第29話 番外編 兄貴と遊ぼう

 さてチョラクマとは、二つのチームに分かれて競う、ボールを使った競技です。

 試合時間は、前後半それぞれ十五分ずつ、計三十分です。時間内に得点の多い側が、勝者となります。

 ボールを相手陣内の最奥に有る、ゴールへ運べば得点となります。また試合中に、腕から先と腿から下の身体部位を、ボールへ触れさせてはいけません。


「ん? そりゃ、サッカーじゃねぇか」

「いやいや兄貴。サッカーは足を使って良いんすよ」

「はぁ? なに言ってんだ?」

「知らないとか、有り得ないっす」

「うるせぇな! だから、何がだよ!」

「いいすっか兄貴。チョラクマは、世界大会も開かれた、メジャーなスポーツなんすよ!」

「聞いたことねぇぞ」

「たまには、経済以外の情報も見るといいっす!」

「余計なお世話だ!」


 宗岡と守島を加えた馴染みの一同は、とあるグラウンドに集まっていた。

 周囲を見渡せば、グラウンドにはラインが引いて有る。そして両端には、サッカーのゴールが鎮座していた。

 

「やっぱり、サッカーじゃねぇか!」

「いいかい、みゃーさん。スポーツは、安全への配慮が必要なんだよ」

「そうですよ、ボス。一時間前の事を、忘れちゃったんですか?」

「勘弁して欲しいっす。出禁なんて、初めてっす」

「飲んでたからだ!」

「お酒のせいにしたら駄目っす!」

「そうですよ! そんな言い訳、ボスらしくないです!」


 忠勝が咎められている訳、これには少し時間を遡る必要が有るだろう。


 ☆ ☆ ☆


 スポーツアミューズメント。それは、ムキムキマッチョ達が、己の筋肉を見せつけ合う場!

 すなわち、遊びの中で体を動かし、日頃のストレスを発散する事を、目的とはしていない。マッチョのマッチョによる、マッチョの為の場所なのだ!

 弱っちそうな引き篭もりのゲーマーは、帰るがいい! ここは、お前達が来て良い場所では無いのだ!


「たけしさん、それは何のナレーション? 微妙にウザいんですけど」

「流石は守島さん、突っ込み二号!」 

「誰が突っ込み二号ですか! それなら一号は、誰なんですか?」

「兄貴に決まってるっす」

「ほっとけ守島。いちいち相手してると、疲れるぞ」

「なんすか兄貴! とうとう突っ込み卒業っすか? 二号に任せて、引退っすか?」

「面倒くせぇな、お前はよぉ! ただでさえ今日は、面倒な奴がいるんだぞ!」

「それはそれっす。兄貴も楽しむっす!」

「そういうのは、お前達だけでやれ」

「駄目っす! 今日は、兄貴と遊ぶっす!」

「そうですよボス。たけしさんのウザ絡みは置いといて、楽しみましょうよ」

「はぁ、全くお前らは」

「ところで、あんたは何してんですか?」


 そう! アミューズメントとは仮の姿! これから始まるのは、地獄の運動会!

 すぽっちゃ? 否、ふとっちゃ! ついたお肉は、簡単に取れないと知るが良い!


「宗岡の兄さん! ポーズを決めるな! それと、無駄に熱く語らないで貰えます? なんか苛つくんすよ」

「守島、お前は優しいな。でも宗岡だけは、構わなくて良い」

「ふはは、みゃーさん。そんな事を言っていいのかな? 今日の僕は、運転手なんだよ!」

「車は俺のだろうが!」


 ムスッとした顔で、軽く宗岡の頭を小突くと、忠勝は建物の入り口へ歩みを進める。その後に、たけしと守島が続く。

 取り残された宗岡は、奇妙なポーズのまま、彼らの後ろ姿を暫く眺める。そして、ゆっくりと入り口へ歩いていく。


 一行が訪れたのは、体を動かして遊ぶ、総合アミューズメント施設である。

 卓球やビリヤード等から、専用設備を必要とするロッククライミング、シュミレーションゴルフ、果やVRを機器利用したアミューズメントまで楽しむ事が出来る。

 そんな場所に、なぜ彼らが訪れたのか。それは……。


「愛だね」

「何キモい事を言ってんすか?」

「そうですよ、宗岡の兄さん」

「いや、だってさ。君達は、忙しい忠勝を思って、誘ったんだろ?」

「そんな事は無いっす」

「照れなくても、良いんだよ! 忠勝は、色々と抱え込むタイプだからね! 特に最近は忙しそうにしてるしさ。いや〜、兄貴思いの舎弟達だねぇ〜!」

「これみよがしに、でかい声を出すんじゃねぇ! カタギの衆に迷惑だろ!」

「まあまあ、そろそろ行こうよ」


 そして、一同はアミューズメント施設へ足を踏み入れる。しかし、直ぐに施設で遊ぶ事は無かった。

 理由は単純、乗り気では無い忠勝が、フードコートに直行し、酒を飲み始めたからだ。


「駄目っすよ、兄貴。今日は遊ぶんす!」

「お前らだけで、楽しめよ」

「ほら、行くっすよ!」

「ったく、面倒くせぇな!」

「思いっきり、全力を出すんす!」


 何だかんだ言いつつも、忠勝は面倒見がいい。フードコートから連れ出すのは、造作も無い。問題はそこでは無い。


 普段の忠勝は、自身の力をセーブしている。

 当然だろう、銃弾を何発もくらって立っていられる男なのだ。その上で、並み居る男達をなぎ倒した男なのだ。

 セーブしなくては、関わる者達が日常的に被害を被る。しかし、この日に限っては、不運としか言いようが無かった。


 目が回る程の忙しさ、それに伴い増加するストレス。それは飲酒によって、一般人でもタガが外れ易くなる。

 それでも普段の忠勝は、酒の席とて己を抑制する。また、酒に強い忠勝は、泥酔する事が無い。


 全力で。


 この場において、彼を止められる唯一の存在が放った一言により、強固なリミッターが外れてしまった。

 まるで、魔法の様に。


「わ、わりぃ」

「あ、兄貴……」

「みゃーさんの握力は、知ってたけど……」

「バスケットボールって、潰れないんですよ……」


 最初はバスケだった。一般の人から参加者を募って、スリーオンスリーを行った。

 球技を苦手とする忠勝は、ドリブルが出来ない。もっと正確に言えば、ボールを床に跳ねさせる事すら難しい。

 故に、忠勝はディフェンスに回った。そして、忠勝がカットした瞬間に、ボールは弾け飛んだ。

 募った参加者はビビって逃げ出し、一同はスタッフに叱られて、コートを追い出された。


「あれ?」

「兄貴。それは、無いっす」

「みゃーさん……」

「ボス……、すげぇ……」


 次に行ったのは、ボーリングだった。

 忠勝が投げたボールは、猛スピードで転がり、ピンを破壊してレーンの奥へ突き刺さる。

 ここでも、こっ酷くスタッフに叱られ、たった一投でボーリングの施設から追い出される。


「取っ手が取れた」

「兄貴! 駄洒落にすら、なってないっす!」

「そうだよ、ほら。僕がぶら下がれるんだよ!」

「ホールドを握り潰す! これがボスの伝説!」


 極め付けは、ボルダリングだった。

 忠勝は、まるで粘土かの様に、ホールドを握り潰す。そして一同は、アミューズメント施設から追い出され、出入り禁止となった。


 ☆ ☆ ☆


「もうそろそろ、酒が抜けた頃っす」

「いや、油断は大敵だ! みゃーさんが蹴れば、ボールは破裂する!」 

「流石はボス! 歩く兵器!」

「お前ら! 言いたい放題だな!」

「大丈夫っす。流石の兄貴でも、手足を封じれば、安全っす!」

「なに言ってんだ! そんなのサッカーじゃねぇ!」

「兄貴こそ、なに言ってんすか? サッカーじゃなくて、チョラクマっす!」

「ドリブルとかパスは、どうすんだよ?」

「ヘディングで、パスするんすよ」

「みゃーさん、チョラクマにドリブルなんて無いよ」

「ボス、チャージも禁止です。相手選手に触ったら、即イエローです」

「そんなサッカーが、有ってたまるか!」

「いや、だから。チョラクマっすよ!」

「まあ、条件は一緒だしさ」

「そうですよボス。遊びましょう!」


 そして始まったチョラクマは、彼らを泥だらけにする。

 当たり前だ、ヘディングだけでボールを運ぶのは、サッカーの上級者でなければ難しかろう。

 ボールがグラウンドに落ちれば、土下座の姿勢から強くボールに頭突きをし、跳ねさせる必要が有る。

 ボールを背中に乗せて走るのは、ルールに抵触しない。それとて、高度な技で有る事は、間違い無い。

 

 そんな条件まで付けても、忠勝とプレーしたかったのは何故か。それは、言うまでもない。

 

 一緒に遊びたかったから。


「まあ、こんな日が有っても、良いかも知れねぇな」

「ふふん! スッキリしたっすか?」

「あぁ、おかげでな」

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