第40話 兄貴と波乱の予感

 忠勝のビルは、幾つものセキュリティ対策がされている。例えば入り口は、顔、音声、指紋等の複数の認証登録をした者でなければ、出入りが出来ない。

 また入り口や窓には、防弾ガラスで有名な、特殊な膜を挟んだ合わせガラスを使用している。壁面には特殊な鋼板を埋め込んでいる。

 無論、物理的な破壊以外の対策として、ネットのセキュリティに関しても、高度なプログラムが組まれている。


 但しこれ等は、防犯対策を主として、行われたものでは無い。有事の際、逃げ込める場所として造り上げた。

 そんな建物にした理由は簡単だ。拳銃や刃物で襲うより、関係者を拉致して脅した方が、忠勝を殺せる確率が上がる。

 故に、忠勝はMGHOに依頼し、商店街の警備を行わせている。


 警備はあくまで自衛である。事件が起きても、私人逮捕を名目に痛めつけては、問題になり得る。とは言え、通報してから警察が駆けつけても、間に合わない可能性が有る。

 

 それでは、防衛の為に暴力を振るわざるを得ない、そんな状況を作らない様にするには、どうすればいい? どうすれば、未然に犯行を阻止出来る? 百パーセントは、不可能だ。しかし、ある程度なら怪しい人物を特定し、警戒を強める事は出来る。


 勘違いをしてはいけない。ここで言う犯人は、万引き犯等の軽犯罪を行う者では無い。忠勝に恨みを持ち、地下に潜った者達の事だ。

 いつ如何なる時も、油断する事は許されない。奴等は、虎視眈々と狙っている。忠勝とその関係者の命を。


 ☆ ☆ ☆


 この日、久しぶりに宗岡は、忠勝のビルを訪れた。そして、リビング内のバーカウンター前に陣取る。

 口調は、いつも通りに軽い。しかし表情は、いつに無く硬い。そんな宗岡を横目に、忠勝はカウンター内で板氷を削りながら、話しに耳を傾けていた。


「一人は、警察に引き渡したけど、後の二人は枝の組が押さえちゃった」

「そっちは、本家に連絡を入れとく」

「ガラを引き渡せって? 無理無理!」

「おい、お前!」

「だってさ、お小遣いが欲しかったんだよ。てへ」

「ホドホドにしとけ。あんまり奴等を信用すんな」

「手打ちの時、仲裁に入って貰ったのに? 兄弟分にもなったのに?」

「なってねぇよ! それに、面倒くせぇ事を、散々やらされてんだ!」

「主にやってるのは、僕だけどね」

「ならわかんだろ!」

「まぁ実際の所、使える物は使わなきゃ。みゃーさんの情報源は、主にヨゴレか水商売でしょ?」

「まあな」

「大迫君の情報網は、地下が中心だしさ。それに比べて僕の場合は、地下だけじゃ無い!」

「だからって、上手いこと使ってる気になるな! 次に消されるのは、お前かも知れねぇだろ!」

「わかってるよぉ。たまには楽しても、良いじゃ無いかぁ〜」

「しかも、ビルのセキュリティを弄って、勝手に入りやがって。お前は出禁にしただろ!」

「そもそも、ビルのセキュリティは、僕が設計したんだよ。ビルのメンテナンスも、僕がやってるし。あっ、僕って仕事のし過ぎ?」


 真面目な顔で話しても、暗くなるだけ。だから、明るく努めようとする。しかし、上手く表情が作れない。それは、いつ自分がこの世から居なくなっても、不思議じゃない。それを充分理解しているからだろう。

 それだけ宗岡は、踏み込んではいけない領域まで、どっぷりと浸かっている。


 もしこの場に、たけしと守島が居れば、宗岡は無理にでも戯けて見せただろう。それが、宗岡の優しさだ。しかし、ここには子供達がいない。


「褒美をくれよ〜。みゃーさんばっかり、美人のお姉さんと一緒なんて、ずるいよ〜!」

「うるせぇ! 仕事だ!」

「そんな、お父さんみたいな事、言うなよ〜」

「誰がお父さんだ!」

「そうだ! ソム姉さんとデート一回! それで手を打とう!」

「駄目だ! 視界にすら入るな! 倉川が汚れる」

「酷いよみゃーさん! 僕だって、良い思いをしたいよ〜」

「悪いな宗岡。お前にばかり、嫌な仕事をさせてる」

「いや、そんなつもりで言ったんじゃ」


 忠勝の一言で、足をバタつかせていた宗岡は、大人しくなる。そんな宗岡に、忠勝は一杯の水割りを差し出した。

 グラスを手に取ると、カラリと氷が音を立てる。そして宗岡は、舐める様にグラスに口をつける。次の瞬間、宗岡の表情は一変した。


 多分これが、たけしと守島が見慣れた、宗岡だろう。

 楽しげに、水割りを口に含む。舌に意識を集中させる様に、目を閉じてじっくりと味わう。次に、喉を通る感触を確かめ、余韻を楽しむ。

 そして宗岡は、ゆっくりと目を開ける。

 

「ん〜。今日はこれで許そう!」

「あぁ? 偉そうだなぁ、おい!」

「そう言えば、ここで女子会やったんでしょ?」

「話しを逸らすな!」

「女子の残り香を、期待してのになぁ」

「だから、電話でも済む内容を、わざわざ伝えに来たのか? 別に、倉川が目当じゃねぇだろ?」

「みゃーさん……、実は……」


 宗岡が言い淀み、本来の顔に戻る。そして、重苦しい空気が辺りを包む。それもその筈、本来はそれを伝える為に足を運んだ。

 伝えるだけなら簡単だ。それは同時に、ようやく作り上げた平和を、壊す事になる。再び、親友を血生臭い世界へ、引き摺り込む事になる。

 それが嫌だから、全てを引き受けた。誰よりも強く優しい親友の手を、これ以上汚させない様に。

 だから、はぐらかした。関心が無い話題を振った。しかし、伝えねばならない。危機は直ぐそこまで迫っている。


 ただその想いは、決して一方通行では無い。一番の理解者は、目の前に居る。

 どれだけ耐え難い苦痛を味わったか。どれだけの苦悩を抱えているか。それでも、葛藤を乗り越え必ず前を向く、闇を隠し愚か者を演じる。

 宗岡の全てを知るからこそ、陳腐な感謝は伝えない。そこに在るのは、死なせない、ただそれだけ。


「どうせ、奴が出所して来たんだろ? 奴の下に、残党共が集まってる。狙いは、今度のイベントって所か?」

「なんで、それを?」

「きな臭くなってんだ。その位は勘付く」

「大迫の兵隊は、警備にしか使えない。俺の手駒を、全て失う訳にはいかない」

「わかってる。お前は、この件からは手を引け!」

「何もわかってねぇよ! ふざけんな忠勝! お前は」

「うるせぇよ。俺の命令は絶対だ!」

「命令だぁ? 許さねぇぞ! 何の為に俺が居る? 何の為に、俺が踏ん張ってきた? ガキの面倒を見てるのが、お前には丁度良いんだよ!」


 口角泡を飛ばす。その言葉が適当な程、宗岡は目を吊り上げ、激しい怒声を上げる。

 独りで背負い死地に向かうのは、決して受け入れられ無い。一度はかき消された言葉が、想いのままに紡がれる。


「お前は死ぬんだ! 人間は、どんな生き物だって殺せるんだ! 例え猛獣でもマンモスでも恐竜でも、化け物でも鬼でも竜でもな! 幾ら銃弾を浴びて立ってられても、血を流し続ければ死ぬんだ! 俺でさえ、お前を殺せるんだ! わかってるのか! この、クソ野郎!」

 

 あの日、血塗れの親友を見て後悔した。何で力になれなかったのか、何で側に居なかったのか、何で血を流しているのが、自分じゃ無いのか。

 だから決めた。二度と英雄の血は流させない。必ず自分が盾になる。


 今、ここで引く訳にはいかない!


「熱くなんな。わかってねぇのはお前だ、宗岡」

「何をだよ! 俺は」

「だから、うるせぇって言ってんだ。元は、てめぇのケツも拭けねえ、馬鹿共のせいだろ?」

「それがどうした?」

「感の悪い野郎だな! 俺の身内を狙うなら兎も角、組に手ぇ出すから始末されんだよ。そもそも奴等は、仇討を言い訳に、暴れてぇだけだ」

「こっちをターゲットにしてるのは、事実なんだぞ!」

「だからだ。決着は、組同士で付けさせる。まぁ、任せとけ」

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