第27話 あざ笑う大衆

 翌日。普段の登校時間より三十分も速く俺たちは昨日大量に擦ったチラシを抱えて、校門前に立つ。


 もちろん理由はチラシを配り、少しでも多くの生徒たちに地球防衛部を認知してもらい、当日足を運んでもらう為だ。


「よし」


 早速目を向けると、早速アコや星七はチラシを配り始めていた。この時間はまだ運動部で朝練のある生徒の為、急いでいるのかそれを受け取る事はない。


 だが、まだ多くの一般生徒達が登校してくる時間ではない、ここでめげるのはまだ早いだろう。


 そして、ピークの時間が訪れ三十分後――。


「めちゃくちゃ注目は浴びてるけど、全然受け取ってくれないな……」


 通りゆく生徒たちがこちらに何をしているのかと視線は向けるも、相変わらずチラシは受け取ろうとはしてくれない。数人受け取ってくれる生徒もいるのだが、大半は冷やかしだった。


「あーもう! どうして受け取らないのよ!」


 さっきから地団駄を踏むランに対し、星七やアコ、桜はめげずに良くやってくれている。


「ほら、お前も拗ねてないでちゃんと――」


「――な、なんて事するんですか!」


 初めて聞いたアコの怒声に再び向くと、男子学生が受け取ったチラシの一枚を地面に踏みつけていた。


「宇宙人の分際で何必死に頑張っちゃってんの? ほんとウケるんだけど!」


 その隣でケラケラと笑う女子学生。その光景に周りも何もせずに、面白がるように一定の距離で取り囲んでいる。


「クソが」


 瞬時に足が向く。まだ星人達に対して理解が無いとしても、何もしていない彼女達にこの仕打ちはない。何より困っている彼女に手を差し伸べず、見ている連中に対しても無性に腹が立つ。


「――落とし物だ」


 だが、その地面に落ちたチラシを一人の人物が拾った事によって雰囲気が一変する。

 その人物は改めて、男子学生にチラシを向けた。


「これは君がこの子から貰ったものだろう。こんなぞんざいな扱いをしてはいけないよ」


「せ、生徒会長……」


 その冷たい笑顔に固まる男子生徒。なんとでも言いい返そうな言葉だったが、何ともいえない重みがあり、一緒にいた女子生徒も黙って俯いてしまう。


 チラシを受け取り、何も言わず小さく頭を下げてその場を二人は立ち去っていく。

 その光景に先ほどまで何もせず見ていた連中は小さな拍手で称賛した。心底都合のいい連中だ。


「大丈夫か、アコア嬢?」


「はい、ありがとうございました。いきなり目の前であんな事をされたので、正直驚きました」


「また何か言ったら私に言ってくれ、それじゃあ――」


 そう言って、校舎の方へ足を向ける四天王寺。俺はすぐさま彼女の背中を追った。


「四天王寺さん!」


「おぉ、東間君か。おはよう」


「おはようございます。その、先ほどはありがとうございました」


 改めて先の事の感謝を込め、頭を下げる。


「いや、感謝される事でもないよ。私もあの二人に、いやあの見ているだけの集団にも無性に腹が立ってね」


「同感です。別に俺たちは何も迷惑をかけてるわけじゃないですし」


「そうだな、君たちは本当によく頑張っていると私も思う。だが――」


 四天王寺が向けた視線の先の掲示板――そこには昨日張ったはずのポスターが無残な姿で晒されていたのであった。


 ◇


 掲示板に変わり果てた姿で張られているポスターを剥がし、部室にあった新品のポスターを張り直す。


 これで六枚目。いい加減この作業も鬱になってくる。


「どうしてこんな事されなきゃいけないんだよ」


 これは桜とアコが一生懸命考えて作ってくれた大切なポスターだ。それを人の気持ちも考えず、こんな事をした人間の神経を本気で疑う。


 何より自分たちがこれからしようとしている事を否定された気がして悔しかった。


 ただ俺たちは星人という存在を認めてもらう為に、声を上げているだけなのに……。


「流石にこんなのあの三人には見せられないな……」


 今はトイレに行くと抜け出しているので、それまでに校内全てのポスターを確認し、同じようになっているものは張り直さなければいけない。


「だけど、こんな所でめげてても仕方ないよな。まだ撮影は終わってないんだから」


 残されたやるべき事は沢山あるのだ。自分を奮い立たせ、ただ目の前の悪意に向き合うのだった。



 なんとかギリギリ朝のSHR前に教室に戻る事が出来るも、席に向かうと尻尾を荒ぶらせたランが立ちはだかる。アコはトイレにでも行っているのか、姿が見当たらなかった。


「アンタ一体どこ行ってたのよ」


「いや、ちょっと腹の様子がおかしくてな……。正直、洪水状態だった」


「汚いわね……。とにかく、しっかりしてよね。もう」


 なんとか誤魔化し、席に着くラン。俺も席に着くと、どこか浮かない表情をしたアコが教室に戻ってくる。


「あ、隼大さん……」


「おう、どこに行ってたんだ?」


「いえ、その……」


 どこか目線も合わせず、どこか歯切れも悪いアコ。もしかしたら星人も、女の子の日というものがあるのかと思ったが、小声でランに聞こえないように耳元で囁く。


「後でお時間いいですか? ちょっとお話したい事があって……」


「あぁ、いいよ。SHRが終わった後の休み時間でもいいか?」


「はい。出来れば二人きりでお願いします」


「分かった」


 そして、SHR後の休み時間。ランにはまた腹の具合が悪いからと言い残し、廊下に出ると、窓の外をどこかもの寂し気に見るアコを発見し、直ぐに駆け寄った。


「で、話ってなんだ?」


「あ、いえその……」


 やはりまだどこかそれをアコは口に出そうとしない。


 もしかして……。


 察して何も突っ込まない俺に対し、決心がついたのか小さく息を吸った。


「その……さっきたまたま隼大さんが一人で、ワタシ達のポスターを剥がしている所を見てしまったんです。それで、またご迷惑を掛けてしまって……」


 どうやら、前の光景を彼女は目撃してしまったらしい。という事は自分たちのポスターがどんな状況になっていたのかも知っていた事になる。


「別に俺は迷惑だとは思ってないよ。アコこそ大丈夫か?」


 ポスターとチラシを作ったのは彼女と桜だ。今日、目の前で二度もそれが踏みにじられたのだ。


「わ、ワタシは大丈夫です。隼大さんこそ、ワタシ達に気を遣って黙っていようと……本当にすみません」


 頭を深々と下げるアコ。俺の方こそ、隠していた事が裏目に出て彼女に負い目を感じさせてしまった様だ。


「とりあえず顔を上げてくれ。アコが謝る事じゃない、やったやつが悪いんだから」


 アコはその言葉に顔を上げる、そこにはまだ普段の彼女の表情ではないにしても、どこか安心した様子が伺える。


「隼大さんはやっぱり優しいですね。他の方とは違います」


「ま、俺たちはその他の方に理解してもらえる様に頑張らなきゃいけないんだけどな」


「そうですね。道のりは険しいですけど」


 お互い苦笑いをする。それが今どれだけ難しい事か、現在絶賛実感中だ。


「それとこの事はランには黙っていてください。あの子は、ワタシ達と違ってとてもデリケートですから」


「分かってる。余計な心配はなるべくかけたくないからな」


「ありがとうございます」


 ランはああ見えて、というかただの女の子である事は変わりはない。


 アコは受け入れる強さを持っていたが、彼女の場合はそうもいかないだろう。


「じゃあ、戻りましょうか。疑われたら本末転倒ですし」


「そうだな」


 こうして、俺達は何事もなかったように教室へと、尻尾が付いた一人の女の子の元へと戻っていくのであった。


 ◇


 その後目くるめく日常は過ぎていき。


 急ピッチではあったが、なんとか進行はスケジュール通り。


 本日Aパートを全て取り終えたのもつかの間、明日から直ぐにBパートを撮る算段だ。


 撮影を終え、部室に戻った隊員達は全員着替えずに衣装のまま、ホワイトボードの前に立ったランがラストシーンの脚本を配り始める。


「これがこの映画のラストシーン。確認してみて」


 いつになく声のトーンが弱気なランの同意を得て、一斉に脚本を捲り中身を読む。


「…………」


 数分後――何も言わない俺達に対して雰囲気に耐えかねたランが沈黙を破る。


「ど、どうかしら……。これがアタシの考えた終わり方なんだけど、でも皆何も言わないって事は良くなったって事よね。直ぐ書き直すから――」


「いや、凄く良かったよ。俺はお前らしくていいと思う」


「思わず感動して、どう言葉に表現していいのか分からなくて、何も言えなくなっちゃった。これはきっとランじゃないと書けないよ」


 そして、星人二人も。


「ラン、ワタシはこの話とっても好きです。ランの伝えたい事、そして私達の伝えたい事がしっかり詰まってると思います」


「イエス。きっと学園の人間も理解してくれる。ランの真っすぐと向き合った想いがしっかり伝わった」


 優しく称賛する隊員たち。きっとこの作品を見れば、誰しもが彼女達星人について考えるきっかけとしての機会になるのではないかと思う。


「ありがとう、ありがとう皆!」


 ランは、いつか見せたと同じ涙の混じった笑顔を見せる。


 この笑顔がきっと彼らにも届く日はそう遠くはない気がした。


 ただ……胸の中に残るこの杞憂が現実になり彼女の目の前に現れないことを祈るばかりだ。


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