第4話 狙われた地球人

 それから授業中。


 ひたすら左の金髪ロリデビルは、防衛しないか、しませんか? と訳の分からないオリジナルソングをこちらに向けて歌っており。


 それに比べ、右隣の触覚巨乳ピンクは真面目にノートと黒板に目線を行き来し、必死に写していた。


 こいつら不真面目何だか真面目何だか、よく分からんな……。


「あっ――」


 触覚巨乳ピンクが手を滑らせ、床に消しゴムが落ちてしまう。たまたまこっち側に来たので拾って机に置いてやった。


「ありがとうございます」


「いや」


 どうやらこの子は、髪の毛とプロポーションと触覚が特異なだけで、それ以外は普通の女の子なのかもしれない。普通に授業も受けているし。


「もしかしてそれ、読めないのか?」


 たまたま目に入った彼女の現代文の教科書の漢字の一つに、クエスチョンマークが書かれている。それ以外の漢字は丁寧にフリガナが振ってあり、記号がついているのはその語句だけだった。


「はい、たまにこういうのがあって……授業が終わった後に調べたりはしてるんですけど」


 星人なら特殊な教育を受け、この程度の文章を理解しているものだと思っていたのだが、そうではないらしい。


「それは謙虚、けんきょって読むんだよ」


「あ、ありがとうございます。隼大さん、優しいですね」


「いや、分からなかったらまた聞いてくれ」


 まぁ、これくらい教えてやるのにバチは当たらんだろ。


 それに、最初のイメージだけで言えば星人は頭のイカれた連中なのかと思っていた。


 だけど実際こうして同じ教室で机を並べてみると、ただの人間と変わりないのかもしれない。


 ただ……隣でずっとお経の様に唱え続けている電波金髪ロリデビルを除いてだけど。

 右のを無視して、触覚巨乳ピンクに話しを続けてみることにした。


「そう言えばもう一人ゼンマイつけたのがいたけど、そいつはこのクラスには来ないのか?」


さくらは学年が一つ下ですからね。流石に飛び級はお願いしてみましたが、ダメみたいでした」


 なるほど、だからあの桜と呼ばれている紫ゼンマイポニテはここにいないのか。


 そこは郷に入ったら郷に従え等ルールを学園が遵守している様だ。


「ひっ!」


 いきなりどうしたと思ったが、右を見ると案の定金髪ロリデビルがこちらを凄い形相で睨みつけていた。


「何仲良く話してんのよ。後でどうなるか分かってるんだろうなぁ~」


 すみませんと、小さく頭を下げ触覚巨乳ピンクは前へと向いてしまった。


 何故か満足した様にふんっ、と鼻息を鳴らす左のバカ。


 数秒後、防衛ソングが始まったのは言うまでもなかった。


 ◇


 そして……授業中以上に休み時間は大変だった。


 しつこく追い回された挙句、息を切らしては休み時間が終わる始末。


 男子トイレさえ、まともにいけない現状がそこにあった。


「防衛しましょう、ハヤタ!」


 しつこく言われ続けたせいか、このフレーズが悪魔の様に頭の中でリピートされ軽くノイローゼになりそう……。


 このままこの日々が続くと思うと、それはもう憂鬱でしかない。


 ため息が出来るのも授業中だけだったので、仕方なく深く息を吐いたのだった。


 ◇


 昼休みを告げる鐘が鳴り、ドアに足を向けて逃げようとするが――後ろからは肩を自慢の尻尾で器用に掴まれ、前には触覚巨乳ピンクが立ちはだかる。


「す、すみません隼大さん。こうしないと後が怖いので……」


 涙目で手を広げる触覚巨乳ピンク。一体何をされるというのだろうか……。


「別に無理やり勧誘しようって訳じゃないの。一緒にお昼を食べて親交を深めたいのよ」


 振り返ると、金髪ロリデビルの手元には四角い箱の様なものを入れた風呂敷が握られている。


「これ、早起きして作ったのよ。ハヤタと地球防衛部の皆と食べようと思って!」


 そしてその光景を、クラスメイト達はますます奇異な目を向けている。恐らく彼らの目には俺が星人の二人の仲間の様に映っているのだろう。


 現に……。


「東間って、あの星人達の友達らしいぜ」


「あの人たちって、いきなり人の事拉致して変な宗教に勧誘したりするんでしょ?」


「もしかしたら、東間も変な洗脳とか受けてんじゃね?」


 とか、藪から棒に適当な噂が飛び交っているし。中には、クラス外からその光景を覗きに来るじゃじゃ馬がドアから顔を出し、この状況を楽しそうに蔑視していた。

 この状況を切り抜けるには……。


 友達を頼ろうにもこのクラスにそんな関係性の深い奴は存在しない。一人だけ心当たりはいるが星七のクラスは十四組、ここからじゃ遠すぎる。


「はぁ……分かったよ。お昼を付き合えばいいんだな」


 両手を挙げ降参のポーズ。がっちりと星人に二人に両腕をホールドされ、中庭へと連行されるのであった……。


 なんか、俺の方が宇宙人みたいな気分だよ……。



 中庭に着くと、多くの学生が芝生の上でお弁当や購買で買ってきたパンを口に運んでいた。


 しかし、俺達が来たのが分かると海際にいるフナ虫の様に散っていく。


「何なのあいつら、アタシ達と一緒の場所で食べたくないって事?」


「まぁ、いつもの事だから仕方ないですよ」


 そう言って触覚巨乳ピンクは苦笑いを浮かべる。勝手に散ってくれたので、日が当たりやすい特等席を確保し、腰を下した。


「逃げるんじゃないわよ」


「逃げねーよ」


「遅くなった」


 後からとことことやってきた紫ゼンマイポニテと合流。

 いやぁ、女の子達に囲まれて最高のお昼だなぁ……なんて、そんなわけあるか。


「今日はアタシが皆の為にお弁当作ってきたのよ。ほら!」


 金髪ロリデビルは持って来た風呂敷を解放させる。しかしそこから登場したのは……。


「何だこれ……宇宙食か?」


 目の前に広がる暗黒銀河……。何故かうようよと動くそれはSF小説や、ラブコメで見る料理下手系ヒロインの作るアレだ。


「ち、違うわよ。日本食! 本当はアタシの星の料理を食べてもらいたいところだけど材料の持ち込みは禁止されてるしね。それに日本食だったら、ハヤタも食べれるでしょ?」


「…………」


 果たしてこれを日本食と呼んでいいのだろうか……。


 隣にいる触覚巨乳ピンクを見てみると、笑みながらも何故か額に汗を滲ませ、目の前の紫ゼンマイポニテは食欲のないとばかりにわざとお腹を押さえ満腹アピール。


「……これ、食えるんだよな?」


「当り前じゃない、何言ってるのよ」


 作った当人に聞いているんじゃない、他の二人に聞いているんだ。


「た、食べられるんじゃないですか? 頑張れば……、はい」

「ウチオナカイッパイ」


 ……ダメだ、目線も合わせないし、話にならない。


 もしかしてこいつら、一度この料理を食しているのか?


「ほら、今日は特別なんだから」


 いや、頬赤くしてあーんしてくれようとしてくれるのはありがたいよ? 

 でもこれさ……。


「ほ、本当に食えるんだよな。死んだりしないよな?」


「当り前じゃない。全部日本の食材を使っているわけだし、ちゃんと地球人に考慮して作ってるわよ」


 それでも、どうしてもその得体の知れないものを前に口が開こうとしない。


 そうしている間にも箸はますます迫っている訳で……。


「あ、アンタ口開けなさいよ。やってるこっちだって、恥ずかしくなってるくるのよ」


「い、いやでも……」


 目の前にあるのは得体の知れない日本食。どう見てもこれは料理と呼べる形状ではない。


 だが……目の前の彼女はこれを俺の為に作ってくれたと言った。


 いくら相手が星人だからと言って、その想いを無碍にするのは人として間違っている。


 それにもしかしたら、これは見た目だけはアレだが、地球人の味付けに向けたもだと言っていた。


 星人の舌には合わなくとも、日本人の舌に少なからず合う可能性だって僅かながらに存在するのだ。


「ど、どんとこいっ!」


「しっかり味わって食べなさいよね!」


 だったら、もう自分でパンドラの箱を開け確かめるしかない。


 覚悟を決めて、口を開けた。


「あばばっはhghsんじぇhじぇじぇじぇkんfkfk!」


 だが――それが口に入ったその瞬間、言葉にしようもない衝撃が舌からそして脳みそへ、やがては全身に駆け巡る。


「ご、っぎゅうがでぎなぎぃ……」


 恐らくこれは俺を殺すために作られたに違いない、優しさに付け込むとは、疑いもせずに口に入れた自分が情けない。


 ただ、生きているうちに俺ははっきりとこれだけは言葉に残しておこうと思う。


 これが最後の言葉になろうとも、それを言わなければ死んでも死にきれない。


「マズいものは、宇宙共通だな――」


 その先に辿り着く場所は天国か地獄か、はたまた銀河の向こう側か。


 そこで、俺の意識は完全にホワイトアウトした――




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