第31話 番外編 たけしと守島の気になるお年頃

「ねぇ守島さん。ちょっと聞いて欲しいっす」

「何ですか? また下らない事ですか?」

「なんか、ちょっと嫌そうな顔っすね」

「その振りをする時は、大体つまらないんですよ」

「守島さんは、いつからそんな薄情になったんすか?」

「そんで、何です?」

「コンビニの店員さんって、ちゃんと挨拶しないっすよね?」

「あぁ、しゃっせーとか?」

「そうっす。もういっその事、挨拶を統一すると良いんす!」

「例えば?」


 その言葉に反応し、たけしは目を輝かせる。そして、守島と距離をとる。

 次の瞬間に、股間の目の前で右手を激しく上下させつつ、ゆっくりと守島へ近付いた。


「しゃせ〜!」

「ちょい待て、待て! 右手、右手! 止め、止め!」

「しゃっせい!」

「近い、キモい、怖い!」


 突然の行動に、怒りより驚きが勝ったのだろう。守島は逃げる様にして、たけしから距離を取る。


 たけしが、突拍子も無い事をするのは、今に始まった事では無い。しかし、今回ばかりは奇妙過ぎた。

 守島は軽く深呼吸をし、事態を把握しようと努める。


 たけしさんだって、そんな年頃だもんな。男なら誰でも一度は、下ネタでふざけるよ。

 それに、同年代のダチがいなかったって、ボスから聞いてるしな。この際だから、たけしさんに合わせようか?

 いや、でも線引きを忘れちゃ駄目だ! 万が一にも無いと思うけど、バイト先でふざけたら、店どころかボスにも迷惑をかけちまう。

 少し年上として、ここはやんわりと言うべきだろうか?


 そう考え、守島はやや真剣な面持ちで、ゆっくりと口を開く。しかし、たけしは守島の想像を、軽やかに超えていく。


「たけしさん、それは無いわ。お客さんが逃げるって!」

「そうっすか?」

「当たり前でしょうが!」

「もしかしたら、ノリの良いお客さんが、いるかも知れないっすよ」

「そんな人、いないって!」

「じゃあ試しに、守島さんがお客さん役をやるっす」

「え?」

「そっちから、ウィーンって入って来るっす」

「何で俺が?」

「いいから早くっす!」


 守島は、少し溜息をつく。そしてコントの様に、ウィーンと言いながら、自動ドアから入る仕草をした。

 しかし、たけしは満足しない。


「違うっす!」

「はぁ?」

「それは普通のお客さんっす」

「え? 何が?」

「欲しいのは、ノリの良いお客さんっす」

「ノリの良いって……」

「もう一回、入って来て欲しいっす」

「もう、はいはい」


 何だかんだと、面倒味が良い。次に守島は、ゆっくりと自動ドアが開閉する仕草を行う。

 それは段々と激しく、またリズミカルになる。


「ウィーン、ウィーン、ウィーン。ウィ、ウィッ、ウィーン! ウイウイウィーン、ウィウィッウィーン!」

 

 やがて、守島が一歩を踏み出す。それに合わせて、たけしは右手を上下させながら、守島に向かって歩き出す。

 対する守島は、胸と股間を弄る様にして、たけしに近付いていく。

 二人の視線が交差する。守島は視線の先に有る、たけしの意思を受け取る。

 そして二人は、掛け声と共にポーズを決めた。


「フィーチャースペース!」


 知らず知らずのうちに、盛り上がってしまった。それは疑いようもない。しかし我にかえると、恥ずかしさが込み上げて来る。

 そして守島は、思わず叫んでいた。


「いや、何だよそれ!」

「守島さん。よく合わせましたね」

「たけしさんの強い意思が、って違う!」

「何すか? ポーズは決まったす!」

「いや、ポーズはもう。それより、何をフィーチャーしちゃったんです?」

「例えばほら。書籍コーナーが、全面ブワって成人誌とか」

「駄目でしょ! 少年誌だって読みたいでしょ!」

「仕方ないっすね。隅っこに置いてあげるっす」

「普通は逆! そんな店、誰が来るの?」

「成人誌をガって掴んで、エナドリをバシって取って、ドンってカウンターに置くんす」

「それで?」

「今夜はこれで!」


 少し声を低くし、たけしはダンディーな男を装う。そんな様子が、守島の魂を熱くさせる。

 最早、守島のツッコミは止められない。


「何がこれでだよ! ちょっと良い声で、エロ本出すな! これじゃお客さん、限定しちゃうよ!」

「そんな事ないっす」

「付き合いたてのカップルとか、親子連れとか気まずいでしょ!」

「大丈夫っす! 例えばっす」


 止まらないツッコミ、果てること無いボケ。たけしは、低い声でドスを効かせる様に、言葉を続ける。


「お母ちゃんとお父ちゃんはねぇ」

「ちょっと待て待て、それはどっち? お母ちゃん? それともお父ちゃん?」

「お母ちゃんっすよ」

「そんな低い声のお母ちゃん嫌だ!」

「でも、居そうっすよ。大阪とかに」

「大阪のおばちゃんは、おじちゃんじゃねぇよ!」

「まぁまぁ」

「それで、お母ちゃんが何て?」

「こんな事をしたから、お前が産まれたんだよ!」


 たけしは膝をつくと、雑誌を目の前に突き出して、大きく広げるジェスチャーをする。

 そして直ぐに体を反転させ、目を見開いて体を前のめりにし、叫び声を上げた。


「キャー!」

「キャーじゃねぇよ! それ子供か? ガン見させちゃ駄目だろ!」

「これが家庭の性教育!」

「そんな性教育は、捨てちまえ! 悪影響だよ! グレるよ!」


 往々にして部屋で騒げば、両親のどちらかに怒られる。自慰にふけっていると、タイミング良く母親が戸を開ける。学校から帰ると、隠していたエロ本が、机の上に並んでいる。


 そして、このビル内で親代わりなのは、言わずもがなであろう。勢い良く扉が開かれる、そこには仁王が立っていた。


「うるせぇな! 騒ぐんじゃねぇ!」

「あ、兄貴?」

「ボス?」


 次の瞬間、二人の脳天には強烈な一撃が降り注いだ。そして二人は、暫くうずくまって動けなかった。


「怒られたっす。また、お馬鹿になってくっす」

「それは元々」

「何か言ったっすか?」

「いや何も。それより、どうします?」

「ゲームするっす」

「たけしさん……。懲りないですね……」

「懲りてるっす。静かにやるっす」

「いや。無理でしょ」


 そうして、夜は更けていく。

 その後、再び盛り上がった二人が、忠勝に怒られたかどうかは別の話。

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