第45話 兄貴と開店イベント 二日目
朝焼けと共に、住宅街は静けさを取り戻す。
ようやく寝つく者、或いは惰眠を貪る者、はたまた普段と変わらぬ朝食をとる者、それぞれが休みの朝を過ごす。
その一方で、街の各商店は昨日からの熱を帯びたまま、イベントの二日目が始まろうとしている。
駅周辺では、MGHOの従業員が清掃を始めていた。彼らは必ず、行き交う人に爽やかな笑顔を振りまく。
そして「おはようございます」や「行ってらっしゃいませ」等の挨拶が元気を生み出す。
また、酔い潰れ道端で寝てる者が居れば、声をかけて意識を確認した後に対処する。
こうして、爽快な一日がスタートを切る。
商店街では、配送業者が入れ替わり、商品を納めていた。
その中にはイベント用に仕入れた、特別な牛肉が含まれている。牛肉は飲食各店と肉屋で分けられ、慌ただしく開店準備が進む。
ラーメン屋は前日よりも多くスープを仕込んでいた。
「守島! 牛骨の下処理、急げよ!」
「はい店長!」
「今日だけのスペシャルだ、丁寧にな」
「お任せ下さい!」
レストランでは、スープ作りに精を出す。
「この肉……凄い! 負けないフォン! 作る!」
「マスター。仕込みはいつもの倍で?」
「三倍?」
「良いんですか?」
「じゃあ、四倍?」
「畏まりました。五倍にしましょう。皆、わかったな。気合入れるぞ!」
『おう!』
「……うん」
肉屋は目玉商品を冷蔵ケースに並べるべく、大量の下処理をする。
「くっそ〜。こいつを炙ったら、旨いだろうな!」
「あんた。大切な商品を、摘むんじゃないよ!」
「違うって。お出しするからこそ、俺の舌で確かめるんだ!」
「あ〜そうかい」
「くぁ〜! うぉ〜! 抱き締めたい!」
「せっかくの肉に、あんたの汚い脂を付けないでよ!」
「おい! 最近、愛が足りないぞ!」
「大丈夫。しっかりと惣菜に籠めてるから」
他の店舗も同様に、店内が慌ただしくなる。パン屋からは芳醇な香りが立ち込める。
「今日も忙しくなりそうね」
「修行時代を思い出すな」
「今日も期待出来そうね」
「あの肉を見たらな」
「マスターのスープと相性が良いパン!」
「肉屋さんの惣菜を引き立てるパン!」
「今日の私達は、引き立て役ね」
「でも、それだけでは終われない」
「頑張りましょ」
「あぁ」
カレー専門店も、厨房に熱気が溢れていた。
昨日、店を閉めてから煮込み始めたカレーは、そろそろ仕上げの段階に差し掛かる。
「シェフ。スパイスの確認をお願いします」
「これは、マトンの漬け込み用か?」
「そうです!」
「カルダモンを五グラム足せ」
「はい!」
「そっちは、後一時間煮たら休ませろ!」
「はい!」
「今日は、最高のランプが入ったからな! メニューは一品追加だ! 今日も売り切るぞ!」
『おう!』
倉川の掛け声で、ベジタブルクオリティも動き出す。
「さて皆さん! 今日も忙しくなります」
『はい!』
「品出しの際には、お客様の邪魔にならない様に! お客様への声掛けを忘れない様に、注意しましょう!」
『はい!』
「軽食は少しバタつきました。お客様への配慮は勿論の事、厨房の動線にも注意を払って下さい」
『はい!』
「それでは今日も、全力でお客様をもてなしましょう!」
『はい!』
イベント初日は、ベジタブルクオリティを集客力と、配信者の影響力を利用して集客を狙った。
そして、目玉にしたのが、マグロの解体ショーだ。それに対し、二日目の目玉は一頭買いした、A五ランクの牛肉だ。
忠勝は、日曜となった二日目に焦点を当て、更なる仕掛けを加えていた。
それは、各店を巡る楽しさ。
ベジタブルクオリティでは、軽食だけで無くサラダの提供も行う。レストランでは、店舗前に屋台を設置し、各種スープと肉を使ったメイン料理の提供をする。
パン屋の前にも屋台を設置し、肉屋が作った惣菜と倉川の野菜を利用した惣菜パンや、スープに合うパンを並べる。
更に酒屋では、試飲会を行う。
無論、メイン料理を提供する店も、少しの工夫を加える。ラーメン屋とカレー屋では、少量のメニューを用意し、半額から更に値を下げて提供する。
一つの店で、お腹いっぱいになっていい。幾つもの店を訪ね少量ずつ味わい、コース気分を楽しんでもいい。
逸品の提供だけで無く、アミューズメント要素を加える。これにより、もう一度来たいと思わせる。それが今後の集客に繋がれば、イベントの目的は達せられる。
開店準備と共に時間はあっという間に過ぎ去る。事前の告知や配信の宣伝が功を奏し、開店前から商店街に多くの人が集う。開店を待つ人達に、MGHOのスタッフが、イベントの楽しみ方というチラシを配る。
人々はチラシを眺め、興奮を高まらせる。それは各店舗、配信者達の気持ちを高めていく。
そして時間が訪れる。
「お前らぁ! 祭りの始まりだ!」
『おう!』
『うぉ〜!』
忠勝の掛け声に、皆が反応する。そして、祭りの二日目が始まった。
配信者は各店舗に張り付き、食レポとインタビューを行う。依然として、ベジタブルクオリティには、人だかりが出来る。また肉屋の前にも、長い行列が出来ていた。
「お待たせしました、次のお客様どうぞ」
「カルビ、ロース。う〜ん、それと」
「お客様。今日は焼肉で?」
「ええ」
「それでは、焼肉セットは如何でしょう? カルビ、ロース、タン、ハラミが各二百グラムで、五千円となっております」
「じゃあそれで」
「ありがとう御座います。右手にずれて、お会計をお願いします。次のお客様、お待たせしました」
「せっかくだから。珍しいのも食べてみたいな」
「それでしたら、特上セットは如何ですか? 焼肉セットの肉を百グラムずつになりますが、ミスジ、シャトーブリアン、カイノミがセットに入ります」
「いいわね。それ頂戴!」
「ありがとう御座います」
時間が経つと共に、客足が増える。そして各店舗にも、行列が出来始める。
「お客様。休憩用の店舗を用意しております。よろしければ、座ってお召し上がり下さい」
「子供がいるし、助かるよ」
「大変恐縮ですが、長時間のご滞在だけはご遠慮下さい」
「まあ、この混雑だしね」
「ご理解頂き、誠にありがとう御座います」
混雑はトラブルを引き起こす。その対策として、MGHOのスタッフが商店街内を走り回った。
お客さんを案内し、また行列を整理する。そんな影の功労者がイベントを盛り立てる。
混雑は、昼を過ぎても続いた。かつて無い忙しさでも、店主とスタッフは意欲を燃やした。それは、目の前にぶら下がった売り上げの為では無い。彼らの頭には、忠勝の言葉が響いていた。
「いいか、勘違いすんなよ。客を捌くんじゃねぇ! 丁寧かつ素早い対応で、お客様に満足して貰うんだ。それが回転率を高める、売り上げに繋がる。驕るなよ、俺達は持て成す側だ!」
二便、三便と追加の搬入が無ければ、ベジタブルクオリティは、早々に店じまいしていた。
また、握手会の如く訪れるお客さんに対し、倉川は丁寧な対応を重ねた。
肉屋ではセットを勧める事で、独りの大量購入を防いだ。それでもA五ランクの牛肉は、人気の部位が売り切れが出始める。
しかし他の肉とて、行列客を満足させる高品質である。数種を焼いて、味見し旨さを理解してもらえば、A五ランクの牛肉に併せて、飛ぶ様に売れていく。
また、極上の肉を手に入れた後、酒屋へ向かうお客さんも、少なくなかった。
「今夜は、すき焼きにするんだよ」
「素敵な夕食ですね。よろしければ、こちらの純米酒は如何ですか?」
「ビールやワインじゃなくて?」
「勿論、そちらもご用意出来ます。どうぞ、お試し下さい」
「う〜ん、いいね。これを貰おうかな?」
「ありがとう御座います」
店主はメニューを聞き、お勧めの酒を試飲して貰う。特に、レストランの屋台等で、調理された品を持っていれば、味わいを確認しやすい。
全国から取り寄せた逸品を手にし、晩餐に期待を膨らませて、顔を綻ばせる。それは料理と酒が織りなす、相乗効果であろう。
「このテールシチュー、美味しい!」
「パンが最高、ホント旨い! 通おう!」
「なぁ。あっちのカレー屋、限定メニューだって!」
「ねぇ、今度はラーメン屋さんに、行ってみない?」
「まだ入るでしょ? 最後はやっぱり、野菜のケーキ!」
店主を始め、スタッフ達の努力が実を結ぶ。精魂込めて作った料理の数々が、お客さんを笑顔にしていく。
それは、何ものにも代え難い、最高の褒美に他ならない。その様子を、二人の男が満足気に眺めていた。
「どうだい? 予想通りかい?」
「いや、予想以上だ」
「なんて言うか、眩しいね」
「あぁ。俺達には勿体ねぇ」
「そんな事は無いさ。この光景を作り出したのは、みゃーさんだよ」
「違う。商店街とMGHOの努力。それと宗岡、お前が宣伝に携わった結果だ」
「みゃーさん……」
「俺は見廻りに出る。お前はビルで休んでろ」
「ありがとう、みゃーさん」
「俺が帰るまで居ろよ。用事が有るんだからな」
「はいはい」
賑わいは、日が落ちるまで続いた。売り切れになると、一本締めを持って店じまいをする。
そして、未だ祭りを楽しみたい者は、駅前の酒場へと移っていく。
イベントの効果か、ドラッグストアの二日間は、異例の売り上げになった。
そして、イベントの中心となった商店街の面々、MGHOのスタッフ達は、充実した表情を浮かべていた。
☆ ☆ ☆
「おい宗岡。この契約書にサインしろ!」
「待ってよ、みゃーさん」
「うっさいっす。サインしろっす」
「怒るよ、たけし君!」
「ガタガタ言うんじゃねぇ!」
「怖いよ、みゃーさん」
「よく見ろ、売買契約書だ! 目まで腐れたか?」
「そうっす。腐れ外道は従うっす」
「やだ何? 罵倒責め?」
「いいからサインしろ!」
「早くしないと、性根を叩き直して、真人間にするっす」
「君は良い子だね。ってみゃーさん。本気なの?」
「俺の役目は、これで終わりだ」
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