第30話 番外編 宗岡兄さんのちょっと怖い話

「ねぇ、君たち。都市伝説って、興味ない?」

「都市伝説っすか?」

「あ〜、あの嘘かホントかみたいな?」

「そうそう」

「宗岡の兄さんって、そういうのに詳しそうっすね」

「幅広く押さえてこそ、オタクってものさ!」

「なんかうぜぇ。でも、都市伝説は聞きたい!」

「守島君、いよいよ遠慮が無くなったね。でも、いいよ聞かせてあげよう」

「勿体ぶるのは無しっす!」


 年齢や性別に関係なく、不思議な事には興味が湧く。しかも、様々な事柄に精通した、宗岡が切り出した事だ。信憑性も高かろう。

 宗岡の態度に、やや鬱陶しさを感じながらも、少年達は目を輝かせて、守島の言葉を待つ。


「守島君は、知らなかったよね? 僕はフリーの仲介人だよ」

「何それ? どんな仕事? そもそも、仕事として成り立つ?」

「人を紹介したり、仕事を斡旋して、マージンを貰うんだよ。肝になるのは、人脈だね」

「へぇ~。宗岡の兄さんって、ちゃんと仕事をしてたんだ」

「守島さん、騙されちゃ駄目っすよ。この兄さんは、他人に仕事をさせて上前をはねる、糞ブローカーなんす」

「何だよ、ダメ人間じゃんか!」


 たけしの言葉で、宗岡の表情は一変した。

 水を差される、こんな表現が適切だろう。膨らんだ期待は一瞬にして萎み、宗岡に懐疑的な眼差しを向ける。


 しかし、この純粋な少年は、まだ理解していない。

 宗岡の武器は、広く深い知識だけではない。巧みな話術で、様々な立場の人と関係を築き上げて来たのだ。若い彼が、太刀打ち出来る様な男ではない。

 そして宗岡は、守島の視線を意に介さず、飄々とした様子で口を開く。


「まぁまぁ、僕のダメさは置いといてよ。兎も角、僕には色んな繋がりが有るんだ。テレビ関係とかにもね」

「あっそう」

「テレビで放送する以上は、いい加減な情報じゃ不味いだろ?」

「そう、だろうね」

「だから、下調べが必要になる。だけどスタッフだけじゃあ、手が足りない場合が有る」

「で?」

「そんな時に、僕みたいな奴の出番になるのさ」

「それは、どういう意味?」

「色んな場所に出向いて、情報の真偽を探るのさ」

「へぇ、そうなんだ……」

「まぁ、地方に限った事じゃ無いんだけどね。時々、不思議な事に遭遇するんだよ」

「え? 幽霊的な?」

「勿論! 心霊現象も経験したよ!」

「本当に?」

「そうだよ。それで、ここからが本題だ! いいかい? これは、僕の実体験なんだよ!」

 

 純粋故だろう、守島の瞳が輝きを取り戻し始める。そして宗岡は、少し声のトーンを落として、語り始めた。


 ☆ ☆ ☆


 丁度一年前に、とあるバラエティ番組が終了したんだ。その番組は、都市伝説を検証する番組として、人気を博していたんだよ。

 惜しむ声は有ったけど、終了が番組改編期と重なったから、そんなに不思議がられなかったみたい。

 でもね、SNSでの呟きで、事態は一変したんだ。


 某番組のディレクターと幾人かのスタッフが、謎の高熱によって倒れ入院し、復帰の目処は立っていない。入院した内の一人は、既に亡くなった。

 これは、呪いである。


 この呟きが拡散されてから、色んな憶測がネット中に飛び交ったんだ。

 おまけに、番組を放送したテレビ局が、その一切を否定したから、返ってネットではお祭り騒ぎになったんだよ。


「それ、知ってるっす。話題になってたっす」

「俺も知ってる! もしかして宗岡の兄さんは?」

「そうだよ、関係者さ。続き、聞きたくない?」

「聞きたいっす!」

「俺も、俺も!」

「はいはい、わかったよ」


 確かにテレビ局が否定した通り、番組関係者が入院した事実は無かった。だけど、何も起きなかった訳でも、無かったんだよ。

 正確には、番組の制作に関わった何人かが、突然に姿を消したんだ。


 急に会社へ来なくなったから、スマートフォン宛に電話をかけたんだって。でも、通じなかったらしい。住んでいるアパートに行って、ドンドンやっても反応が無かったみたい。

 流石に事件だったら不味いと思って、番組制作会社が捜索願いを警察署に提出したんだ。

 それで捜索の結果は、意外な事に数日も経たずに戻って来たんだ。


 捜索願いの件ですが、存在しない人間は探しようが有りませんよ。本当にこの方々は、そちらのテレビ局にお勤めだったんですか?

 住居等をもう一度お調べの上で、再度捜索願いを提出して下さい。

 

 これを聞いた当人は、血の気が引いたらしいよ。

 届け出は、履歴書を元に記載したんだって。その住所が間違いなら、書類不備って言われても仕方ないだろ? でもね、住んでるのは履歴書の住所で間違い無いって、社内の人間に確認してから提出したんだ。


 何より不思議なのは、その人達が戸籍にすら存在しない事だよ。

 証拠として、公的な書類まで見せれられたらしいよ。でもさ、そんな記録から痕跡が無くなってるなんて、有り得ると思う?


 だって届け出の際に、本籍を確認しているんだよ。それなのに何で、存在しないって言われたんだろうね? しかも消えた全員がだよ! 有り得ないよね?


 制作会社は怖くなって、この事態をテレビ局へ報告したんだ。その結果テレビ局は、番組の打ち切りを決定した上に、全ての社員や関係者へ、箝口令を敷いたんだ。


 でもさ、人の口に戸は立てられないって言うだろ? スタッフの失踪は呪いだって噂されて、ネットにまで広がった。

 テレビ局側としては、事実とは少し異なる形で広がったから、多少は言い訳が出来た。但し、根本的な問題は、解決してないんだ。わかるよね?


 スタッフ達は、何処に行ったのか? これは本当に呪いなのか?

 これについて番組制作会社は、改めて調査を進めたんだ。やがて、ある事実が浮かび上がって来た。

 消えたスタッフ達の全員が、とあるロケハンに参加してたんだ。 


 きっかけは、奇妙な噂を入手したテレビ局が、制作会社に噂の確認と、撮影を依頼した事さ。その噂ってのが、コップ一杯飲めばIQが二百も上がる、奇妙なお酢だったんだ。


 そんな眉唾物のお酢なんて、有るはずが無い。しかし依頼は依頼だ、せめて調査位はしなきゃならない。

 面倒に感じた番組制作会社は、僕に調査を依頼してきたんだ。


「やっと兄さんの登場っすか。長かったっすね」

「たけしさん。茶々を入れないで下さいよ! 面白くなるのは、ここからでしょ?」

「そうだよ、たけし君。って、何処まで話したっけ?」

「兄さんに、依頼が来たってとこっす」

「そうそう。それでね」


 流石に眉唾過ぎてね、僕も噂の元を探すのに、半年以上もかかったよ。

 結局、見つかったのは変哲も無い工場だった。建物自体は新しく無いが、決して古くてボロボロって訳でも無い。運送のトラックが出入りして、普通に稼働もしてる。


 製造しているのが工場一つだから、流通量が限られてたんだろうね。だから、知る人ぞ知る幻のお酢って言われてたんだよ。

 そんな噂が広まるにつれて、IQが高くなるなんて、尾ひれついたんだろうね。


「噂なんて、そんなもんっすね」

「でも、失踪してるんですよね? もしかして、そのお酢が呪いの原因とか?」

「それはね」


 その工場を探して、制作会社に教えたのは僕だからね。念の為に、僕は工場を見に行ったんだ。

 期待はしてなかったけどさ。失踪したスタッフ達が、その工場で軟禁されてたら面白いだろ? そうなったら、新聞の一面を飾るかもよ。

 でも実際には、予想もしない出来事が起きていたんだ!


「え? 何がどうしたんですか?」

「そうっす、何が起きたんすか?」

「その工場は、完全に無くなってたんだ!」

「ネットの噂から火がついて、営業出来なくなって、倒産したとか?」

「それなら、建物自体は残ってる筈だよ。その場所には、草が生い茂ってた」

「時間が変って事っすね?」

「そう。失踪から僕が工場に行くまでは、二週間程度しか経ってない。仮に建物が取り壊されたとしても」

「生い茂る程は、草が生えない……か」

「そういう事!」

「マジか、怖っ!」

「呪いっすか? マジもんの呪いっすか?」

「ただ僕は、君たちに謝らなければならない」

「何? それって、まさか?」

「いや、これは完全に僕のミスだ。怨んでくれても構わない」

「ちょっと止めて下さいよ!」

「何がっすか? 聞いたら、呪われるとか?」

「……ごめん」


 その瞬間、たけしと守島は言葉を失い、顔面が蒼白になる。そして二人の中では、不安と後悔が混じり合った感情が押し寄せていた。


 自分達も、呪われてしまう。いや、もう呪われているのか? こんな話しは、聞かなければよかった! 消えたくない! 嫌だ、消えたくない!

 

 失踪したスタッフと自分達を重ね、二人はガタガタと震える。その横では宗岡が、沈痛な面持ちで俯いている。

 宗岡の表現を見れば、既に手遅れなのが、痛い程に伝わって来る。絶望が二人を包み始める。

 そんな時に、勢い良くリビングの戸が開いた。


「珍しく大人しいな。どうした?」


 それは、釈迦が垂らした細い糸か。はたまた、暗闇を照らす一筋の光明か。

 何れにせよ、二人が救われるには、尊敬して止まないその男に頼る以外、他に手段は無かった。


「兄貴! お酢が、お酢の呪いが!」

「ボス! 助けて下さい! 消えたくない!」

「はぁ? お酢の呪い? 馬鹿かお前ら!」


 忠勝は、宗岡を見て全てを察したのだろう。すがりつく二人を引き剥がし、落ち着かせる様に、深呼吸をさせる。

 そして彼らが落ち着いた頃、呆れた様な眼差しで言い放った。


「いいか、お前ら! その話が本当なら、宗岡も呪いの影響で、消えてる筈だろ?」

「それは、宗岡の兄さんが、霊能力者的なやつでとか?」

「呪いを伝える為に選ばれたから、消えなかったんす!」

「どんだけ、想像力が逞しいんだよ! 言っとくが、その話は全部嘘だ!」

「は? ……嘘? ……何処までが?」

「そうっすよ。ネットで話題になってたんすよ!」

「色々と混同すんな!」


 そう言うと、忠勝は二人に軽い拳骨を落とす。そして、二人に事件のあらましを説明した。


 全てが嘘という訳では無い。

 当の番組が打ち切りになったのは、真実である。当初こそ都市伝説を扱っていたが、徐々にネタか無くなり、都市伝説をでっち上げる様になった。

 また、番組を真似て危険な場所に赴き、動画を撮影する若者が増えていた。

 これ等が要因となり、番組は打ち切りとなり、ディレクターは降格処分になった。ネットの呟きは、テレビ局を恨んだディレクターが引き起こした。


「じゃあ、その工場は実在するんですか?」

「ちゃんと営業を続けてる。取材云々が、宗岡の嘘だ!」

「え……?」

「因みにな、今うちで使ってる酢が、件の工場産だ!」

「何だよ全く!」

「いや〜、君たちが素直だからさぁ」

「はぁ。宗岡の兄さんって、何者なんです?」

「こいつは、悪徳ブローカー兼、二次団体の若頭だ!」

「みゃーさん、ちょっと待って!」

「うぉう、意外な事実っす!」

「宗岡の兄さんは、お天道様の下を歩けない存在だったか!」

「信じるか信じないかは、お前ら次第だ!」

「待ってよ! みゃーさんが言うと、信じちゃうよ! みゃーさん、みゃーさんってば!」

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