第15話 トウマハヤタ夕陽に死す
翌日。誤解を解きに行こうにも玩具天国は、昨日は定休日で機会は作れず……。
今日はどうにかして時間を作り謝りに行こう。
「むむむ……」
「どうしたアコ」
隣にいたアコが何やら先ほどから隣のずっと唸っている。
「いえ……何か、受信しそうなんです」
「受信って、その触覚でか?」
「触覚じゃないです! これはワタシ達にとって大脳新皮質の様な存在で……」
そう言われると思わず触りたくなってしまう。
なので、アコが唸っている今、勝手にそれに触れてみた。
「ひゃぁあ!」
いつかどこかで聞いたような嬌声を上げるアコ。そのせいでクラスの注目を浴びてしまったのですぐさま放した。
「な、何するんですか隼大さん!」
「いや、触りたくなって……」
「いや、触りたくなって……じゃないです! これはワタシ達セキス星人にとって命と同等の存在なんですよ」
「じゃあ、なんで変な声上げたんだよ」
「ここは色々と敏感な場所なんですよ」
「性感帯じゃないか」
「違います!」
ぽこぽこと叩かれるが、全く痛くない。
「全くもう……隼大さんはいい人ですがエッチです」
「…………」
エッチという言葉は今一番心に響く、昨日の星七の顔がちらつくのだ。
「そ、そう言えば何を受信したんだ?」
「あっ、我々セキス星人はデジャブを受信するんです」
「デジャブ?」
「はい、近しい人間の最近起こった状況が、また今日似たような状況になるというものです」
「へー、何か未来予知みたいだな」
「そうですね、でも最近の出来事と大体重なっている事ですから。でも昨日って……またじゃんけんで、ワタシとランが負けるって事ですかね?」
「あー、そうかもな。ラッキー」
「えーまた今日もゴミ捨てですかー……」
そう言ってアコは机に顎を乗せ、唇を尖らせた。
何故か喜ぶべき事なのに、嫌な予感がするのは気のせいだと思いたい。
◇
「――じゃんけん、ぽい!」
毎度恒例のゴミ捨て決めじゃんけん、今日は俺とアコがパー、ランと桜がチョキ。
「今日は勝ったわ!」
「ブイ」
ランは余程勝てたのが嬉しかったのか、飛び跳ねながら尻尾を躍らせており、桜は相変わらずの無表情だ。
「あれ、外れましたね」
「なんだ、セキス星人のデジャブっていうのも宛てにならないんじゃないか?」
「そ、そんな事無いですよ。的中率は驚異の九割ですから」
「じゃあ、その一割で外れた訳か」
「かもしれないです……」
という訳で、中庭に二人を残しアコと共に校舎裏の焼却炉へ向かう。
「あれ、何かダメみたいですね」
焼却炉に着くも、壊れてしまったらしく張り紙が貼ってあった。
「――ゴミは明日業者が回収するので、第二体育倉庫に置いてください、か」
焼却炉から直ぐ隣にある第二体育倉庫に入ると、同じようにビニール袋が端に大量に置かれており、サッカー部がちゃんと片付けなかったのかサッカーボールが鉄籠から漏れ、何個か地面に転がっていた。
「これ、手前じゃなくて奥に置かないと置けないな」
「そうみたいですね、よいしょっと」
乱雑したサッカーボールを避けて、空いたスペースにゴミ袋を全て押し込め、外に出ようとする。
しかし――。
ガラガラと小さなコンクリートの箱の中で鳴り響き、差し込んでいた夕焼けがシャットアウトされる。そして、極め付けには鍵を閉めたような鈍い音。
「うっ、嘘だろ」
ドアを開けようとするも、びくともせず。完璧に外から鍵がかかっており、内側に解除ロックは見当たらない。
「閉じ込められちゃいましたね……」
もしかして……デジャブってこういう事だったのか?
今更ながらこの展開になるフラグが立ったのに気がつかなかったのが情けない。
「どうしました? 顔青いですけど」
「い、いや……」
だが、今回に限って言えばこちらから起こすアクションは開けてもらうために、誰かを呼び出すだけだ。
アコに関しては変なオプションは持ってないのでトラブルを招く様な事はない……と思う。
「とりあえずランか桜に連絡してみましょうか――ってあっ!」
「ど、どうした?」
「いえ、あの子たち確かスマートフォン? でしたっけ? 持ってないんですよ」
「今時そんな文明の利器を持たない奴がいるのか……」
「いえ、彼女達の故郷はブレインデバイスシステムというテレパシーに近い技術で会話しているので持ってないのも当然なんですよ。ワタシは持ってるけど、連絡先は隼大さんくらいしかいないし……」
それは何とも絶望的だ。後は、俺の友達に頼むしかないのだが……。
「隼大さんの知り合いの方で開けていただける方っていますか?」
「いる、事はいるが……」
というか、星七しかいない。
この状況で……彼女に頼むのか?
「いや、でも……」
今の状況を見て彼女はどう思うだろうか。本当に軽蔑されてしまうんではないだろうか。
「お願いします。隼大さん」
流石にこの状況のままという訳にはいかない。それに星七ならきっと事情さえ理解すれば、きっと助けてくれるはずだ。その時に昨日の事も謝っておこう。
「分かった。ちょっと待ってろ」
少し離れた所に移動し、心なしかわずかに震える手で、スマホで星七にコールする。
唾を飲み込んで喉を整え、三コール目でやっと電話が取られる。
『……はい』
あからさまに声が低い。やっぱり昨日の事をどう考えても引きずっているように思える。
「星七……そのいきなり電話してごめん。でも、緊急事態なんだ」
『星人達とその……エッチするのが緊急事態なんでしょ?』
「ち、違う! あれは誤解で……事情は絶対に説明するから切らないで聞いてくれ」
無言の返事。どうやら切らないでいてくれるという事は、聞いてくれるみたいだ。
「今、俺は学園の第二体育倉庫に閉じ込められてしまった。それで、その……助けてほしいんだ」
『それ……わたしじゃなくて、仲良くしてる星人に頼めばいいじゃない』
「星七じゃないとダメなんだ。あいつらはその……頼りにならないから」
本当の理由は違うが、ここでは誤魔化しておく。墓穴を掘ったら、本当に嫌われかねない。
「星七……俺はいつだってお前の事が大切な友達だと思ってる。こんな事星七じゃないと頼めないんだ、だからお願いします!」
電話越しで伝わるわけもないのに、スマホの前で深々と頭を下げる。
そのおかげか、数秒間の沈黙後――。
『――分かった。一度家に戻っちゃったから、少し時間かかると思うけど』
「それでもいい、ありがとう星七」
『うん。大切な友達って言葉、信じてるから』
そう言って電話を切られる。今頃彼女は制服に着替え、学園に行く準備をしてくれている事だろう。
「はぁ……」
思わず肩の力が抜ける。とりあえずは何とかなった。
僅かに小さな窓から差し込む夕日の光を頼りに何重にも積みあがったマットに腰を下ろしているアコの隣へ座った。
「来てくれるらしいから、後は大人しく待とう」
「あ、良かったです、どうにかなったんですね!」
「あぁ、本当にいい奴で助かったよ。あっ、そうだ。そいつも星人に抵抗のない奴だし来たらまた紹介するよ」
「本当ですか! やっぱり隼大さんの友達は優しい方が多いんですね」
昨日の一件でもしかしたら俺と星人を嫌いになっているかもしれないが、今一緒にいるのは誰よりも人当たりの良いアコだ。話せば挽回ならいくらでもできる。
「そうだ、まだ来ないと思うし。どうせならアコの事もっと教えてくれよ。あいつらがいるとこういう話もできないし」
「ワタシの事、ですか? 聞いても面白くはないと思いますけど……」
「それは聞いてみなきゃ分からないだろ。それの他の星の人間がどういう暮らしをしてたのかスゲー興味あるんだよ」
「じゃ、じゃあ期待に応えられるかは分かりませんがワタシとワタシの故郷であるセキス星の話をちょっとだけ」
ちょっとだけと言わず全部して欲しいが、その辺は惑星機密みたいなものに抵触する為に話せないのだろう。
「ワタシ、セキス・アコアは名前の通りセキス星という星で生まれました。前にも言ったかもしれませんが、セキス星は地球と隣の銀河――宇宙に存在しています」
「別の宇宙、多次元宇宙って奴か。確か、宇宙の外側には数多の星と同じくらいの宇宙が存在しているんだよな」
「はい、因みにランの故郷のザグリア星のある宇宙は地球の存在する宇宙から、五千二百八宇宙、桜のエキスマキナ星の宇宙からは、一万二百三十二宇宙は離れています」
もはや遠すぎて想像もできない数字だ。人類がそこに辿り着くためには後、何千、何万年も技術発展しなければ辿り着けないだろう。
「セキス星ですが、非常に地球とも似ていて水の星とも呼ばれています。水が八割、陸地が二割で大気自体も酸素と似た物質で活動しているので、もしかしたら地球人に最も近い生命体でもあるかもしれませんね」
「なるほど……その触覚もセキス星の人間は付けてるのか?」
アコの頭に付いている銀色の二本の触角を見る。
うーん、やっぱり触覚にしか見えない。
「しょ、触覚ではありませんが、セキス星人は皆ついています。簡単に言ってみればワタシ達星人を証明するシンボルの様なものですから」
その触覚にはそんな意味があるのか……。星まで違うと、見識は全く違うらしい。
「あ、ごめん続けてくれ」
話を触覚から、星の話へ戻す。
「セキス星は国という概念が正確に言えばありません、というのもそもそも星自体が国の様な共同体なので、セキス星人は皆同じ言語や権利を得ています」
「凄いな……戦争とか絶対ないじゃん」
惑星が一つの国であるという事は、全てが統治されているという事だ。また権利も与えられているという事は主権国家いや、主権惑星と言ってもいい。
「そうですね。歴史の中でもほとんど戦争は起こっていません。勿論、テロや内戦の様なものは小規模ですが時たま起こりますが」
それで、と続けるアコ。
「セキス星は、当人の努力や能力が優れていれば何をしても認められます。昔から別の惑星に興味があり、ワタシの家庭は裕福な方ではありませんでしたが必死に勉強して、地球で言えば高校、大学、大学院の様な専門的な教育機関に進み、博士号の資格を頂きました」
「……ん?」
大学? 大学院? 今アコはかなり俺から見ておかしなことを言った。
「飛び級でもしたのか?」
「いえ、きちんと勉強して奨学金の様な制度で入学しましたよ」
ますます言っている意味が分からなくなる。
「な、なんで俺達と同じ年齢で大学教育が受けられるんだよ。しかも、博士号って……」
「セキス星は上手くいけば百歳で博士号が取れるんですよ」
「ひゃ、百歳?」
ちょ、ちょっと待て。今目の前にいるアコは一体……。
「なぁ、アコ。お前って何歳なんだ?」
「百二十二歳ですが……」
「百二十二歳ぃ!?」
いや、アコの見た目はどう見ても見た目は高校生……より少し大人だ。だが、アコの表情を見る限り冗談を言っている様には見えない。
「そ、そんなに驚く事ですか? まだセキス星では百二十と言えば若い年齢なのですが……」
「いや、だって俺は十六だぞ。人間の寿命から言って百二十何て普通に死んでるか、生きていてもよぼよぼの死にそうな老人だ」
「て、てっきり地球人とセキス星人は性質的に似ているので寿命も同じかと思っていましたが、まさか隼大さんが十六歳なんて……衝撃です」
いや、こっちの方が十分衝撃なんだが……。一回りじゃなくて、十周りも年上なんだぞ。
「もしかして……あの二人も俺より年上なのか?」
「は、はい、一番年上なのは桜で彼女は三百歳を超えています。ランが一番年下で、彼女も九十六歳ですね」
「…………」
開いた口が塞がらない……。
しかも、あのバカ二人が人生の大先輩だなんて……一体他の星の寿命はどうなっているんだ?
「なぁ、アコ。あの二人には俺が年下って事は黙っててくれ」
「わ、分かりました……」
年下だと知った瞬間、調子に乗るのが目に見えてるからな。何より精神年齢が低いのに、年齢だけでからかわれるなんてたまったもんじゃない。
「そ、それで、どうしてアコは星人留学生制度で日本に来ようと思ったんだ?」
何とか話を戻して心を落ち着かせる。
一番気になっていた疑問――セキス星という一つの国を断片的に知った今、何故彼女はこんな小さな島国に来ようと思ったのか。
「さっき言った通りワタシは惑星の専門家で、セキス星に似ているという地球に昔から興味があったんです。そんな時、星人留学生制度の話が持ち上がり、運よく星を代表していく事になりました。その際、地球の歴史を調べていく中で、思いやりの国民性、誰にでも向けられる優しさを持った日本人の性格がセキス星人の性質似ていたので是非彼らと関わってみたいと思ったんです。だからワタシは日本に行く事に決めました」
きっとそれは見知らぬ生命体を受け入れてくれるという願望もあったのだろう。
しかしそれは、見事に裏切ってしまう形になってしまった。
「その……ごめんな」
「どうして隼大さんが謝るんですか。確かに最初に来た時は、かなりショックでしたけど今は全然違います。こんなワタシ達でも真っすぐに向き合って、そして受け入れて友達になってくれた人がいたんです。だから、隼大さんにはとても感謝してもしきれないんですよ」
その言葉と笑顔で救われた様な気持ちになる。
改めて俺はこいつらの理解者でありたい、そう強く思った。
「――隼大君?」
聞き覚えのある声に、重い鉄扉がノックされた。どうやら星七が来てくれたらしい。
「せ、星七か!」
ようやく来た救援に、アコと口角を上げる。
「さっき職員室で鍵借りてきたから、今開けるね――」
カチャ、と待ちに待った快音が鳴り、ゆっくりと鉄扉が開かれ、光が差し込んでいく。
そして、その嬉しさに思わず立ち上がり、ドアの方へ向こうとした瞬間だった――。
「ひゃ!」
「危ない!」
転がっていたサッカーボールに足を取られたアコがその場に頭から転びそうになる。
瞬時に彼女を抱え込み、その場に倒れ込む。
「ふっ、ふがっ!」
俺の顔が何か柔らかい感触に包まれる。まるでそう、母なる大地の様な……。
というか、もしかしてこれ……。
顔を上げると、目の前には二つのチョモランマ、そして超至近距離のアコの顔面。
どうやら運よく上半身がマットに接触し、頭を打つことはなかったらしい。
良かった……よく、なかった……。
「……隼大君?」
背中から感じる身も凍るような視線、ゆっくりと振り返るがその顔は笑っているがどこまでも笑っていない。
「こんな所で、また星人とよろしくやってるんだ」
「ち、違うんだ星七!」
「しかもわたしを呼び出したのって、これを見せつける為だったんだね。正直凄く幻滅した」
「閉じ込められていたのは本当で! な、なぁアコ!」
目の前で押し倒されているアコに話しかける。しかし、今の衝撃で気を失っているらしく、返事は無かった。
「嘘だろ……」
デジャブ再来、もう言い逃れもクソもなかった。
「隼大君のバカ、エッチ、死んじゃえ!!」
そう言って、走り去っていく星七。その背中を追いかけようにも、このまま気絶したアコをほっとく訳にもいかずその場にへたり込む。
「あぁ……今日俺は大切な友達を一人失ったよ……」
その言葉に返事をしたのは、少し遠くで聞こえたカラスの鳴き声だけだった。
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