第42話 兄貴と日常の訪れ
手打ちの日から数日が過ぎても、MGHOの厳重な警戒は続いた。二週間が過ぎ、警備員は疲れを見せ始める。
そして、事態が収拾したと連絡が入ったのは、一ヶ月が過ぎてからであった。
「あんた等にも、迷惑をかけたな」
「そんな事は有りませんよ。強面の連中に見張られて、少し居心地が悪かっただけです」
「言うじゃねぇかよ」
「ははっ。それより、工期には影響なかったんでね、予定通りに引き渡しが出来そうです」
「そうか。気ぃ抜いて、事故なんか起こさない様にな」
「わかってます。それより、いつも差し入れをありがとうございます」
「商店街の食いもんだけどな。工事が終わっても、食いに来てくれよ」
「えぇ、寄らせて貰います。それと祭り、楽しみにしてます」
「おう。金を落としてけよ」
この日、忠勝は色々な場所を巡っていた。
これまで、MGHOの警備員が、交代で街中を監視していた。否が応でも、住民達に緊迫感は伝わる。また、忠勝の表情が普段とは違う事を、多くの者が感じていたのだろう。
無論、詳細までは説明出来ない。それでも、いつも通りの姿を見せる事に、意味が有った。
しかし、一般の人々からすれば、未だ忠勝は恐れの対象であろう。目を合わせない様に、忠勝を視界の端でとらえるのが、精一杯のはずだ。
それとは別に、個人や法人に関わらず経営者は、少なからず忠勝と親交がある。「最近、商店街が盛り上がってますね」、「宮川さん、宣伝しといたからね」、「宮川さん、うちにも一口乗らせて下さいよ」等と声がかかる。
言わば、忠勝が街を巡る事で、日常の回帰を認識させる。また、様々な者と接する事で、副次的な効果が現れる。
それは、迫るイベントへの期待であった。
「やあ、宮川さん」
「こんな所で何してんだ。偶然にしては、都合が良いな」
「別に話しかけるタイミングを、見計らってた訳じゃありませんよ。この近くに、用事が有ったんでね」
「相変わらず、食えねぇ野郎だな」
「時に宮川さん。ようやく一段落ですか?」
「あぁ。これからは、イベントに集中する」
「期待してますよ」
「任せとけ、市長さん」
あくまでも、ふてぶてしく。
時に恐れられ、時に憧れの対象となるのが、顔役と呼ばれる者であろう。政を司る者とは、存在が異なる。そして予想外の邂逅は、周囲に少しばかりの緊張と、高鳴りを与える。
ただ、得てして緊迫感は、台無しにされる事が有る。市長と別れた後、歩みを進める忠勝の背後に、忽然とたけしが姿を現す。
「兄貴は、色んな人と知り合いっすね」
「おい! 足音立てずに近寄るな!」
「大迫の兄さんに、教えてもらったっす。忍者の気分になれるっす」
「ガキかお前は! それより用事は?」
「ばっちりっす。ちゃんと仁義も切ったっす」
「はぁ? 馬鹿かお前は! 相手はカタギだぞ、普通に挨拶しろ!」
「えぇ〜、兄貴がそれを言うんすか?」
「ガタガタ言わずに着いてこい。面白いもんを、見せてやる」
普通なら、気配を消して近づけば、驚いて何かしらの悲鳴を上げるだろう。忠勝がそうならないのは、身に着けた技能の優劣に依る所が大きい。
少し残念そうにしつつも、たけしは明るく笑う。期待通りでなくとも、成長の証を見せる姿に、忠勝は苦笑いで答えた。
たけしを連れて歩く忠勝には、相変わらず声がかかる。誰もが祭り好きなのだ。また商店の経営者なら、売り上げの増加が見込める絶好の機会を逃すまい。
やがて忠勝とたけしは、目的地に辿り着く。行列を横目に入口を潜ると、忠勝は店内に響き渡る様な声を上げる。
「おう! おやっさんは、くたばってねぇか?」
「坊主! 来るなり何だ、その言い様は!」
「元気そうじゃねぇか。良かったな」
「良かねぇよ。今度は何をやらかしやがった!」
「人聞きがわりぃな、何もしてねぇよ。それより土産だ」
「どうせ、唐揚げだろ?」
「フライドチキンだ! 並んででも食いてぇ、肉屋謹製の逸品だ」
「盛過ぎだ、馬鹿野郎!」
「要らねぇなら、並んでるお客さんに出してやれ。ここのチャーシューより、旨えんだからよぉ」
「言いやがったな! どっちが旨いか、お客さんに決めてもらおうじゃねぇか!」
「いい度胸だ、かかって来いよ!」
「もし負けたら、お前ん所のイベント中は、全品半額にしてやる!」
「言質取ったぞ、なぁみんな!」
常連客は知っている。このやり取りが、二人のスタンダードなのだと。だからなのだろう、期待を込めて歓声を上げる。
その時、たけしは二人の思惑を読み取り、賑やかになった店内から、入口付近に移動する。そして、外の常連客にも届く様に、声を張り上げた。
「皆さん、これから料理と紙を配るっす! 美味しかった品を、用紙に書いて欲しいっす! じゃあ兄さん達は、準備をよろしくっす!」
たけしの言葉で、厨房内も慌ただしくなる。
ラーメンの注文を受ける一方で、別のスタッフがチャーシューを切り分け、フライドチキンと共に盛り付ける。更に別のスタッフが、それぞれの皿を配る。
「いいっすか! おやっさんが負けたら、イベント中は全品半額っす! 全品半額っすよ!」
敢えて半額を強調する事で、常連客達を煽る。それに反応しない者はいないだろう。何せ、珠玉の一杯を求めて、長い時間をかけて並ぶのだ。
これは、味の優劣を競う勝負では無い。寧ろ、勝負ですら無い。何故なら、配られた用紙にフライドチキンと書くだけで、来たるイベント開催期間中は、半額になるのだから。
「どっちも美味いな!」
「やっぱ、おやっさんのチャーシュー美味いな。スープに浮かべて食いてぇ〜」
「私、このチキン好き〜。毎日でも食べたい」
「今日、来て良かった〜。チキンが人気になってから、中々買えないんだよな」
口にする感想は、五分五分だろう。どちらも甲乙つけがたい。寧ろ、チャーシューとフライドチキンを、比べる事が無意味とも言える。但し、用紙に書く品は、最初から決まっている。
やがて、従業員が用紙を回収し、集計を行う。
常連客達は、注文したラーメンを食べ終わると、席を譲り店の外で結果の発表を待つ。
ざわつく中で、忠勝は従業員から集計結果を受け取り、ニヤリと笑った。
「喜べ、お前等! 全品半額、決定だ!」
その言葉に合わせ、歓声と拍手が沸き起こる。忠勝は、更に言葉を続け、常連客達はそれに反応する。
「お前等、美味いもんを食いてぇか!」
『うぉ〜!』
「イベントじゃ、もっと美味いもんが食えるぞ!」
『ウワァ〜!』
「イベントに、来るよな!」
『もちろん〜!』
興奮は、暫く収まる事は無かった。通行人が、何事かと足を止める程に。
突如、忠勝が始めたショーは、店にとって迷惑行為だったろうか? その答えは、常連客達の表情に有った。
「全く、とんだ祝儀になっちまった」
「わりぃな、おやっさん」
「構わねぇよ。そもそも、俺が見たいのは、お客さんの笑顔だ」
「半額の時も、食べに来るっす」
「馬鹿野郎! たまには金を払え!」
「何言ってんすか、おやっさん。店の手伝いしてるっす」
「おやっさん。たけしを、孫みてぇに甘やかすなよ!」
「坊主、お前が言うな!」
「そうっす。甘やかされてるのは、兄貴っす」
そんなやり取りに釣られ、店内に笑いが起きる。
それは、店主の度量だけでは足るまい。宗岡や慕う者達の奮闘が有ってこそ、訪れた光景だろう。
忠勝は、感謝の想いを馳せつつ、笑顔を浮かべる。この日常が、いつまでも続く様にと。
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