第36話 番外編 下らない話でお茶を濁してみよう
「味はどうっすか?」
「旨いです。スパイスが効いてるから、ガツンと来ますね」
「そうっすか……」
「何か不満でも?」
「シェフの味と違うんす」
「それは、仕方なくないですか?」
「ちょっと悔しいっす」
レシピ通りに作っても、必ず予想通りの味になるとは限らない。スパイスの分量や火の通し方等、ほんの僅かな差異で味は大きく変化する。
決して、一長一短で再現出来るものではない。何度も挑戦するし、プロの技術が身につく。
カレーを作り終えた後、二人は遅い夕食をとっていた。
出来に納得出来ず、不満気なたけしに対し、守島は柔らかな笑みを浮かべる。
偶然でも良い、あのタイミングでスーパーへ行かなければ、こんな夕食の時間は無かった。
守島だけ感じる、幸せだろうか? 否、独りで居る事の辛さは、たけしが誰よりも知っている。
「そう言えば、農家のおっちゃんに、変な話を聞いたんす」
「どんな話ですか?」
「その前に、納豆と言えば、何っすか?」
「いや、あの。何が聞きたいんですか?」
「イメージした事を言うっす!」
「あぁ、ネバネバとか?」
「そうっすけど、違うっす」
「増々わかんないけど、どうしたいんですか?」
「いいから、続けるっす」
「ったく。えっと、健康?」
「いい線っす。惜しいっす」
「じゃあ、体に良い?」
「はぁ、駄目っすね。納豆と言えば、水戸っすよ!」
「どこが惜しかったの? って水戸?」
「知らないっすか? 茨城県っすよ!」
「いや、場所じゃなくて!」
「ばらぎじゃなくて、ばらきなんす」
「今更だな、ネタが古い」
「間違えたら、二百八十万以上の県民に、襲われるっす!」
「茨城の人達は、そんな事しないよ!」
「県民の総称を、ばらぎんって呼ぶんす」
「呼ばないし、ぎって言っちゃったよ」
たけしが聞いたのは、納豆にまつわる都市伝説であった。
茨城県では、納豆の研究が盛んに行われている。蛇口から納豆が出る装置の開発は、ニュースで取り上げられた位だ。
また県民は、納豆を使った料理を作って、新たな味を探求している。他にも、納豆祭りとか、納豆の日がある。
それだけ茨城県の人達は、納豆を愛していると言えよう。
「あれ? 年間消費量のトップは、福島じゃなかった? 盛岡が二位で、水戸が三位」
「それは、東京タワーの観光をしない、東京産まれの人と一緒っす」
「一緒じゃないよね? それに今の時代は、スカイツリーじゃない?」
「奴はド新人っす。足の裏でも、嗅いでれば良いんす」
「何で足の裏?」
「納豆臭いからっす」
「あのさ、納豆を馬鹿にしてるの? 褒めてるの?」
健康のイメージと、発酵食品の人気が追い風になって、納豆の消費量は右肩上がりで有る。
そんな納豆でも、消費量が多い地域は、東北に集中している。東京は勿論の事、関西圏は決して上位にランキングされない。
関西圏に、納豆を好まない人が多い。そんな傾向が有ると言っても、過言ではあるまい。
「そんな事は無いでしょ! 好きな人も多いですよ!」
「比較的ってやつっす」
「そんなもんかなぁ?」
納豆は、長い時間をかけて日本に広まり、国民食とまで呼ばれる様になった。故に、地域独特の食べ方等も発生した。
静岡の浜納豆、京都の納豆餅、熊本のさくら納豆は、有名だろう。特に東北圏には、納豆を使った郷土料理が多い。
それは、茨城県に限らず東北に、納豆を愛する人が多い証拠だ。ただ残念な事に、その愛は他の地域へ伝わり辛い。
例えば、味噌汁に納豆を入れる、納豆に砂糖をかける、これを一般的と言えるだろうか。
無論、受け入れ易い地域文化も有る。その一方で、理解され難いものも存在する。
「このまま互いを理解しないでいると、いずれ戦争が起きるっす。納豆対戦の勃発っす」
「対戦かよ! FPSでもやるの?」
「えふぴー?」
「とぼけんな! この間、一緒にやったでしょ!」
「そんな状況を危惧して、なんや党の党首である三燭夏人さんが、発言したんす」
「なんや党って何だよ! 聞いた事ねぇよ! 一気に嘘臭くなったな!」
「そんなっとう事ないっす」
「苦しいダジャレだよ!」
我々は、等しく納豆を愛している。誰もが平等に、納豆の恩恵に与ることが出来る。
同じ日本人として、今こそ我々は手を取り、真の納豆とは何かを極めようではないか。
やがて、三燭夏人氏の呼びかけに応え、大手の納豆メーカーがタッグを組む。そして、至高の納豆作りを始めた。
「本当に、農家の人から聞いた話ですか?」
「おっちゃんは、嘘をつかないっす」
「いや、たけしさんは?」
「何がっす?」
「作り話が、雑過ぎなんだよ! んで、どうなるんですか?」
計画は、直ぐに頓挫した。
何故なら、納豆はシンプル故に汎用性が高い。無限の可能性を秘めた食品で有り、食材なのだ。
納豆のトッピングとして、ネギと卵は定番だ。海苔、かつお節、キムチのトッピングも人気が高い。付属のタレを使わず、ポン酢や麺つゆ等を利用するのも、食べ方として確立されている。
三者三様、多種多様、納豆料理が数多く存在する上に、食べ方さえも限りない。
「何に影響されたの? グルメ番組?」
「だから、何がっすか?」
「もう少し捻ろうよ。ね?」
「よくわかんないっす」
「わかんなくない!」
納豆を、どう極めたら良いのか。
ご飯のお供として、極上の品なのか? それとも、ありとあらゆる料理を引き立てる、最上の食材なのか?
恐らく、この問に答えを出せる者はいまい。
多くの人が、持論を展開した。食の達人達は、頭を抱えた。そのムーブメントは日本を巻き込み、少しずつ世界に広がっていった。
「納豆は、世界を席巻しないんだよ!」
「いちいち五月蝿いっすね」
「すみません、つい」
「良いんすよ、わかってくれれば」
「たけしさん……」
やがて世界中で、納豆論争が繰り広げられたんすよ。
どの国でも、新聞記事の一面は、納豆の話題っす。日本による納豆侵略とまで、噂される様になったんす。
ついに、事態を重く見た苫酢総理大臣は、世界に向けて公式声明を出したんす。
大豆とは、一パーセントの国内生産と、九十九パーセントの輸入である。
「おい! 俺の友情を返せ!」
「何か不満っすか?」
「歴代の総理大臣に、苫酢って人はいたの?」
「知らないっす」
「じゃあ、下の名前は?」
「江地損っす」
「ベタ過ぎだ! もう少し捻ってよ!」
「文句ばっかっすね」
「それで。結局、何か解決したんですか?」
「自給率の低さを、再認識させたっす」
「自給率は、もうちょい高いと思うよ」
「そんなの、目糞、鼻糞、耳糞、脛毛、腹毛、脇毛、胸毛、乳毛っす」
「随分と、毛だらけになったな!」
「ギャランドゥっす。お前に夢中っす」
「古っ! もうさ、早く落ちに行こうよ、疲れて来たよ」
「仕方無いっすね」
それから、大豆の生産方法や品種改良とか、国内生産の見直しが始まったんす。
次第に、皆が気付いていったんす。真の納豆を作るには、最高の大豆を作る所から始めないと。
ここから始めましょう。納豆から、いいえ大豆から!
「いい加減にしろ! 流石に怒られるぞ!」
「大丈夫っすよ」
「何が大丈夫なんです?」
「読者が少ないし、商業じゃないから」
「意味がわからないよ! それで? 長いこと語って、さっきのが落ちって事は無いですよね?」
「いやいや。そもそも落ちなんて、存在しないっすよ」
「え? 嘘でしょ?」
「因みにこのビルじゃ、納豆は立ち入り禁止っす」
「もしかして、ボスが嫌いとか?」
「そうっすよ」
一昨日の事っす。宗岡の兄さんが、リビングで納豆を食べてたんす。流石の兄さんも、兄貴の納豆嫌いを知ってるっす。だから、直ぐに換気したんす。でも、ばれて全治十年の大袈裟したっす。
「嘘つけ! ボスは出張中でしょ!」
「未来の話っす。ゴミ箱に、納豆の容器が捨てて有ったんす」
「いやまさか……ってほんとに? あの人、正気かよ!」
「人の嗅覚は、嫌な臭いに敏感なんす。犬の嗅覚すら超えるんす」
「いやいや、流石にあり得ないでしょ?」
「タバコが嫌いな人は、服についた臭いで、おえってなるんす。兄貴の場合、僅かに残った納豆臭で、怒りがマックスエンドっす」
「憐れ、変態兄さん。でもまぁ、あの人なら大丈夫でしょ」
「多少殴られても、脂肪が吸収してくれるっす。人間トクホっす」
「あの身体で、どこが健康体なんだよ!」
話は尽きず、笑顔も絶えない。
与太話から将来の夢まで、語りたい事は沢山有る。きっと二人にとって、これは一種の発散なのだろう。
夜は更けていく。そして、未来の一歩へ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます