第44話 兄貴と開店イベント 一日目
ドラッグストアが開店した所で、騒ぎ立てる程では有るまい。いつの間にかそこに有った、それが一般的な感覚だろう。消費者からすれば、所詮その程度で有り、人生を左右する程の大事では無い。
しかし、終焉を迎える事を余儀なくされた商店街には、重要な出来事で有る。
生き残りを賭けて、地道な努力を重ねて来た。しかし、来客数を増やすのは、そう容易では無かった。そんな時に、忠勝が手を差し伸べた。
今までも、経営コンサルタントに頼る事は有った。当然の如く、コストを削減する様に指導された。
しかし、忠勝は違った。
先ず、広告を出す事を禁じられた。
曰く、「無駄な金を使うな! 最高の品を提供する為に、金を使え!」との事だった。
飲食店は、味の研究を重ねた。安価だけど、品質の悪い素材で作ると、こっぴどく叱られた。他の店も、そう変わらない指導を受けた。
疑問は有った。費用が嵩むだけで、売り上げが変わらないなら、倒産は待った無しだ。
しかし、目に見えないだけで、結果は出ていた。駅前商業ビルや、スーパーマーケットとの差別化を図る事で、少しずつ客足が伸びていた。それは、徐々に自信へと変わり、前進する力になる。
そこからは、毎日が挑戦だった。ゆっくりと確実に、活気が戻って来た。それこそが、大手企業に出店の決断をさせた。
この日、廃れた商店街は復活の足掛かりを得る。
イベントに併せて、ラーメン屋と肉屋の惣菜は、全て半額になる。知名度が高まりつつ有る弁当も、半額になった。
無論カレー屋、パン屋、レストラン等も全品が半額になる。
そして、なんと言っても初日の目玉は、マグロの解体ショーとその場で握る寿司。そして解体の様子は、有名な配信者が実況を行う。
充分な告知はしていた。定刻になると、魚屋の周りに人だかりが出来る。そして、マグロが登場すると、歓声が上がる。
「どうだい、凄いだろ? 大きいだろ? 天然の本まぐろだよ! これから解体するから、見てってね!」
「おぉ〜、これは凄い! 近くで見ると、圧倒されちゃうね!」
「そうでしょ? こんなマグロは、滅多に手に入らないよ」
「これを、今から解体するんですね? 楽しみだな〜! でも、それだけじゃないんでしょ?」
「そう! 見てくれよ、凄腕の寿司職人を揃えたよ!」
「と言う事は?」
「来てくれたお客さんへ感謝を込めて、最高の寿司をサービスするよ!」
「いや〜、大盤振る舞いだね! 所でマグロにも、希少部位が有るんでしょ?」
「そいつも、味見して貰うよ! ただね、希少だからね。全員に味見して貰えないんだ」
「それなら、抽選だ〜!」
この日の為に修行を積んだ政が、手際よくマグロを解体していく。そして観客は唸り声をあげる。
マグロは次々と柵になり、職人達の出番となる。観客のボルテージは上がり続け、口の中には唾液が溢れる。
やがて赤身、中トロ、大トロと、光り輝く様な逸品が、凄まじい速度で観客の口に収まって行く。特に抽選に当たった者のみが、食する事が出来る希少部位、頭肉、ほほ肉、カマトロは、目にも鮮やかな出来栄えであった。
「何これ旨っ! 凄っ! 旨っ! 旨すぎ!」
「おいおい、食レポはちゃんとやってくれよ!」
「仕方無いって! こんな美味しいマグロ、食べた事無いし! 一度食べたら、忘れられない! もっと食べたい!」
「いや〜、流石に全部ただで食わせたら、破産しちまう」
「でも、今日はイベントでしょ? 当然お値段は?」
「大トロの柵は、二千円でどうだ!」
「サービスし過ぎじゃない? 良いの?」
「あぁ。今日は赤字覚悟だ!」
「よっしゃ〜! 買う買う!」
そう言って、配信者が財布から一万円を取り出す。それが引き金となり、観客が列をなす。
政が切り分けた柵を、MGHOのスタッフがパックに詰める。そのパックは、一瞬にして消え失せる。それだけでは無い。政が仕入れた新鮮な魚介の数々が、飛ぶ様に売れていく。
「ひゃ〜、凄いっすね」
「後少し客入りが良ければ、この時間で完売だったな」
「そうっすか? どのお客さんも、一パックじゃないっすよ。盛り合わせとかも、売れてるっぽいっす」
「まぁ、これからだ。配信の連中が、上手く盛り上げてくれんだろ」
「流石は有名人っすね。同接の数が凄いっすよ」
「その内、配信経由のお客さんが増えるはずだ。本人にも会えるしな」
「近場なら可能っすね、頭いいっすね」
「こんなの、誰でも思いつくだろ。それより、もう仕事に戻れ」
「兄貴も見に来るっすか?」
「倉川の晴れ舞台を、俺が邪魔する訳にはいかねぇだろ」
商店街に増えた新たな店舗の中で、一番注目されているのは、倉川が開く野菜の専門店ベジタブルクオリティであろう。
倉川の講演は、常に満席だった。プロデュースした店は、売り上げが急増した。雑誌やテレビで、何度も取り上げられた。
そうして、自身のブランドを高めて来た倉川が、初めて自分の店を持つ。注目を集めるのは、至極当然だろう。
他の店がサービス価格にしたのは、イベントだけが理由では無い。この機会に、倉川の店以外にも足を止めさせる為だ。
例えばカレー屋は、知名度を上げなくてはならない。よって半額にしてでも、お客さんを呼び込む必要が有る。しかし倉川の店は、その必要が無い。スタート地点が異なるのだ。
また、このイベントは、単なる開店記念では無い。商店街を中心にした、地域商店を活性化させる為の宣伝活動だ。
故に忠勝は、多くの店に声をかけ、セールを行わせた。そして、地域を上げての大イベントに、仕立て上げた。
「所で、兄貴はどうするんすか?」
「見廻りだ」
「またっすか? ずるいっす!」
「馬鹿かお前は。せっかく倉川から学べるチャンスだぞ」
「う〜、それも捨て難いっす」
「せっかく、難しい言葉も覚えて来たんだ。もうちっと頑張れ」
「わかったっす!」
忠勝は喧騒の中に消えていく、たけしは大きな背中を見つめ、血を滾らせ店へ戻った
相も変わらず店内は、通勤時の列車内に似た様相を呈している。並べた野菜は、直ぐに無くなる状況が続く。スタッフは、品出しを繰り返し、倉川はお客さんの対応に追われる。
そんな中、たけしは人混みをかき分ける様にして、二階の喫茶スペースへと急ぐ。
五分足らずの外出で戻って来た事に、飲食のスタッフは少し驚きつつも、直ぐに調理へ戻る。
たけしは、手早く支度を済ませると、調理場へ足を踏み入れた。
「オーダーお願いします。季節野菜のコンポート、季節野菜のサラダ、ミネストローネ、全て五つです」
「任せるっす」
「たけしさん、飯は?」
「そうだ、お寿司を食べ損ねたっす」
「作り置きのまかないが有るから、適当に食べて下さい」
「助かるっす」
この日、最初に店じまいとなったのは、目玉商品を扱った魚屋では無く、倉川のベジタブルクオリティだった。次に今日のメインだった魚屋が続く。
普段の何倍も仕込んでいたにも関わらず、ラーメン屋もスープが無くなり、いつもより早い店じまいになった。
看板を灯す頃、役者は変わり、街の様子も変化する。
この日、最寄り駅の乗降数は、年に一度の祭り期間とそう変わらなかった。鉄道関係者は、二日目の増加に伴い、急遽対策を始めた。
鉄道が眠りに付いても、喧騒は続く。そして片付けを終え、翌日の準備を整えた商店街の幾人かは、忠勝のビルに集まっていた。
☆ ☆ ☆
「凄かったな。はぁ、疲れた」
「肉屋の旦那、バテたのか?」
「政、お前は元気だな」
「だってよ。売り上げが、見た事もない数字だったぞ!」
「当たり前だ! あのマグロが、完売したんだろ?」
「あんちゃんと、配信の兄ちゃん達のおかげだな」
「配信は面白かったっすよ。街散歩が特に面白かったっす」
「俺の解体は?」
「直に見たっす。おっちゃんの三文芝居が、笑えたっす」
「そう言えば。少し前に、M何とかって会社と、サポート契約をさせられたぞ。あんちゃんは、どういうつもりだ?」
「あれだろ? 今まで、あんちゃんがしてくれてた事を、引き継ぐみたいな?」
「それは、その内わかるっす。それより、おっちゃんは仕入れに行かなくていいんすか?」
「おう! じゃあ、二日目も頑張るとするか!」
「じゃあ、俺は少し仮眠する」
「何時に起こせば良いっすか?」
「五時で頼む」
「わかったっす」
そして、イベントの二日目が始まる。それは、かつての繁栄を超える、最高の一日となる。
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