第34話 兄貴と未来の一歩
「なあ旦那。何で今日の会合は、うちの店なんだよ!」
「何だ、聞いてないのか? 今日はお前さんの、独立祝も兼ねてるんだぞ」
「肉屋。たまには、良い事を言うじゃねぇか。おい! ビールを追加だ! 肉屋に注いでやれ!」
「そうじゃなくてさ!」
「良いじゃねぇか。ここなら飲み放題、食い放題なんだ」
「そんなサービスは、やってないんだよ!」
「そうだよ忠勝、吉屋さんに悪いよ。えっと、僕にもビールね」
「あんたもか! パン屋の旦那!」
「大丈夫ですよ、吉屋さん。酒はうちに任せて下さい」
「おお、流石は酒屋」
「洋太、こいつを甘やかすな!」
「甘やかそうよ! 労おうよ!」
「あぁ? ネギラーメンなんて、誰も頼んじゃいねぇぞ!」
「そんな事は言ってねぇ!」
ラーメン屋が、正式に独立を果たして、一週間が過ぎた。この日は早めに店を閉め、商店街の主立った面々が、ラーメン屋に集まった。
カウンターには、既に多くの空き瓶が並んでいる。そして隙間を埋める様に、チャーシューや煮卵、餃子等の皿から湯気が立ち昇っていた。
「ところで、あんちゃん。たけしは、ここで働いてて良いのか?」
「政、余計な詮索すんな」
「いや、待てよ。たけしは、家業の手伝いって事になってんだろ?」
「肉屋、話を広げるな」
「確か、たけし君は」
「昇太、ぶっ飛ばされたくなきゃ、黙っとけ」
「おいおい旦那。って事は何か? たけしは、働かせたら不味い歳か?」
「そんな事ないっすよ。十六歳らしいっす。兄貴が言ってたっす」
「おい! 随分と都合が良いな! 独立早々、労基違反なんて、話にならないぞ!」
「心配すんな。労基には、顔が利く」
「不安しかねえよ! 旦那、大丈夫だって言ってくれよ」
「心配なら、保険証を確認してみろ。どだい俺が、そんな下手を打つと思うのか、馬鹿野郎!」
「それなら、思わせ振りな事を言うなよ!」
各店の店主が、カウンターを陣取って騒ぐ。
カウンターの隅では、レストランのマスターは味を確かめる様に、静かにチャーシューをつついている。
それに対し勝司は、厨房で忙しなく動いている。
では、話のネタになった当の人物は、何をしているのか? 何を隠そう、守島と共に名曲の替え歌を口ずさみながら、鍋を振るっていた。
「みやーざわー、いやーんばかーん!」
「おい、それはウィーアーザ」
「肉屋。それ以上、言うな!」
「それよりお前等、何を作ってんだ? ツマミは足りてるぞ」
「魚屋のおっちゃん。それはっすね」
ニヤリと口角を吊り上げ、たけしと守島は丼ぶりを、カウンターの上に並べる。
それを見た一同は、揃って首をかしげた。
見た目は、チャーシュー丼に近い。
一般的なのは、ご飯の上にチャーシューが並び、タレがかかっている物だろう。
たけしが出したのは、ご飯の上に野菜炒めが敷き詰められ、その上にチャーシューが並んでいる物だ。中央には煮卵が乗り、白髪ねぎも飾られている。
「随分と、ボリューム感が有るね」
「昇太。若い癖に情けない事を言うな」
「アラフォーになると、胃が情けなくなるのか?」
「言うじゃねぇか政!」
「それより、たけし。これは何だ?」
「兄貴。これは、ラーメン丼っす」
「たけしさんのアイデアを、形にしました」
「出来たら、チャーシューと野菜炒め、ご飯を一緒に食べて欲しいっす」
「煮卵はどうすんだ?」
「半熟に仕上げてます。単体で食べるのも有りですが、チャーシューに絡めれば、味わいが深くなります」
どうしてこれが、ラーメンなんだ? 皆が、その疑問に行き着いた。
食べれば、その答えに行き着くのか? 一同は、美しい盛り付けを崩して頬張る。
その瞬間、誰も予想しなかった味が、口の中に広がる。皆が目を見開くのを眺め、たけしと守島はニヤリと笑った。
「どうっすか?」
「あぁ。野菜の味付けはスープか。餡を使ったのは、正解だったな。ただのチャーシュー丼が、ラーメンの味に化けやがった」
「流石は、兄貴っす」
「こりゃあ、飯が進むぜ。おまけに、煮卵をチャーシューにまとわせると、一段階上の味に変化するぜ」
「肉屋さんも、気にいってくれたみたいですね」
「半ライスとスープで、サラっとかき込むのも好きだけど。この食べ方なら、ご飯とスープが独立してるから、両方がしっかり味わえるね」
「兄さん。コメントが長いっす」
「いけるいける」
「何か雑だな、魚屋さん!」
「吉屋さん。これは新メニューに、加えるんですか?」
「そのつもりは、無かったけどよ。反応次第で、考えても良いかな」
酒屋の跡継ぎに返答した勝司は、何も言わずに黙々と食べ進める、マスターへ視線を向ける。
一流の料理人が、この品をどう評価するのか? それ次第では、売り上げが左右する。
勝司につられて、皆の視線がマスターへ向く。たけしと守島は、これまでの反応から自信をつけたのか、期待の眼差しでマスターを見る。
この時ばかりは、如何に無口な男でも、何か言わなければと感じたのだろう。
マスターが、徐に箸を置く。それから、数秒の時が過ぎる。緊張感は高まっていく。
そしてマスターは、ゆっくりと口を開いた。
「先ずは、味付けに使ったスープ。これは、少し薄めに仕上げてある。餡によって、舌にしっかり届く上に、チャーシューの味を邪魔しない」
「おい、マスター! 饒舌じゃねぇか!」
「いつも、こんな感じっす。兄貴の顔が怖いから、喋らないだけっす」
「すみません遮って。マスター、話を続けて下さい」
幾ら慣れようが、怖いものは怖い。それが心理なのだろう。
マスターは、忠勝を視界に入れない様に、顔を背ける。そして、少し咳払いをした後、守島に促されるまま感想を続けた。
「バラとロース、二種類のチャーシューを使う事で、食感にアクセントがつき、味わい深さを醸し出している」
「流石はマスターだな。肉の味がわかってる」
「肉屋のおっちゃん。ちょっと五月蝿いっす」
肉屋の合いの手が、再びマスターの言葉を途切れさせる。
元々、コミュニケーション自体が苦手なのだ。仕方があるまい。だが、マスターは、直ぐに口を開いた。
何故なら、仲の良いたけしが、自分の感想を期待しているから。
「お勧めの食べ方はね」
そこからは、マスターの独壇場だった。
軽やかに回る舌は、つい早口になるオタクの様に。次第に熱がこもる様は、ストレートで一気に加速するレースカーの様に、マスターは捲し立てた。
☆ ☆ ☆
最初にご飯と野菜炒めで、スープの味を感じる事かな。
次にチャーシューを食べて、余韻でご飯と野菜炒めをかき込む。煮卵を崩しても良いけど、同じ様にして食べるのも有りだと思う。
それと、白髪ねぎを付け合せにしたのは、大正解だね。
かなりパンチの有る味だからね。ピリッとした辛味が、クドさを忘れさせてくれるよ。
そうそう、途中でお酢を足しても良いね。
少しサッパリした感じになるよ。満腹になりかけても、つい箸が止まらない。
☆ ☆ ☆
「で? 旨えのか? あぁ?」
「だから、あんちゃん。脅すなって」
「馬鹿か肉屋! 脅してねぇ!」
「し、新メニュー、としては、は、わ。き、きゅ、及第点」
意外な答えに、忠勝を除く面々は、目を丸くする。
余程自信が有ったのだろう。たけしと守島は、やや消沈した様な面持ちに変わる。
そして忠勝は、独り笑みを湛えていた。
「まぁ、在り来りな品だからな。でも上出来だ。この馬鹿より、よっぽど才能が有る」
「旦那、そりゃねえよ」
「うるせぇ。店を取られたくなきゃ、もっと頑張れ。直ぐに抜かれるぞ!」
「糞っ。でも、そうだな。精進有るのみ、だな!」
そうして勝司は、気持ちを新たにする。それは、独立して浮かれていた勝司へ、良いプレゼントになっただろう。
また、若い二人の成長も、商店街に良い影響を与えるはずだ。
銘々がビールを飲み始め、再び店内は賑やかになる。気が付いた時には、一時間が経とうとしている。
集まった店主達は、今日の会合は飲み会だったと、思い初めていた。そんな時に、政がポツリと呟く。
そして話題は、思わぬ方向へ進んだ。
「今日の議題は、特に無いのか?」
「そんな訳ねぇだろ、政」
「おっ? あんちゃん、何か有るのか?」
「あぁ。酒屋の並びを、何棟か壊して、上物を建てる」
「忠勝。例の案件かい?」
「そうだ。ドラッグストアを誘致した」
「あんちゃん、ホントかよ!」
「政。てめぇを騙して、何か得すんのか?」
「しねぇな」
「それだけじゃねぇ。政、お前の隣に八百屋を開店させる」
「八百屋ですか。これで、医薬品と日用品に合わせて、生鮮食品が揃いますね」
「その通りだ、洋太。まだ有る」
「次は何が来るんだよ、あんちゃん」
「うるせぇ肉屋! 最後はカレー屋だ」
「カレーは、嬉しいっす」
「この三店舗は、同時にオープンさせる。大規模なイベントもやる。契約農家を増やしたし、物流関係も見直す。お前ら、忙しくなるぞ! 気合入れて準備しろよ!」
忠勝が齎した情報は、一同にとって今日一番の驚きだったろう。そして、まだ誰も気が付いていない。
これこそが、商店街の復興を加速させる、最大の一手となる。
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