第28話 そこにいた影

 撮影最終日。遂に公開まで一週間前を切った。


 今日撮ってしまえば、明日からメインの活動を編集作業と広報になる。


 以前四天王寺が大々的に注意してくれたおかげか、目に見えての嫌がらせは止んだが、ポスターには毎日の様に破かれていた。


 今の今までランに何とか隠し通してきたが俺とアコだけでは手が回らず、桜と星七にも告白し、張り直しに協力してもらっていた。


「悪いな二人とも、こんな事頼んで」


 アコに頼んでランを先に教室に戻し、張り直しをしてきた二人と昇降口で合流する。


「別に大丈夫だよ。それにしても、酷いね。わたし達はただ映画を見てもらいたいだけなのに。一体誰がこんな事……」


「多分やってる奴らは罪悪感とか悪戯半分でやってるんだろ。一発ぶん殴ってやりたいが、犯人を特定する程俺たちは暇じゃないからな」


「それで、隼大の方は沢山チラシ配れた?」


「いや、皆全然受け取ってくれない。興味ありそうには見るんだけどな……」


 冷やかしで受け取る生徒は減ったが、それでも受け取ってもらえないのが現状で、今までで刷った半分も裁けていない。


「やっぱり、人目があると受け取るのが恥ずかしかったりするのかな?」


「どうなんだろうな。それでも普通に受け取ってくれる人間もいるけど……」


「とにかく人を集めて映画を見てもらわなくちゃ意味がない、ウチらはやれる事をやろう」


 珍しく喝を入れる桜の言葉に、星七と頷く。


 いつも無表情の彼女だが、瞳の奥は三人の中の誰よりも燃え盛っているように見えた。


 ◇


 放課後、全員で一か月間お世話になった撮影機材をまとめる。


 これから撮影の為、アコとランは衣装のまま作業を行っており、しゃがんだりする度下着が見えそうになっており、欲望を必死に抑え、目の前のカメラを丁寧にケースにしまう。


「撮影終わったら、そのまま映画研究会の部室に返すつもりだから忘れ物とかないようにな」


 それぞれの適当な返事を確認し、機材の最終チェック。


 今回、機材を貸すことを許してくれた大和にも感謝しなくてはいけない。色々終わったら学食でも奢って、今だから出来るような積もる話でもしたい。


「あ、アタシちょっとお手洗い行ってくる」


「おう、もう終わるから先に屋上に行っててもいいぞ」


「はーい」


 ランがそのまま部室を出て行ったのを確認し、星七が話しかけてくる。


「先に行かせてもよかったの? ほら、荷物結構あるし」


「今回あいつなりによくやったと思うし、少し楽させてやってもいいだろ。それにもしかしたら触って、壊される可能性もあるしな」


 確かに、と笑う星七とそれを聞いていたアコ。しかし、桜の表情はいつものように無表情ながら、どこか不安げに見える。


「どうした桜? 元気ないな」


「いや、別にそんな事は……でも、一つ気になる事があって」


「気になる事?」


 その言葉が引っかかったのか、星七とアコも作業を止める。


「ウチらの張ったポスター、あれはいつ破られているのだろうと思って」


「確かにいつも朝来ると破られてますよね。それで、ワタシ達が張り替えていて……」


「そう。そして、それは授業時間内には破られていない。恐らく、人目に付かない時間にいつも破っているという事になる」


「もしかしたら同一人物かもしれないね。でも、人目に付かない時間帯って――」


 そんなの一つしかない、思わず声が漏れる。


「――放課後だ」


 嫌な光景が脳裏を過る。


 もし、ランが屋上に向かっている途中、その現場に遭遇してしまったら……。


「――隼大!」


 そう桜の声が後ろで聞こえた頃には、部室から飛び出し走り出していた。


 ◇


 浅はかだった、少し想像すれば分かる事じゃないか。


 何故、今までそれに気がつかなかったのだろうか。


 ただ、今は彼女がその場面に遭遇していない事を祈る――が、逃げるように半笑いで走ってきた二人の男子生徒とすれ違った。


 もしかしたら、と考えてしまう。


 だが、今はランの事が心配だ。


 スピードを緩める事なく廊下を駆ける。


 そして階段を見上げた先、踊り場で掲示板を向いた彼女を発見した。


「見るなっ!!」


 声を荒らげる。視線の先、変わり果てたそのポスターが無情にも彼女を見つめ返していた。


「アイツら、さっき目の前でこれを笑いながら破っていったのよ」


 ランはただ茫然とそれを見つめたまま、呟く。やはり先ほどの彼らは、想像通りの存在だったらしい。


「ラン! これは――」


「なんで、なんでよ……」


 ランは俯き、拳を強く握る。

 そして――。


「もう……分からないよ」


 彼女はそう言うと、上へと駆けて行ってしまう。


 そして、俺はその背中をすかさず追った。


 ランの泣き顔を見たのは、出会ってから三度目だ。


 しかし、今回彼女が見せた涙はとても悲しい涙だった。

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