第4章 ヒーローになるための条件

第26話 宿命-はぷにんぐ-

「にしても、人が多いな……」


 一定の距離で撮影の様子を眺める一般生徒達。


 撮り始めて早三日、どうやら噂をかぎつけ、多くの野次馬たちが望んでもいないのに集まってきてしまっている。


「作品の舞台設定を学園にしたから仕方ないよ。それに、ランとアコの衣装も中々目を惹いちゃうものだし」


「まぁ、そうなんだけどさ。こいつらは本当に星人が好きなのか嫌いなのか……」


「でも、注目される事はいいことだよ。映画見に来てくれるかもしれないし」


「そうだな」


 星七の言葉に頷く。こうやって俺たちが学園内で撮影している事がもっと認知されれば、話題性を呼び、興味を持ってくれるかもしれない。


「で、その告知のチラシとポスターは出来上がってるんだよな?」


 ワンシーンを終え、スポーツ飲料を飲んでいたアコに声を掛ける。


「はい! 頑張って作ってきたので、見てみて下さい!」


 そう言って、ランは学校指定の横カバンからチラシの束を取り出す。どうやら、今日彼女のカバンが妙に張っていたのはそれのせいだったらしい。


「見てみて下さい! 中々いい出来に仕上がりました!」


 一枚受け取り、それを確認する。


 そこには、宇宙防衛部! 宇宙史上初! 星人制作特撮映画、爆誕! 全宇宙が泣いた感動のストーリー! と、まるで本当の邦画の様な文体でキャッチコピーが書かれており、ランとアコが衣装姿で向かい合い、カッコよく戦っている姿が写っていた。勿論、その下には日時と場所がしっかりと記載されている。


「ウチも協力した。というか、作ったのほぼウチ。アコは隣で何か言ってただけ」


 無表情でピースする桜。確かにこんな手間のかかったチラシを作れるのは彼女しかいないだろう。


「そ、そうですけどぉ~。ワタシだっていっぱい意見とか出したじゃないですか! ほら、ちゃんとキャスト陣の名前を目立つように提案したのもワタシですし」


 確かにそこだけなんかラメが入ったみたいになっている。確かに目立つが、まるで映画館に置かれているクオリティのチラシの為、違和感しかない。


「正直うるさいから仕方なく入れてあげただけ。こんなセンスを考えるのはアコくらい」


「そうですか! ありがとうございます!」


 いや、今のは全然褒めていないと思うぞ……。


「じゃ、ちょうど撮影も終わったし、着替えたらそれを張りに行きましょうか」


 ランが長時間着て蒸れたのか、衣装のスカートをパタパタとさせる。正直、その下の世界が今にも見えてしまいそうで少しドキドキする。


「隼大、目がエロい」


「なっ、別に俺は――」


「あっ、何か……何か来ますよ!」


 桜の的を得た言いがかりに否定しようとした瞬間――いきなりアコが唸り始めた。

 これは……見覚えがあるぞ。


「来ました、デジャブです!」


 やっぱり。しかも、嫌な予感しかしない。


「デジャブって、アコのそれ全く宛てにならないじゃない。いっつも変な未来ばかり予測しちゃうし」


「変な未来って?」


「そ、それはその……」


「前に尻尾のせいで、スカートが脱げた。しかも、公衆の面前で二回も」


「ちょ、桜何勝手に言ってるのよ!」


「…………」


 何となく分かってきた気が……アコの触覚のそれが感じるデジャブは、大体がラッキースケベの事だ。というか、自分の経験と今の話を聞くにそれしか当てはまらない。


「因みにそのデジャブって、誰から感じるの?」


 何も知らない星七がアコに尋ねる。


「隼大さんです」


「マジかよおい」


 これから起こるかもしれない最低なデジャブに落胆しつつも、ちょっとどこかで期待している自分がいるのも事実であった。


 ◇


「はぁ……」


 最低な宣告を受けてから十分後、俺はランとアコ、そして汗をかいてしまったのでジャージに着替えたいという星七と桜を部室の外で待つ。


「ていうか、そもそも桜はロボットだろ。汗なんてかくのか?」


 そんな疑問を思わず口にしてしまうと、ドアの向こうから声が漏れて聴こえてくる。


「うわっ、アンタまた胸大きくなったんじゃないの?」


「ひゃ、いきなり触らないでください! そんなとこいじられたら、ひゃぅ!」


「相変わらずの牛乳。ウチとランにも少しは分けてほしい」


「さっ、桜まで!? つっ、いっ、やんっん!」


「ふ、二人ともその位にして――」


「うーん、よく見れば星七もそこそこあるのよね」


「同意、隠れ巨乳というタイプ」


「むー……少し分けなさい!」


「ちょ、二人とも何を――」


「…………」


 今度は星七の艶めかしい声が耳を刺激する。もうこれ以上はむくむくと膨らむ劣情が体に現れてしまいそうなので、無理やりその場を後にした。


「とりあえずここまで離れれば大丈夫だろ、それにしても……」


 男子トイレの鏡の前でため息をつく。ここならもう絶対に声は届くことはないが、デジャブの事が気になって仕方ない。


「俺がずっとここにいればラッキースケベは絶対に回避できるはずだ」


 そう、前回のは誰かが近くにいたからトラブルに巻き込まれた。


 今回の場合は自分で、ラッキースケベが起こりそうな環境を作らない限り、発生することはない。


 しかも、引き金になりそうなアクションは、大方予測はついている。


「恐らく俺が遅いと思って部室に戻ったら、まだ全員が着換え中だったみたいなオチだ。スケベデジャブの神よ! 残念だったな!」


 高らかな笑い声が男子トイレに響く。スケベな運命を変えた事の充実感が全身を支配する。


「後はそうだな……最低でも三十分後位にまた部室に向かえば問題ないだろう。流石に着換え終わっているはずだ」


 そして、特にする事もなく三十分間男子トイレで過ごし、頃合だろうと扉を開け、部室に向かう。


 すると予想通り何重にも丸まったポスターを抱え、尻尾を小さく振りながら廊下を歩くランと遭遇。


「よう、ラン!」


「よう、ラン! じゃないわよ、アンタどこ行ってたのよ!」


「別にどこにだっていいだろ。俺は運命と戦っていただけだ」


「む、何かそのセリフちょっとカッコいいわね……じゃなくて! アンタのチラシの分は部室に残ってるから、早く取りに行きなさい」


「はいはい。じゃ、またな」


 ランと別れ、スキップしながら部室に向かう。どうやらもうポスターを張りに向かっているという事は、無事着替えが終わったという事を意味している。


「いやー、今回は本当に大勝利だな。やっぱりデジャブなんて、分かっていれば幾らでも回避できるんだ」


 部室の前に辿り着く。

 沈黙で静まり返ったその扉の先に、きっと予想されていた未来はない。

 ドアに手を掛け、その扉をゆっくりと開けた。


「さぁ、チラシを――……」


「――ひゃぁ!」


 目の前にあったその光景――何故か、星七があのサキュバスコスプレに着替えており、途中だったのか上半身は二つの果実と白い肌が露わになっている。


 その上、ちゃんと角だけは前に頭に付けており、このおかしなシチュエーションのせいなのか、じっくりと見て星七が着やせしていて実はナイスバディなプロポーションのせいなのか、アコとはまた違う色香を漂わせていた。


「…………」


「…………」


 完全に思考停止。


 表情が固まったままお互い見つめ合って数秒後――ようやくその沈黙を星七が破った。


「なななな、なんで隼大君がここに!?」


「それはこっちのセリフだ! 何でお前、それに着替えようとしてるんだよ!」


「そ、それはちょっとだけ興味があって――そうじゃなくて、いつまで見てるのよ!」


「うぐっ!!」


 机の上にあった小道具のステッキが顔面にクリーンヒット。


 そのまま頭から倒れ、視界と意識がゆっくりとホワイトアウトしていく。


 ただ一つ倒れる前に、この現象にどうしても申し立てしたい。


 やっぱりデジャブ関係ないじゃん。


 ただのラッキースケベじゃん。


 ◇


「ねぇ、ハヤタ。アンタ、セナに何したのよ」


「何もしてない。理不尽な運命に屈しただけだ」


「よく分からないけど、結局負けたのね」


 ランと並んで歩く数十歩先には、アコと桜が星七を囲み、先ほどから必死に宥めていた。

 そして俺はと言うと……数十分前のラッキースケベから、星七と全く口を聞いてもらえずにいる。


「なぁ、ちょっと俺と星七を二人きりにしてくれないか。つもり積もる話があるんだ」


「別にいいけど……」


 もう大丈夫だと手招きし、前にいた星人二人と入れ替わり星七の隣に並ぶ。


「…………」


「…………」


 いざ隣に並んでみるが、先ほど見た星七サキュバスが思い出され、言おうとしていた事が頭から吹っ飛んでしまう。


 星七も俺が並んだのには気がついたが、何も言ってこず沈黙が続き……。


「……どう……だった?」


「えっ?」


 まさかの星七の方から降ってきてくれた。


 もしかして、情けない俺に気を遣ってくれたのか?


「怒ってないのか?」


「べ、別に怒ってないよ。ノックしなかったのは悪いけど、わたしが勝手にした事だし」


 そう言えばそうだ。というか、そもそもそもそも何故星七があれを着ていたのだろう?


「で、どうなの?」


「どう……とは?」


「だ、だから似合ってたかなって、あの恰好」


「あ、あぁ……良く似合ってたぞ。星七は着やせするタイプなんだな」


 目が自動的に胸に向く。アコ程とは言えないが、星七も立派な母性の塊を持っていた。


「ばか、えっち」


「あ、いや、これはその……」


 馬鹿正直に答え過ぎた。さらに機嫌を悪くしても仕方ない。


「でも、そっか。似合ってたんだ」


 その時の星七の表情は何故か穏やかで頬を赤らめている様に見えたのは、きっと夕焼けのせいだろう。


 どうしてあの時星七がサキュバスの格好をしていたのか。


 きっと、それは誰にも分からない事なので、思い出と共に胸の中に秘めておこうと誓った。




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