第5話 友達を待つ少女

「――ん、ん……」


 目の前に見えるのは白い壁と一定の光で照らし続ける照明。そして、こちらを見下ろすカーテン。


 どうやらここは――。


「大丈夫ですか?」


 ピンク色の髪と、二つの大きな山と不自然な位の銀色の触角がこちらを見下ろしていた。


「天国か?」


「ほ、保健室ですよ。本当に大丈夫ですか?」


 どうやら俺は生きていたらしい……。三途の川が見え、向こうから誰かが手を振っていたのはきっと気のせいだと思いたい。


 体を起こし、胸部にチョモランマを有する触覚巨乳ピンクに向き直る。


「あれ……他の連中は?」


「今は五時間目で授業を受けてます。というか無理にでも受けさせました、これ以上ランが何かをすると場をかき乱すだけなので……」


 それは言えている。あいつは、星人でもなくただの狂人だ。


「で、触覚巨乳ピンクが俺を見ててくれたのか?」


「ワタシには、あの二人の監督責任がありますから。そ、それと触覚巨乳ピンクはやめてください。これはワタシ達セキス星人にとって、人間でいう大脳みたいな存在ですから」


 彼女はこほんと咳ばらいをし、真っすぐとこちらに向かい微笑んだ。


「改めましてワタシの名前は、セキス・アコアと言います。ワタシは地球のある銀河系の隣の銀河系にあるTSS星雲のセキス星から観測員として参り、ご存じの通り星人留学生制度でこの星雲学園に来ました」


 ゆっくりと頭を下げる。そして、顔を上げるとそのまま彼女は続けた。


「その説は……色々とご迷惑をお掛けしてすみませんでした。ワタシ達も、特にランも悪気があったわけではなく、ただ隼大さんと仲良くしたいだけで、別に嫌がらせをしようとかは本気で思ってません」


 ですが、と彼女は更に申し訳なさそうなトーンで。


「隼大さんにとってそれが迷惑ならもうワタシ達は近づく事を辞めます。ランにもなんとか説得して、今後あなたの前には絶対に現れないようにします。ワタシ達が特殊な存在だという事は十分に理解していますから……」


「……っぷ」


 彼女なりの誠意を込めた謝罪を前に、俺はおかしくて思わず吹き出してしまった。


「ワ、ワタシな、何か変な事言いましたっ?!」


「い、いや別に。なんていうかセキスさんって真面目なんだなと思って」


「ま、真面目なんてそんな……ワタシは嫌な思いをさせたならちゃんと謝らないとと思って……」


「ま、唐突に拉致られて、次の日には訳も分からず迷惑だったのは違いないよ。だけどな、別に最初から俺は、お前ら星人の事を嫌だなんて思ってないぞ」


「は、隼大さん……」


「出会った時も言ったろ。もし違う形であったら仲良く出来てたかもって、今のセキスさんを見るにまさにその通りだと思うんだよ」


 彼女は俺達とそう変わらない。というか、ちゃんと悪いと思った事を謝れる姿勢は人間がどうとかではなく、単純に大人だ。


 高校生や大人でも、ちゃんと頭を下げる事が出来ない人間なんて腐るほどいる。彼女の行動と誠意は素直に尊敬出来た。


「だから、まぁこうして普通に話してみて分かったよ。普通に星人とは友達になれる、というかなってみたいかも」


 周りがどう言おうと彼女は星人だが、ただの女の子だ。素直に向かう気持ちを邪険にするのは間違っているし、それを誤解している学園の連中は勘違いが甚だしい。勿論俺のさっきまでその一人だったわけだけど。


「うぅ……」


 本気で目に涙を浮かべるセキス。余程その言葉が嬉しかったのか、笑いながら必死に誤魔化している。


「ありがとうございます……。隼大さんがいい人で本当によかったぁ……」


 涙を拭いて、笑顔でセキスは向き直った。


「ワタシの事はセキスじゃなくて、アコアから取ってアコって呼んでください。友達にはそう呼んでほしいですから」


 彼女は頬を赤らめ、もうワタシの方は隼大さんって呼んじゃっていますが、と付け加えた。ちょっとドキッしたぜおい。


「分かった。でも、俺が友達になりたいと思ったのはアコだけだ。あいつらはまだなりたいとは思わない」


 特にあの金髪ロリデビルには散々迷惑を掛けられた。今でも奴の行動一つ一つが理解できない。


「桜は感情表現が苦手なので話してみればきっと理解出来ますよ。それにランですが、恐らくこの三人の誰よりも強い想い――地球人と友達になりたいと思っています」


「あいつが?」


 それは何かと信じがたいというか、あの行動のどこに友達になりたいという要素があるのだろうか。


「ランは、この留学生の話が持ち上がった時、真っ先に日本を留学先に志望したそうです」


「ど、どうしてこんな国を選んだんだ? 国益なんかないだろ」


 数ある先進国の中でも、日本を選ぶ星人は数少ないと聞く。


 理由は、これからの政治的な意味を含めて大国である国とパイプを繋ぐことを両者が目的としている為、人気が無いらしい。


 しかも、宇宙から見て日本の誇るべき技術力も、六百年以上遅れているらしく魅力がないとネットニュースで見た事があった。


「ランは――ザグリア・ラン・フリースはS22星雲に存在するザグリア星の第二王女で、当然大国と関係を結びたいザグリア星の世論や王室は強く反対したそうです。しかし、それでも彼女の意思は変わらなかった」


 ザグリア星の第二王女……もしかして、その星に住む住民は皆悪魔の様な尻尾を付けているのだろうか。


「あいつが王女っていうのも中々の衝撃だけど、それでも日本に行きたかった理由ってなんだったんだ?」


「彼女はまだ地球と地球外生命体が公に接触する前に、日本に文化に接触しているんです。幼い頃に触れた文化は彼女の中に衝撃を与え、やがてそれは強い憧れに変わった」


 そして、とアコは続ける。


「王族という立場上、彼女と対等に付き合ってくれる存在はほとんどいませんでした。だから、彼女の中で同じ趣味を持った日本人と友達になるというのが一つの夢だったんです。そして、彼女は周りの反対を押し切って日本に来ることが出来ました」


 アコは説得の仕方は散々だったらしいですが、と苦笑いして付け加えた。確かに想像しただけでも天変地異でも起こっていそうだ。


「ですが、実際に日本に来てみて偏見を持たれては好奇の対象としては指を指され……本人の中ではかなりショックだったと思います」


 憧れていた場所に裏切られたのだ、その傷は計り知れないだろう。


「それでなりふり構わず、あんな犯罪まがいの事をしていたわけか」


「はい。でも無理やり振り回しても、嫌われるだけですよね……」


 恐らく彼女にはそれしかなかったのだ。


 普通に話しかければ煙たがられ、そこに居れば噂をされる環境を打破するのは不可能だったから……。


「でも、隼大さんは違いました。煙たがりながらもワタシ達に付き合ってくださいました。それもランに気に入られた一つの要因だと思いますよ」


 そんな風に彼女が俺を見ていたなら、あいつはやはり愛情表現が酷く下手な奴だ。トラブルをイベントと勘違いしている。


「ですが……ランがもう一度会いに行こうって言いだした時は本当に驚きました。いつもはあの後、腰抜けだったわねって吐き捨てて終わる筈なのに……」


 それは俺もずっと疑問だった。


 何故彼女は俺に次の日からしつこく付きまとったのか。


「いや、待てよ……あの金髪ロリデビルは日本の文化に触れたんだよな」


「はい、幼いころからずっと何かに憧れていたらしいですけど……」


 初めてあった時……正確には拉致られた時、彼女と交わした会話を思い出す。


 確か彼女は……いきなり地球が侵略されている、と言わなかっただろうか。


 そしてどうして地球の平和を守ろうとしているのかを問うた時、彼女はこう答えた。


「――


「……?」


 金髪ロリの言葉を復唱するも、アコは当然首を傾げた。


 その言葉を理解してないのは、好きでない限り当然だ。


 そして彼女は最後に、俺に名前を聞いた。


 直ぐあからさまに反応が変わったのをよく覚えている。


 それが意味するのは――。


「はははっ……なんだよあいつ。


「ど、どうかしたんですか? やっぱりまださっきの後遺症が――」


「いや――生まれた星が違えど、俺もあいつもって事だよ」


「と、特撮好きですか?」


「あぁ、そもそも俺の名前――東間隼大のっていうのは科学特撮シリーズの初代の主人公の名前なんだよ。俺の両親も、そこからなぞって名前を付けたんだ」


 うちの両親はオタクが度を超えた結果、今はそのシリーズを作っている制作会社で働いている。


 母親と仮面特撮シリーズの初代のもう一人の主人公の名前である隼人という名前と揉めたらしいが父親が押し切り、妥協で隼を取ってこの漢字の名前になった。


「それに気がついて賭けたあいつは、俺にまた声を掛けたんだ。なんだよ、そういう事だったのかよ……」


 可笑しくて腹の底から笑えてくる。


 なんだ、こんな事なら普通に友達になれたなじゃないか。


 あんな変な出会い方じゃなければ、きっと俺の方から彼女に近づいていたかもしれない。


「えっと、つまり隼大さんはランの最も欲しかった友達になれるかもしれないって事ですか?」


 その言葉に強く頷く。


 もう、彼女に対する偏見もこの時点では無いに等しい。それくらい特撮好きは俺にとって貴重な人材だから。


「だ、だったら早くランに伝えないと!」


「まー、そうだけど。それじゃあ面白くないだろ」


「それってどういう――」


「友達っていうのはなるもんじゃない、なるもんなんだよ」


 いつかの昭和の時代のヒーローが言った事をさも自分が考えたようにアコに返す。


 要するにちゃんとしたきっかけさえあればいいのだ。


 こうして、俺と金髪ロリデビルはようやく友達になるスタートラインに立ったのだった。




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