第22話 キズナノサイカイ

 星七と共に普段走らない階段と廊下を駆ける。


「星七が余計な事言うからこうなったんだぞ!」


「で、でも経緯を説明したのは隼大君じゃん! まさか、こんな事になるとは思ってなかったけど……」


 まさか、特撮ドラマを撮ると宣言してから、映画研究会に殴り込みに飛躍するとは思わなかった。


 映画研究会の部室は、二階の中央フロアの左一番手前にあり、付近に到着すると廊下からでも分かるほど明らかに騒ぎ声が漏れていた。


 扉が全開な映画研究会の部室に着くと、星人三人が目の前にいる十数人に向けて、宣戦布告をしている最中だった。


「――な、なんなんだお前ら!」


 一年生と思われる男子が、声を震わせながら前に出る。


「アタシ達は、地球防衛部よ。この部活にいる友人を貶めた人間を裁きに来たわ」

「お、お前ら宇宙人なんかに面識はない! 帰れ!」


「そういう訳にも行かないんですよ。こちらも、お願いと天罰を下しに来たのですから」


 お願いと天罰って……一体お前らはどの立場なんだ。


「出てこい、ヤマト」


 桜の冷たい声にゆっくりと、眼鏡の長身の男子が一年生を下げ前に出てくる。


「これは、一体何のつもりだ――東間」


 目の前の彼女達ではなく、俺を睨みつける大和。その冷淡な態度は何一つ変わっていない。


「い、いや。ちょっとトラブルがあってなこいつらが――」


「無視するんじゃないわよ、メガネ!」


「宇宙人、貴様には聞いていない。俺は東間に聞いているんだ」


「うちゅ――星人って呼びなさい地球人! アンタやっぱり仲間を切り捨てる位の立派な器量があるのね」


 尻尾を攻撃的に振るラン。しかし、大和が前に出た時から部員の表情が変わっている。


 どうやら大和は上手くこの部活を変えることが出来たらしい。


 心の中で少し安堵し、三人の前に出た。


「別に喧嘩を売りに来たわけじゃないんだ、お前に、映画研究部に頼みがあって来た」


「だとしたら最初にするべきは謝罪じゃないのか。お前たちはいきなり押しかけ、部活動を妨害したんだぞ」


「そうだな……すまない」


 そう言って頭を下げる。


「そこの宇宙人は謝らないのか?」


 ようやく大和が前の三人を見る。


「謝るわけないでしょ。それにアンタ、ハヤタから居場所を奪っておいてその態度はなんなの?」


「ふむ……居場所か」


 大和の視線が俺に戻る。ただ、その目はかつて俺に向けられていた目ではなかった。


「東間が勝手に辞めただけの事だろう。別に俺が奪ったわけではない」


「何言ってるんですか。あなたも隼大さんに投票したんでしょう。だったら同罪ですよ」


「結果的に隼大を裏切った、その事実は揺るがない」


 ランと桜のその言葉に動じず、そして目線を向けることなく、ただ真っすぐ大和の視線は揺らがなかった。


「東間、お前が適応できなかっただけの話だ。お前だって理解しているだろう」


「あぁ、分かってる」


 そんな事、自分自身が一番分かっている事だ。今更、後悔もない。


「だろうな。お前は過去の事を掘り返すような人間ではない。そこの宇宙人が勝手に盛り上がってしまったのだろう」


「だから宇宙人じゃ――」


「だが、あれは東間からできた事だ。普通の人間ではできない」


「は? だから何言ってるのよ。別にハヤタは普通の人間でしょ」


 ランの言葉に対し、いやと大和は失笑した。


「東間は持っている人間だ。この意味、お前ならわかるだろう?」


 大和はあえてそれを言わせようと誘導している。だから、俺は何も言えなかった、言いたくなかった。


 それに気がついた大和が、仕方ないという様に小さく息を吐く。

「東間の父親は東間團とうまだん、そして母親は東間……右近悠里うこんゆうりだ」


 大和の言葉に映画研究会の連中がざわつき始める。その名前は間違いなく俺の父親と母親の旧姓だった。


 そして、その名前を映画やドラマを作る人間なら知らぬものはいない。


「あの人が、東間團の息子かよ」


「右近悠里って、科学シリーズの人でしょ」


「うわっ、だからこんな事が出来るんだ」


「親が凄ければ、子供は怖いもの知らずだな」


 それは昔から俺に向けられていた言葉。


 もう聞き飽きたほど聞いたはずなのに、不快に感じるのはきっとそれを受け入れたくないからなのだろう。


「ねぇ、それって誰なの?」


 ランが星七に尋ねる。だが、俺の想いを知った彼女は答えたくないと沈黙した。


「サーチ開始――東間團は、主に科学特撮シリーズの第二世代の担った監督。携わったタイトル数は四十以上。右近悠里は、仮面特撮シリーズの平成シリーズの十五作品の脚本を担当している。共に、次世代の天才と呼ばれ、特撮の歴史を作った一人」


 桜がサーチした情報を全て正確に吐露してしまう。


「隼大さんが、そのお二人の息子……」


「そうだ、だから東間は生まれた時から持った人間だ。だからこそ言えたんだ。普通の人間じゃ、きっと組織に歯向かう事なんてできない」


 違う、と言いたかった。あの時、俺が動いたのはあくまでも自分の正義感に従った結果だ。


 だが、過去の事が思い出され、言葉が詰まる。


「天才の息子――そんな人間に持ってない人間が説教を垂れ流しても響く訳がない。向けられるのは嫉妬と憎悪。だからこそ、東間は映画研究会を辞めさせられたんだ。集団というものは異質なものを忌み嫌う、そう考えれば東間が辞めた事は仕方ない事だった」


 一年前の光景が思い出される――親の七光り、親がいるから、なんであいつが、そんな望んでいない悪意が頭の中にはびこっている。


 幼い頃からずっとそうだ。


 東間團と右近悠里の天才の息子、そう見られてきたのだ。


 だから何を言っても両親の存在が上げられてしまう。


 どこに行っても、誰しも、俺の事を、東間隼大という一人の人間として見てくれる人間なんていなかった。


 だから……俺は、この先もきっとどこへ行ってもそう見られて生きて――。


「正直どうでもいいわね」


 再び前に出たランのその一言により、脳内の蠢く悪意と室内の喧騒が一瞬にして静まり返る。


「ハヤタはハヤタでしょ。別に親がどうだとか、そんなの意識してるのは当人じゃなくて他人の方じゃない。自分達ができない事をハヤタのせいにするなんて勘違いも甚だしいし、そう勝手に決めつけてるなら普通に気持ち悪いわね」


 アコが、ランの右隣に並び――。


「ワタシもそう思います。隼大さんは隼大さんです。隼大さんは、ワタシ達が星人だとか関係なく、向き合ってくれています。でも、あなた方は隼大さんと向き合う事を勝手に放棄した。隼大さんが出来る事を、親のせいだと言い訳にしたかっただけじゃないですか」


 桜が、ランの左隣に並び――。


「隼大は特別でもなんでもない。ただ、真っすぐだっただけ。それを認めない、認めて何もしなかったあなた達が弱かった。たったそれだけの話」


 目頭が熱くなり、何かあふれ出しそうになるのを必死に抑える。


 俺がずっと、求めていた言葉、求めていた関係がにはあった。


 以前ランがこの地球に来たのは、共通の趣味を持つ対等な友達が欲しいからだと聞いた。


 そして俺も彼女と同じで、東間隼大を東間隼大として見てくれる友達をずっと求めていたのだ。


 そして今、目の前にそれがあり心がゆっくりと満たされていくのが何よりの証明だった。


 隣にいた星七が、いつの間にか繋いでいた俺の手を強く握る。


 わたしも仲間だよ、と言葉で表さぬとも伝わってくる。


「……ありがとう。皆」


 やっぱり俺は……思っている以上にこいつらの事が好きなのかもしれない。

「それが、今のなんだな」


 その大和の言葉は、かつて俺に向けられたものに戻っていた。


 一年前、共に作品を語り合ったあの頃と同じ様に……。


「色々と誤解していたみたいだが謝る気はない。辞めたのはお前自身だ」


「ちょ、何勝手に――」


「いいんだラン。もう、大丈夫だから」


 ありがとうと、優しく笑む。納得してくれたのかは分からないが、彼女はもうそれ以上は何も言わなかった。


「話が大分脱線したな。最初にお前が言っていた通り、何か目的があってここに来たのだろう」


 もうそこにいた大和は、俺の知っている大和だった。誰よりも芯の強く、誰にでも頼られるような優しい男だ。


「今度この地球防衛部で特撮ドラマを撮ろうと思っててさ、撮影用の機材を貸してほしいんだ」


「随分面白い事をしようとしてるんだな。しかも、お前がメガホンをとるなら俄然見て見たい」


「で、どうなのよ」


 まだ怒りが収まってないらしく、尻尾を乱暴に振り回しながらランが尋ねる。


「よし、いいだろう。持ってけ」


「で、でもいいんですか? こんな奴らに貸すなんて……」


 その拍子抜けした承諾に、一年生らしき男子が当然口を挟む。


「うちはもうコンクールの応募用の作品は撮り終わっている。撮らないのに持っているのも宝の持ち腐れだろう」


「そ、そうですけど……」


「もちろん貸すのはメインの機材じゃなくて予備の方だ。壊されたらたまったもんじゃないからな」


 その辺はぬかりないらしい。俺もそれが正解だと思う。


「機材は後で俺たちがお前らの部室に持っていく。使い方に関してはお前がいるから大丈夫だろう」


「助かる。ありがとう」


 すると、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる大和。


 それが何を意味するのか理解し、握っていた星七の手を離す。


「お前が撮りたいと思う作品を撮れよ」


「あぁ、期待して待ってろ」


 大きく掲げ、手のひらを強くぶつける。


 鳴り響いたその音は、クランクインの音に少しだけ似ている様な気がした。

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