第29話 星を超えた約束

 最後の階段を上がり、重厚なドアノブをゆっくりと回す。


 開けた瞬間、俺を心地よい風が迎えてくれた。


 この場所はこの学園で最も空に近い場所で、初めてのシーンを撮った始まりの場所。


 そんな場所で、ランはフェンスに寄りかかりうずくまっていた。


 俺は何も言わず彼女の隣に腰かけ、彼女が話してくれるのを待つ。


 すると、涙の混じった声で――。


「なんで、なんでよ……アタシ達何も悪い事してないじゃない」


「そうだな」


「なのにどうしていつも、認められないの……こんな目にあわなくちゃいけないの。分からないよ……」


 当たり前の疑問だ。俺だって心底そう思う。


「アタシ達は……いちゃいけない存在なの? ねぇ、教えてよ、ハヤタ……」


「…………」


 俺は、こんな彼女になんて声を掛けてあげるべきなのだろうか。


 励ましだろうか、それとも激励だろうか、それとも否定だろうか。


 優しい言葉や、励ましの言葉ならならなんとでも言える。


 だが、それは彼女と、彼女達とずっと向き合っていた俺の言葉じゃない。


 だから、今の彼女にならきっと理解してもらえる言葉を投げかけた。


「そんなの知るかよ」


「えっ……」


「それを決めるのは俺じゃない。この学園――いや、地球の人間だ」


 だけど、と続け彼女に顔を向ける。


「俺は友達としてお前らはずっとここにいて欲しいと思ってる。お前らがここに居たいと思う限り、俺は全力でお前らの力になってやる。だからどうしたいのか、ここにいていいかは自分で決めろ」


 この言葉が、彼女にとって答えなのかなんて俺には分からない。


 ただそれを決めるのは、他の誰でもないザグリア・ラン・フリース自身なのだから。


「……ふふっ、やっぱりアンタって面白いわね」


 目元に涙は浮かんでいるが、ランはようやく笑みを浮かべた。


 これで彼女がどうしたいか、後は彼女が決める。


 ランは一度制服の袖で涙を拭いて顔を正面に戻し、どこか遠くの空を見つめた。


「ねぇ、ハヤタ。アタシがどうして特撮に夢中になったか知ってる?」


「いや、そう言えば聞いたことなかったな」


「アタシはね、ずっと強い存在になりたかったの。最初は強さって支配とか、征服とか、他人に押し付けて成立するものが力だと思ってた」


 それはきっと王女という立場から、ランなりに必死に考えて辿り着いた答えがそこだったのだろう。


「だけど、従者がたまたま日本の特撮関連の資料を持ってきて、それを見た時に強さって誰かに押し付けるものじゃなくて、誰かを守るためにあるものだって事に気がついた。そこからアタシは、特撮に出てくるヒーローたちに憧れた」


 同意を込めて頷く。


 俺も彼らがただ特別な力を持っていたから憧れたわけではなく、その力で誰かを守る為に戦っていた事に憧れたのだ。


「でも実は、ヒーローっていつも一人で戦っていたわけじゃなくて、そこには支えてくれる人がいて一緒に戦っていたから強くなれたのよね。きっとヒーローにとっても、そんな人はヒーローなんじゃないかって思う。だから、ハヤタがいつだって絶対に味方って事が分かったから、もう決心はついた」


「そうか」


「うん、アタシは世界を変えるわ。アコと、桜と、星七と、そして――ハヤタと」


 だから、と言って彼女は立ちあがり、手を伸ばす。


「地球上のどこにいたって、アタシの付き合ってもらうんだからね! !」

「当り前だ。


 彼女の手を握り、立ち上がる。


「――抜け駆けはズルいですよ、ラン!」


 振り向くとそこにいたのは、地球防衛部の隊員たち。どうやら彼女達も、この場所にいるのが分かってここまで来たらしい。


「ワタシだって、隼大さんに付き合ってもらう気満々なんですから!」


「ウチも。実はランや桜よりも早く、そのつもりだった」


 いつの間にかわたしの方が早いですー、なんて論争が始まり、それがいつもの地球防衛部らしくて笑ってしまう。


「ほら、いつまでバカやってんだ。俺はお前ら全員の味方だから安心しろ」


 そして、改めて彼女達に向き直ると、同じように彼女達も俺を向く。


「さぁ、ラストシーンだ。この学園を変えてやるようなエンディングを迎えてやろう」


 強く決意を込めて頷く彼女達。


 きっと地球防衛部なら、彼女達が俺の心を侵略したように、この学園を侵略出来る日はそう遠くない気がした。


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