第46話 兄貴と商店街

 日が昇る頃、MGHOの本社事務所では、多くの従業員が役員を先頭にして綺麗な列を作っていた。その列を見据える様にして、栗原が立っている。

 そして栗原は、列に向かって声を張り上げた。


「朝礼を始めます! 店舗毎に、本日の目標を報告して下さい!」


 順に予定を報告する中、栗原は一人一人の表情をじっと見つめていた。そして報告が終わると、静かに口を開く。


「青山さん。一人、体調不良のメンバーがいますね?」

「え?」

「後ろの彼、熱が出てますね?」

「まさか?」

「青山さん、メンバーの管理もしっかりと」

「すみませんでした」

「謝るの相手は、私ではありませんよ。直ぐに業務の調整して下さい!」

「はい!」

「イベントが終わり、本日から通常シフトに戻ります。疲れは有るでしょうが、気を抜いて怪我等しないように!」

『はい!』

「繰り返しになりますが、我々は食を扱います! 健康管理には、細心の注意を払いましょう!」

『はい!』

「これにて朝礼終了。清掃開始!」

『おう!』


 栗原の掛け声で、皆が一斉に事務所から飛び出す。

 朝礼と掃除には、役員も参加する。それが恒例になったのは、創業者の忠勝が率先して街の掃除を行ったから。


「俺達は、この街に迷惑をかけ続けたんだ。街の為に動くぞ!」


 半グレと呼ばれた者達を、意図して集めた訳では無い。真っ当な社会人に出来ると、傲慢になっていた訳でも無い。

 関わったから、見捨てられないから、身を以って道を示した。その背中に、皆がついてきた。

 それは、MGHOの面々だけではあるまい。


「調子は如何ですか?」

「良いぜ。でも、ちょっと問題がな」

「もしかして、仕入ですか?」

「あぁ、仕入先を増やしたいんだ。お客さんが増えると、要望も増えるからな。今のままでは、対応出来ない」

「それでしたら、うちが取引している卸をご紹介します」

「将来的には、自分の所で色々やりたい。だけど今は、設備投資よりも、お客さんの満足度を高めたい」

「理解しました。こちらでも、プランニングを見直します。幾つかアドバイスが、出来ると思います」

「助かるよ姉ちゃん。所であんちゃん達はどうしてる?」

「わかりません。そもそもボスの崇高なお考えは、私ごときに理解出来ません」

「なに言ってだよ。あんちゃんより、よっぽど頼りになるぞ」

「まだまだです。それより、次回の会合は週明けです。その前に、今の件を磨り合わせしましょう」

「ありがとうな」

「いえ、それでは」


 イベントを機に、多くの人が訪れる様になった。

 倉川の店は、期待通りの集客力が有った。イベントを経て、更なる人気を集めた。また、ドラッグストアを通じて、医薬品と日用雑貨が手に入る様になったのは大きい。

 今まで足りなかった要素が加わり、商店街は小さなショッピングモールに生まれ変わった。


 活気が溢れる、飲食店には行列が出来る、忙しい日々が続く。もうここを、誰も閉鎖寸前の商店街とは思わない。

 大きな変化を遂げる中、そこにはもう一つの変化が有った。


 MGHOが個人商店と、サポート契約を結んだからだろう。商店街では、栗原の姿をよく見かける様になる。そして、役者が入れ替わる様に、忠勝とたけしは姿を消した。

 

「こんにちは、店長。ようやく休憩ですか?」

「お陰様で、イベントから一週間経っても、行列が出来てる。ありがたい事だ」

「俺が来た頃は、まだ空席が有りましたから」

「守島君も、一回り大きくなった気がするね」

「たけしさんには、負けたく無いんですよ」

「その調子だ、守島!」

「所で守島君。例の件は、考えてくれた」

「はい。せっかくのお誘いは嬉しいです。でも俺は、独り立ち出来るまで、この店で頑張ります」

「頑張ってね、守島君」

「はい」

「所で倉川さん。最近見かけないけど、旦那とたけしはどうしてる?」

「私にもわからないです。役員に聞いても、はぐらかされるし」

「たまに、灯りが点いてますよ」

「守島君。多分それ、宗岡顧問だよ」

「まあいい。見かけたら、顔出す様に言ってくれ」

「店長。何様だって、言われますよ」

「確かに、ボスなら言いそう」


 どの店に顔を出しても、忠勝の事を聞かれる。誰もが一抹の不安を抱えているのだろう、例え皆が、栗原やMGHOを頼りにしても、その不安を拭う事は出来まい。

 それだけ、心の拠り所になっていた。当然だろう、顔役として街を守ってきたのだから。

 

 言い換えれば、未だ忠勝の名代足りえない。それは栗原自身がわかっている。だから、必死に背中を追う。その努力が必ず実になると信じて。

 

「それにしても、凄ぇよな姉ちゃんは。独りでマーケティングまでやってんだろ?」

「違いますよ。数字だけじゃなくて、自分の目で確認しないと。政さんの目利きと一緒です」

「そんなもんか?」

「それに、私のはボスの真似です。凄いとしたら、ボスです」

「そんな事はねぇだろ?」

「それより政さん。もう少し、頑張って下さらないと。隣にお寿司屋さんどころか、知世さんとの結婚資金も貯まりませんよ!」

「うわぁ、親父みてぇな事、言いだしやがった!」

「先代のご指摘はごもっとも! 政さんには、期待してるんです!」

「わかった、わかった」

「それなら、看板を直しましょう」

「何でだよ!」

「いい加減、滑ってることを自覚して下さい! いいですね! 次に来た時には、看板を変える事!」


 得てして、努力している姿は、ちゃんと誰かが見ている。しかし如何に称賛しても、納得は出来まい。見据えた先は、そこでは無い。

 何より、漠然と努力をしても、結果が出ない。必要なのは、適切な努力が出来るか否か。ただ、それが一番難しい。


「京ちゃん。いらっしゃい」

「調子は、って未雅さんの所は、心配なさそうですね」

「そんな事は無いよ。色々、不安だらけ」

「それは将来的な? それともボス?」

「両方だよ」

「未雅さんは、事情をご存知ですか?」

「宮川さんの事なら、知ってるわよ。少なくとも、その事情込みで、私は決断したんだもん」

「そう……ですか」

「ねぇ京ちゃん。今の私が一緒に仕事をしてるのは、宮川さんじゃなくて京ちゃんだよ」

「未雅さん、ありがとう」


 好調だからこそ怖くなる。描いた夢をその手にしても、新しい目的地は遥か遠くに有る。

 今を見ても、先を見ても、不安でしかない。けれど生きる為には、歩みを止める訳にはいかない。

 そして足を進める力となるのは、意欲だけでは無い。確固たる決意と自信。それが無くては、壁にぶつかり砕けてしまう。


 どんな時も不安は有る、何かを初めるなら尚更だ。しかし、それを乗り越えた先に、未来が有る、夢が有る。

 栗原が支えるのが商店街なら、栗原を支えるは仲間達だ。そして仲間の声援が、大きな自信に変わる。


 超えて行け!


 近い将来、倉川は商店街を拠点に、大きな飛躍を遂げる。また、商店街にも店舗が増え、更に賑わいが増す。

 それは、栗原というビジネスパートナー無くして、成しえない事だった。


 ☆ ☆ ☆


「ボス。そろそろ宜しいかと」

「堀、大迫、宗岡。お前達もそれで構わねぇな」

「お心のままに、ボス」

「無論です、ボス」

「言うまでもないよ、みゃーさん」

「そうすると、何て呼べばいいんすか?」

「馬鹿者! 呼び方は変わらない」

「堀専務の仰る通りだ。たけし、俺達は何も変わらない」

「そうっすか? 堀兄さんなんて、じいちゃんっす。次に会うのが葬式とか嫌っす」

「そういうんじゃねぇ。変わらないのは、俺達の関係だ」

「流石は社長、源吾兄さんは頭いいっすね。それに比べて、鬼二人とオタクはかなり残念っす」

「たけしぃ、俺は一度戻る。お前はもっと構って貰え! 寂しいんだろ?」

「ボスのお言葉だ! この際、たっぷりしごいてやろう!」

「俺も、今日だけは手加減無しだ。覚悟しろ、たけし!」

「そういうのじゃないっす! ゲームとか!」

「堀さんも大迫君も、楽しそうだね。僕だけ小間使い」

「そう言うな宗岡、頼りにしてる」

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