第26話 番外編 こんにちは手下さん

 忠勝が往来を歩く時、二メートル辺り後方に強面の男達が着いてくる。それは、忠勝を狙っているのではない。

 反社会的勢力を潰した事で、忠勝は旧組織の構成員から恨みを買っている。無論、不意討ちであろうと、忠勝は簡単に取り押さえる。

 しかし、何度となく襲われれば、心配にもなろう。故に、忠勝を慕う者達は、率先して護衛をしている。

 

「だからって、怖いっすよ」

「心配ねぇ。お前も護衛の対象らしいからな」

「そうなんすか?」

「試しに話しかけてみろ」

「いいっす。なんか、さん付けされそうで、気持ち悪いっす」

「あぁ? 守島も、さん付けしてんだろ?」

「嫌って言ってるっす。でも、たけしさんは、たけしさんですからって、よくわかんない事を言うっす」

「お前からすれば、みんな年上だからな」

「そうっす。恐縮されたくないっす」

「そんなお前に、命令だ」

「パワハラ上司っす」

「まだ、何も言ってねぇだろ!」

「どうせあの兄さん達に、小遣いやって来いって言うっす!」

「だいぶわかって来たな」


 忠勝は、懐から長財布を取り出すと、札束をたけしに手渡す。

 この時ばかりは、金銭感覚の違いを感じさせる。ラーメン屋のバイトで、この額を稼ぐのに、どれだけの時間がかかるだろう。その位は、たけしにでもわかる。


「良いか、堂々としてろ。これで美味いもん食えって、言えばいい」

「あの人達は、無職なんすか?」

「そんな訳がねぇだろ! 今の繁華街を仕切ってるのは、あいつ等だ」

「それで、悪い奴らもやっつけてるんすか?」

「まぁ、サツの目が届かねぇ所の、治安維持だ」

「うわぁ〜、怖いっす。裏の顔ってやつっす」

「いいから、早く渡して来い!」


 忠勝に怒鳴られ、たけしは強面の男達に向かって飛んでいく。たけしが近付くのがわかると、男達はまるで訓練されたかの様に、両手を腿に付けて姿勢を正す。

 そして、たけしから札束が渡されると、畏まった様子で何かを述べ、深々と頭を下げる。たけしに礼を伝えた後、遠くに居る忠勝にも頭を下げた。


 仲間の所に向かうのだろう、男達の一人が札束を懐に入れて走り出す。やがて、たけしは疲れた表情を浮かべ、忠勝の下に戻って来た。


「嫌っす。怖い人達が、ペコペコするっす」

「お前は、俺の舎弟だからな。一目置かれてるはずだ」

「いつもあんなに、小遣いを上げてるんすか?」

「たまにだ。あいつ等は、ちゃんと稼いでるからな。それに、みんなで分ければ、大した額にならねぇ。あいつ等の中に、あれを独り占めする奴はいねぇ」

「あれっすね、兄貴の軍隊っすね」

「馬鹿! そういうんじゃねぇ! 協力者って言え!」

「似た様なもんす」

「どこがだ?」

「全部、兄貴の手下っす」


 反社会的勢力を追い出せば、治安は良くなるのか? それは大きな間違いだ。

 寧ろ、裏社会のトップが無くなる事で、半グレと呼ばれる有象無象が暴れ出す。

 犯罪を抑制する為に、取り締まりを強化すれば、比例する様に反発も増える。

 犯罪は増加の一途を辿る。


 そんな者達に対し、忠勝は締め付けるのでは無く、職を与えた。

 暴力や詐欺行為等で、奪う事しか知らない者達だ、まともに仕事が出来ない。ましてや、社会に馴染めなかった者達が、協力や成し遂げる等とは程遠い。

 しかし忠勝は、諦めずに仕事を続けさせた。時には、力を示す必要が有った。その分、任せた仕事で成果を上げれば、成果に見合った報酬を与え、それ以上に褒めた。


 力を持て余した若者達を、忠勝がまとめるのは、そう時間がかからなかった。

 そして忠勝の下には、二つの組織が生まれた。


 一つは、反社会的勢力の食い物にされ易い業種を、健全に経営させる為のコンサルタント会社。

 旧来のみかじめ料と呼ばれるものは、用心棒代と言えば聞こえは良いが、その報酬に伴う実態が無い。忠勝は、そんな悪習を排除した。


 コンサルタント契約を行う事で、企画立案や販促活動の提案を行う。また、社労士、税理士、弁護士等の専門家を雇い入れ、人材育成会社と提携し、労働環境の改善や諸問題の早期解決に取り組んだ。


 客が安全に楽しめる場所作り、それに伴い企業が潤う。店舗経営が順調ならば、リスクを負ってまで、犯罪行為に手を染める必要はあるまい。

 コンサルタント会社は、犯罪の温床になり易い業態の、根本的な改革を目指した。


 二つ目は、コンサルタント会社内に有りながらも、別の側面を持つ実行部隊と呼ばれる組織。これは、反社会的勢力の不在により、勢力を広げようとする海外マフィアや、それに伴う違法薬物を侵入を、物理的な力で排除する目的で作られた。


 ともすれば、この様な組織自体が反社会的勢力に成り得る。その為、忠勝は規律を重んじた。そして、自衛手段としてのみ、力を振るう事を許した。

 故に、警察との連携を密にさせた。


 例えば、私人逮捕が認められる現行犯の場合でも、実力の行使は社会通念上必要と認められる範囲に限る。

 いわゆる、過度の暴行をすれば返って罪に問われる。また逮捕後に、引き渡しを怠る事も罪に問われる。手錠等で著しく自由を奪う行為も、罪に問われる可能性が有る。

 

 また繁華街では、トラブルが日常的に発生する。

 喧嘩の仲裁や、酔って暴れる者を大人しくさせる為に、貴重な従業員が危険に晒される事は避けねばならない。

 警察に引き渡す迄の間、一時的に取り押さえる存在は、必要不可欠であろう。

 

 これ等は、忠勝という強烈な存在が有ってこそ、成り立つものだろう。しかし、労働の意義、やり甲斐を知る事は、重要である。その結果として、報酬が得られる事も、知る必要が有る。

 

 直ぐに信用を得られはしない。

 最初は忠勝ありきの信用であっても、真摯的に取り組み続ければ、彼ら自身が信用を得られる様になる。

 その時、有象無象と蔑まれていた存在は、社会の一員になる。今やコンサルタント会社は、新たな形として認識され、契約を求める店舗は増加していた。


「結局、俺すげーって事っすか?」

「何を聞いてたんだよ!」

「私が来たぁ! って感じっす!」

「お前は、何マイトだよ!」

「それとも、頑張れって感じのデクだ! っすか?」

「お前が、頑張れよ! パクリでボケるな!」

「兄貴もやるっすね」

「何がだよ!」

「結局、怖い兄さん達は、正義の味方って事すっね」

「正義の味方? 信念の為に体を張る連中だぞ! そんな曖昧な言葉で括るなよ!」

「わかるっすけど、やっぱり凄いっすよ。誰かの為に頑張れる人は、ヒーローっすよ」


 社会の仕組みに反発するのを、単に反抗的だと判断するのは早計だろう。中には、大なり小なり様々な事情を抱えて、半強制的に社会から弾かれた者も居る。

 例え、一時的に道から外れようとも、人が人らしく生きる権利を捨ててはいけない。捨てさせてもいけない。


 たけしとて、幼くして両親を亡くし、児童養護施設で生活してきた。忠勝とやや異なるのは、養護施設が劣悪な環境であった事だろう。

 職員による虐待に始まり、児童内でも虐めが横行し、食事がまともに取れない、暴力による生傷が絶えない児童は多かった。 

 そんな環境から、たけしが逃げ出したのも、致し方有るまい。


 幸運と不運が同じだけ訪れるなら、忠勝との出会いは最大の幸運であろう。だから皆が忠勝を慕う、そして忠勝に報いる為に、力を惜しまない。


「兄貴が、最高のヒーローなんすよ」

「俺にとっては、お前らがヒーローだよ」

「なんすか? 褒めちぎる作戦っすか? おかずが一品増えると思ってるんすか?」

「そんな訳ねぇだろ! たまには、カッコつけさせろよ!」

「やだな、兄貴。いつでも、かっこいいっすよ」

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