第10話 学食の贈り物

 昼休みになり、席を立ちがり逃走態勢へ。


 目的は今日のお昼を買いに行くか、食べに行くか、そして自分の命を守る為。


「どこ行くのよ。一緒に食べるわよ」


 俺よ絶対に相手にするな、死ぬぞ。


「無視すんなバカ!」


「ぎゃあぁあああ!」


 何か角ばったものが後頭部を直撃、地面に落ちたのを見ると先ほどの数学で使った教科書だった。


「お前いきなり何するんだよ! 殺す気か!」


「無視するからいけないのよ。それと、一緒にお昼食べるわよ」


「なんで昼をお前と食わなくちゃならない。俺はもう三途の川は見たくないぞ」


「きょ、今日は作って来てないから! それに友達なら一緒に食べるものでしょ!」


 命の保証があるならそれでいいかと、とりええず安堵した。


「って事は、今日はどこで食べるんだよ」


「ワタシも今日は弁当を作ってこなくてもいいとランに言われたのですが……」


「遅くなった」


 いつの間にか桜まで来ているし。彼女の手元を見ても、昼は持ってきていないらしい。


「おいラン、皆お昼持ってきてないけどどこで食べるんだよ」


「それはね――学食よ」


「なんだ、学食か。じゃあ行くぞ」


 そう言って背中を向ける、が。


「学食ですか……」


「学食……」


「学食よ……」


「お前らまさか……」


「そうよ。学食行ったことないの」


「ワタシ達、お昼はあまり人の多いところは避けていて……学食は行ったことないんです」


「イエス。学内でもあまり自由には動けない」


 昨日こいつらと昼を中庭に食べに行った時、フナ虫の様に散った光景を思い出した。


 慣れているからと言って、彼女達は避けられる事に耐性は無いのだ。だから、傷つかない為に人の多いところを避けていたのが頷ける。


「だったら、俺が連れてってやる。どうせお昼はないんだし拒否権はないからな!」


 再び背中を向け歩き始めると、直ぐ後ろから複数の浮かれた足音が聞えたのだった。


 ◇


 慣れない注目を浴びながらようやく学食ホールに辿り着く。


 フードコートの様にメニューごとに区分されている学食は、いつも通り多くの学生でごった返していた。流石は二千人が通うマンモス校の学食だ。


 しかし、俺達がここに来たのが分かるとモーゼの十戒の様に人が割れ、ざわざわと騒いでいた声はやがて冷たい沈黙へと変わっていく。


 だが、もうここまで来てしまえば今更気にする事はない。何事もなく、彼女達に声を掛ける。


「お、食券機まで誰も並んでないぞ。ラッキーだな」


「は、はい……でも本当にいいんでしょうか?」


「別にいいさ。こいつらが丁寧に道を開けてくれるお陰で早く飯が食えるわけだし」


「そ、そうよね。ほら、行くわよ」


「俺から買うけどいいか?」


 緊張した面持ちで頷く三人。どこかぎこちない視線を背に、お金を入れて三百円のカレーライスのボタンを押し、食券を取り出した。


「おぉ……凄いわね」


「はい、初めて見ました」


「手際がいい」


「いや、お前らの星の方がこういうのは発展してるだろう」


「そうだけど……今時まだ日本人はこんな面倒くさい方法で食事をしてるなんて驚きだわ」


 それは貶しているのか褒めているのかどっちなんだ……。


「で、次は誰が買うんだ?」


 三人が囲んで何か相談し――最初に出てきたのはランだった。


「わ、アタシから行くわ」


「じゃあ、ほらお金入れろ」


 頷いて、ランは財布から紙幣を取り出しそれを投入した。


「エラー? なにこれ壊れてるじゃない!」


 尻尾で何度も食券機を叩くラン。


 まさかこのタイミングで故障なんて……。いや、まさか。


「お前、今いくら入れたんだ」


「百兆ドルジンバブエだけど……」


「バカ、お前なに別の国の通貨入れてるんだよ! しかもジンバブエって……」


「だ、だって単位が大きい方が価値があるんでしょ! その為に換金してきたんだから!」


 めちゃくちゃインフレしている国の通貨なんて日本円にしてみれば三十円程度だ。


 しかもそれを、全部換金したなんてこいつバカなのか?


「とにかく今回は俺が貸してやるから」


 そう言って五百円玉を渡し、ランはAセットのボタンを押した。


「買えたわ! 見て! 凄いでしょ!」


 俺たちの目の前で大きく食券を掲げるラン。いや、何も凄くはないぞ。


 そして、次に出てきたのは桜。


 彼女は緊張しているのか分からないが、ひたすら無表情で食券機の前に立つ。


「…………」


「どうした、食券機を見つめて」


「イエス。ウチはランの様なヘマはこかない、しかし――」


 何故か先ほどから握りしめていたパスケースを確認する。そこには電子カードはあれど紙幣もなければ小銭もない。


「ウチは通貨を全て、電子マネーに変えてしまった」


「あぁ……」


 残念ながらこの食券機は電子マネーには対応していない。つまり、何も食えない。


「もう仕方ないな……」


 再びポケットマネーから、今度は五百円玉が無いので代わりに千円を投入した。


「これにする」


 押したのは五百円のとんかつ定食、星雲学園の学食で一番高いメニューだ。


 残りのお釣りを回収し、最後に買うアコが最後に前に出る。


「わ、ワタシはちゃんとお金持ってますから」


「そうか、じゃあ早く押してくれ」


 しかし、彼女が開いた可愛らしいがま口財布にはどう見ても百円以上のお金は見えない。目を凝らしてみるが、一円玉数枚と三十円が四枚しかないように見える。


「どうしました?」


「いや……お前それじゃ何も買えないぞ」


「えっ……白飯もですか? サラダもですか?」


「あぁ、何も買えない。もう、仕方ないなぁ……」


 とんかつ定食の釣りで出た五百円を投入してやる。すると全部のボタンに一斉に赤いランプがついた。


「ほら、好きなの選べ」


「そ、そんな悪いですよ。それにいつ返せるか分からないし……。だったら、ワタシ食べないでも大丈夫です」


「皆食ってるのに一人だけ何もしないで見てるだけなんてこっちが気を遣うからやめてくれ。ほら、もう今回は三人とも俺のおごりでいいから」


「は、隼大さん……」


 アコは頭を下げて、俺と同じカレーライスのボタンを押した。


「後はこれをあそこのおばちゃんにもってく。置いてあるトレイもちゃんと乗せて持って来いよ」


 ラジャーと、敬礼する二人と別れ、カレーのコーナーにアコと並ぶ。


 誰もいなかったので直ぐにカレーが秒でトレイに乗り、アコを待つ。席に向かうとぽっかりと空いた机で、こちらに向かい手を振っているランを発見。


「ここここ!」


「はいはい」


 俺はランの正面に座り、左隣りにアコ。遅れてきた桜はランの右隣に座った。


「それじゃあ――」


 俺が手を合わせると、他の三人もそれを真似し――。


「いただきます」


「いた、だきます!」


「いただきますね」


「いただく」


 こうして、彼女達にとって初めての学食体験が始まった。


 スプーンでライスとカレーを上手く、七対三の割合にし、口に運ぶ。


「美味いな」


 学食のカレーを久々に食べたが、このなんとも言えない辛さがちょうどいい。


「は、ハヤタ……これどうやって食べるのかしら?」


 器用に箸を持ったランが、目の前のハンバーグを見て固まっている。どうやら、食べた事がないらしい。


「それは箸で適当に食べられる大きさに切ってから、口に入れるんだ。その後にご飯をかき込むと旨いぞ」


「わ、分かったわ」


 震える手で丁寧に箸で切り分け、それを恐る恐る口に入れる。


「お、美味しいわハヤタ! 日本食ってこんなのもあるのね!」


「それは洋食だけどな」


 お気に召したようで何よりだ。その後も、ご飯とハンバーグをルーティンで行き来しており、その度に幸せそうに頬を押さえていた。


「で、お前は大丈夫そうだな」


「イエス。ウチは地球の食べ方や食文化についても全てインプットしている」


 その横の桜を見ると、とんかつを丁寧に口に運んでいる。


 無表情だが、ご飯とカツをルーティンしている辺りを見るに気に入ってくれたのだろう。


「疑問なんだが、AIなのに食事するのか?」


「ウチは高機能天才AIなので、どんなものでも口に入れてしまえば、動力として変換できる。勿論その変換機能を正常に起動させるには、一日一回このゼンマイを回さなくてはいけないが」


 今、ゼンマイと言ったあたり、背中のそれはやはりゼンマイらしい。もしかしたら別の役割があると思ったが、予想通り過ぎてある意味衝撃だ。


「そして、お前は一体何をしてるんだ」


「へ?」


 隣にいるアコのカレー……だったものを見る。


 明らかに俺の目の前にあるカレーライスと形状やビジュアルもかけ離れており、食欲を全く刺激させない。


「一体どうすればそんな色になるんだよ……」


 紫色のルーに青色のライス……それは、もうもはや地球上の食べ物では見た事のない色彩だ。


「スパイスを百程……そのまま食べてみましたが、あまり口には合わなかったので……」


 スパイスを百って……どう考えてもおかしいだろ。


 そんなカオスな状態にして絶対に美味しいわけがないのだが、彼女は先ほどから幸せそうに口に運んでいた。


「隼大さんも食べてみますか? セキス星の味付けに近いので」


 もしかしたら見た目はアレだが、舌が唸るほど美味しいのかも知れない。それに星人と同じように勝手なイメージで判断しては、こいつらの友達としてやってられないだろう。


「じゃ、じゃ一口だけ……」


 決死の思いで、自らのスプーンを地獄絵図に突っ込み、ゆっくりと口に運ぶ。

 その間も、前回のランの殺人弁当が思い出され、心音が鳴りやまない。


「う、うん……」


「どうですか?」


「食えない事はない。だが、普通に食べたほうが圧倒的に美味しい」


「そうですか……」


 瞬時に水で、口の中で暴れるそれを流し込む。


 気を遣ってなんとか誤魔化してみたが……これは食えたものではない。人類にはまだ早すぎるのだろうか、舌がさっきからおかしな痙攣を繰り返していた。


 ランの弁当といい、アコのこの味覚といい、地球外生命体の味覚はどこかぶっ飛び過ぎだ。


 もしかして、宇宙基準で見れば地球人の味覚の方がおかしいのか?


「桜、アンタ勝手にアタシの肉食べたでしょ!」


「ナニソレオイシイノ」


「何とぼけてんのよ、アンタの口にソースついてるのでバレバレなのよ!」


「あ、じゃあワタシの食べますか?」


「そんなゲテモノ要らないわよ!」


「げ、ゲテモノ……」


「ほらほら、喧嘩すんなよ」


 馬鹿みたいに騒がしく、いつもと違う昼食の光景。


 普段一人で食べているせいか目の前の笑い泣き交じりの声や豊かな表情は新鮮で――どうしてかカレーライスが少しだけ美味しく感じたのだった。



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