第41話 兄貴と交渉の時間

「そんな訳で、取り次いじゃくれませんか?」

「俺じゃあ、貫目が足りねぇか?」

「向こうにナシつけてくれんなら、アニキでも構いませんよ」


 宗岡を落ち着かせた忠勝は、懐からスマートフォンを取り出す。そして、宗岡に喋らない様に目で合図し、電話をかけた。電話の相手は言わずもがな、かつての抗争の際に、仲介人を買って出た組の若頭である。


 忠勝に恨みを持つ連中が、仲裁をした組をもターゲットにし、人的被害が出た。これが発端となり、抗争に発展しようとしている。

 これが原因なのだろう。忠勝は電話越しに、苛立ちを感じていた。

 

「とんだヤクネタだ、てめぇはよぉ」

「その俺を、使い潰そうとしてたのは、誰でしたか?」

「アヤつけんのか、あぁ?」

「そんなつもりは有りませんよ。俺のダチに小遣いやって、色々やらかしてんのも、目を瞑ります」

「おい! 講釈垂れてんじゃねぇぞ!」

「あんたらが、どんな画を書いてようが、俺には関係ないんですよ。ですが、こっちも身の安全を、確保しなきゃならないんでね」

「半グレ共を集めてんだろ? 鉄砲玉にでもしろや! あのデブの下にも、色んな奴等がいんだろ?」

「そんなつもりで、あいつ等の面倒を見たんじゃねぇ。あいつ等には関わるな」

「あぁ? こっちは、ゴミ共を餌にしてもいいんだぞ!」

「カマシ入れる相手が、違うんじゃねぇか? それとも、本気で俺の敵になんのか? なら命を賭けろ! 百や二百程度じゃ、俺の相手にならねぇぞ」


 声を荒らげる相手に対し、忠勝は冷静だった。それだけに、目の前で様子を見ていた宗岡は、顔を青ざめさせていた。


 如何に暴力の中で生きてきた人間であっても、素手でビルを壊せる様な男に敵う道理が無い。

 忠勝が本気になれば、武器を持った集団を、全滅させるだろう。しかし、忠勝とて無傷という訳にはいかない。


 それだけは、何としても避けたい。宗岡は、カウンターへグラスを叩きつけると、勢い良く立ち上がる。そんな宗岡を手で制し、忠勝は静かに言葉を続けた。


「俺はカタギなんでね。あんたらの事情に首を突っ込むつもりは、欠片も無いんです」

「大見得切った割に、都合良くカタギを持ち出すよなぁ」

「わかりませんか? カタギと喧嘩して損するのは、あんたらなんです。それに、俺と宗岡は成長してるんですよ、色々とね」


 確かに今の忠勝は、使い勝手の良かった頃とは違う。

 多くの事業に関わり、人脈を広げて来た。最近では、警察や行政と連携した活動をしているのも、耳に入っている。


 忠勝は、どこの誰だか知らないロクデナシから、反社を街から追い出した英雄になった。それに加え、ベンチャー企業を成功させ、慈善事業を積極的に行う経営者が、周囲の認識だろう。


 忠勝と事を構えれば、暴対法絡みの問題だけじゃ無く、民意も敵に回す事になる。マスコミの連中は、挙って騒ぎ立てるだろう。その対応だけでも面倒だ。

 戦力としては惜しいが、厄介でしかない奴とは、早めに手を切りたい。


 比べて宗岡は、表と裏の顔を使い分け、政治家からマフィアにまで顔が利く。それだけに取り込みたい、しかし忠勝が邪魔になる。

 この際、忠勝を狙わせるのは、有りなのだろう。奴等にそれが出来ればだけど。


 忠勝の実行部隊は、半グレ上がりと馬鹿に出来ない程の、腕利きが揃っている。そいつ等が、厳重な警戒をするだろう。

 トップの連中は、頭が切れる。マル暴と連携して、追い込む準備を整えてる筈だ。

 忠勝を殺るなら、真正面から行くしか無い。そうなると、戦車でも引っ張って来なければ、忠勝は殺れない。

 

 最初から詰んでいた、あの怪物を飼い慣らそうとした時に。下手打てば組ごと無くなる。ここが分水嶺なのだろう。

 

 長い沈黙が続く、直ぐに判断が出来ない。それでも、決断をしなくてはならない。

 ようやく電話の向こうから、音が聞こえてくる。それは、先程とは打って変わり、低く静かな声だった。


「わかった。日取りはこっちで決める。向こうの組とも、手打ちにする。その席に、お前とデブが出ろ。それで良いな?」

「宗岡も? ……まぁ、良いでしょう」

 

 忠勝は、少し考えを巡らせた後、電話を切る。そして、宗岡に視線を送った。

 当の宗岡は自分の名が出た事で、今回の件から外されないと確信したのだろう。安堵する様に腰を下ろし、飲みかけの水割りに口を付ける。


「手打ちの席に、お前も同席しろだとよ」

「行くよ! 勿論だろ!」

「まぁ、これで終いだ。わかったな?」

「……わかったよ」

「それと、諸々の手配は頼む、宗岡顧問」

「そういうの、ずるくない?」

「ずるくねぇ。それよりあいつ、お前の事をデブって言ってたぞ。焼豚にでもするか?」

「向こうに、ヤキ入れるんだよね? 僕を炙らないよね!」

「当たりめぇだろ」

「ちょっと! さり気なく、チャーシューを出さないで!」

「ツマミを食ったら、仕事しろ。ついでに、ダイエットしろ」

「まぁ、やるけどさ」

「ダイエットか?」

「仕事だよ!」


 ☆ ☆ ☆


 それから直ぐに、大迫は市内の警戒を強化した。それに合わせて、警察が反社会組織の動向を注視する。やや緊迫した状況が数日続き、ようやく日程の連絡が来る。


 迎えに来た高級車に詰め込まれて、忠勝と宗岡は運ばれる。辿り着いたのは小奇麗なビル、抗争相手の総本部であった。

 入り口の付近には、多くの男達がたむろしている。一様に鋭い眼光で、辺りを見回している。威嚇の意味も有るのだろう、時折車へ鋭い視線を送る。


 緊張感が漂う中、忠勝が車を降りる。その瞬間、男達がざわめき立った。

 それもその筈、かつて忠勝に傘下の組を潰されたのだ。他の組が仲裁に入り、収めたとはいえ、面白く思わない者の方が多かろう。


 事務所の入り口を潜り、広い応接間に通される。そして、若頭から順番に組織の者達が、最後に忠勝と宗岡が席に着く。


 これに違和感が有るとすれば、若頭らしい風格を持つ男より、端に座る男の方が脅威に感じる事だろう。

 言わば、目が合った瞬間に首と胴が離れている、そんな得も言われぬ感覚だ。

 この時点で、誰もが忠勝に呑まれていた。

 

 何かを締結する際は往々にして、その場で取り決めは行わない。事前に条件を出し合い、落とし所を決めた上で、意思確認の為に集まる。

 そうで無くては、ダラダラと無駄な時間を費やすだけ。それは、この場においても同様であろう。


 そこからは、台本通りに事が進むだろう。それは、質問と回答が決められた会見の様な、ただの茶番劇。しかし抗争相手の組長は、手打ちの話し合いを進めようとせず、若頭にチラリと視線を送るとニヤリと笑い、忠勝に声をかけた。


「宮川ぁ。随分と貫禄がついたじゃねぇか」

「親分さん。下座のもんに声をかけるのは、違いませんか?」

「お前のシキリだろ? コチラさんとは、話がついてる」

「はぁ、そういう事かよ。相変わらずだな、あんた等はよぉ」

「不満か?」

「いいや、構わねぇよ。どの道、結果は変わらねぇ」


 それは、ささやかな抵抗であった。暴力による恐怖が許されない世の中で、生き延びる事が難しくなった世の中で、プライドをかなぐり捨てても、代紋を守り続けた。

 再び一方的な負けを許せば、今度こそ看板を下ろすしか道は無くなる。


 だが、無駄な抵抗でしか無い。仮に怒らせて、手を出させるのが目的だとしても、それに乗る忠勝では無い。


「オタクらが破門した連中が、暴れてやがる。さっさと始末をつけろ。それが出来ねぇなら、俺のやる事に文句つけんな」

「そりゃ悪かったな。けどな、大人の世界はそんなに軽かねぇんだ」

「それはどっちだ? 俺に面目潰されたのに、恥の上塗りしてぇのか? オタクらの代紋は、そんなに軽いのか?」


 その瞬間、直参と呼ばれる者達が、勢い良く立ち上がろうとする。当然だ、忠勝は敢えて忌憚に触れたのだ。

 しかし忠勝に睨まれた途端、気圧され体が動かなくなる。これまで、何とか平静を装っていた親分と呼ばれた男でさえ、絶句し言葉を失った。


 武闘派を集めたにも関わらず、全員が忠勝を前に萎縮した。この時点で負けていた。更に言えば、諍い相手の若頭が屈した時点で、忠勝に従う他に道は無かった。

 

 忠勝は周囲の様子を見て、殺気を抑える。しかし、植え付けられた恐怖は、そう簡単に拭えない。忠勝と縁の有る若頭でさえも、顔を青ざめさせている。

 この場で平然としていられるのは、宗岡だけだろう。それだけに、男達は狂気じみた感覚に囚われる。


 もう二度と、目にしたくない。そんなトラウマさえ植え付けたのだろう。しばらくの間、室内は静かな時が流れる。

 そして、ようやく少しは落ち着いたのか、親分と呼ばれた男が口を開いた。


「もういい! 元はコッチの不始末だ。タダでさえ、形見が狭えんだ。これ以上、面子を潰されちゃぁ、今度こそ俺達はしめぇだ」

「忠勝、もうこれで収めろ」

「いや、まだですよアニキ。ここで誓って下さい。証人は親分さんだ」

「なに言ってやがる!」

 

 忠勝に先手を打たれた。咄嗟に声を荒らげるが、もう遅い。若頭は思惑が外れたのを理解し、苦虫を噛み潰した様な表情に変わる。

 そして、ここまで散々屈辱を味合わされた組の者達は、薄ら笑いを浮かべる。せめてもの、意趣返しといった所だろう。


「いいや、面白ぇよ。そうだろ? そちらさんだけ、何も無しじゃ釣り合わねぇよな?」

「押さえた奴等のガラを、引き渡せと?」

「条件通りでいい。そいつ等は、そちらさんで処分してくれ。慰謝料を含めて、言うだけ払う。残りの奴等は、責任を持って全部ウチで処分する」

「では、どうしろと?」

「コッチは、宮川の要求を呑むんだ。そちらさんも、一つくれぇは呑まねぇとな」

「それは、筋が通らんでしょ!」

「あんたらの都合は、関係ねぇよ。俺の要求は一つだ。金輪際、俺と俺の関係者に関わるな」

「てめぇ!」

「あれしきの殺気でイモ引く奴等に、宗岡は勿体ねぇよ」

「無理を通して代理で来たのに、無駄足だったな。まぁ、画図通りにゃ行かん事もあらぁな。一匹でも手に余る猛獣を、二匹も手懐けようとしたのが、間違いだったんだ。それにこれからの時代、俺達も変わらなきゃなるめぇよ」


 欲をかいたのが不味かったのか、それとも早々に手を切るべきだったか。

 如何に悔しかろうが、四面楚歌の状況に置かれ、正論を説かれ、ぐうの音も出ない。

 やがて若頭が肩を落とし、決着がついた。


 ☆ ☆ ☆


「特別強化修行合宿プロジェクトを受けてる間に、兄貴はそんな面白そうな事をしてたんすか?」

「長ぇよ。ただの料理修行だろ?」

「堀の兄さんが、マンツーだったっす。鬼コーチっす」

「良い勉強になったろうが!」

「それより、宗岡の兄さんが意外ですね」

「守島さんは、兄さんの本性を知らなかったんすね?」

「これまで失礼な態度を取って、すみませんでした」

「いや、気にしないで」

「そうっすよ、守島さん。宗岡の兄さんは、駄目人間コンテスト三冠制覇っす」

「相変わらず辛辣だよ、たけし君」

「宗岡。この際、ヤバそうな連中とは手を切れ。ダイエットだ」

「そうっすね。無駄肉を削って、イケメンに戻るとイイっす」

「イケメン? 宗岡の兄さんが?」

「あ〜、もう! はいはい、わかりましたよ!」

「ハイは、一回っす!」

「みゃーさん、たけし君が冷たいよ〜」

「うるせぇ! 角煮にすんぞ!」

「駄目っす兄貴。どうやっても、脂だらけで美味しく無いっす!」

「結局、面倒な人ですね。見直して損したよ」

「守島君から優しさが消えたよ! こうなったら、ソム姉さんを味方に!」

「ダイエットに成功したら、合わせてやる」

「そりゃ無いよ、みゃーさん!」


 ようやく笑顔が戻って来る。

 その裏に隠された戦いが、直ぐに終結するとは限らない。それでも、これまでとは違う新たな世界が、忠勝と宗岡を待っている。

 こうして二人は、新しい一歩を踏み出す。愛すべき仲間達と共に。

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