングを合わせ、様々な特撮を見て勉強し、四天王寺にも協力してもらった結果、なんとか一週間でこの演技が出来るまでに至った。


 ランがステッキを振り上げ、アコを追い詰める。


『――っく! 中々、やるな、フレッシュスターナイトよ、だが――』


 アコが手をかざし、目には見えない特殊な光線を付け加えたSEと共に放つ。


『きゃあああああああああああああああああああ!!』


 やられたふりをして、その場にランは跪く。


『残念だったな、フレッシュスターナイトよ! その状態ではもう戦えないだろう。それでもワタシを倒し、女子生徒の命を救いたいというのなら第三講堂に来い!』


 その場にマントをなびかせながら立ち去るアコ。


 星七もの生徒達に分からないようにその場から撤退し、ここで戦闘シーンのBGMが止まり、無音になる。


 ランは辛そうに立ち上がり、先ほどまでアコが学園を見下ろしていた場所に立つ。


『お願い、皆……。このままデストロイ星人と戦っても、きっと勝てない。だから力を貸してほしい、第三講堂に行ってアタシと一緒に戦ってほしいの!』


 この言葉が彼らに届いているのかは分からない。


 だが、ランの音声と演技は続いた。


『アタシはこれからデストロイ星人を倒しに行くわ。この学園の平和を守りたいと思う戦士たち、待っているわ!』


 ランは屋上を立ち去り、人目のつかないように第三講堂に向かう。


「こちら、ラン。ショーは終わったから、今すぐそっちに向かう」


『了解、お疲れ様』


 隼大の声を聞いて、緊張で今にも飛び出しそうなくらいの脈を打つランの心臓が、少しずつ静まっていく。


「これで、来てくれればいいんだけど……」


 後はどれだけの人間が心を動かされたか。


 この時の彼女は知る由もなかった。


 ◇


「上手くやってくれたみたいだな」


 目の前の光景に、安堵と喜び交じりの息を吐く。


 照明が既に落ちた第三講堂に次々と、生徒たちが入っており、その数は想定していた人数よりも遥かに多く、席に座れず立ち見の生徒まで出ていた。


 生徒達の多くが、先ほどのヒーローショーの話をしており、これから何が始まるのかという声がステージ裏まで聞こえてくる。


「ぶ、無事終わりました、隼大さん」


「す、凄い人だね……」


「だろ? これ、俺達がやったんだぞ」


 最初にステージ裏にやって来たのは、アコと星七。


 彼女達も目の前の光景を見て、嬉しさと驚きのあまり呆気にとられている様だった。


「これは……」


「おう、お疲れさん」


 次に来たのは、放送室から音声データを流していた桜。


 彼女も目の前の光景に目と口が大きく開いている。こんな間抜けな彼女の表情は初めて見たかもしれない。


「――なにこれ、こんなに人が……」


 最後にやって来たのは隊長で、この舞台と映画の主役でもあるランだった。


「よくやったな、ラン」


「と、当然よ! アタシはこうなるって分かってたわ!」


 小さな胸を張る彼女。しかし目の前の光景に興奮したのか身体が小刻み震えており、全く説得力がない。


「でも、これからがクライマックスだ」


 全員で横の銀幕を見上げる。


 午後一時。プロジェクターが、銀幕に四角い光を映し出す。


 こうして――俺達の作った映画が始まる。


 タイトル――「フレッシュスターナイト 伝えたい想い」



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