第25話 番外編 忠勝の苦い記憶
忠勝が産まれたのは日本ではなく、父親の赴任先であるアメリカであった。
忠勝は、裕福な家庭に産まれた。そして、両親の愛情に包まれて育った。
父は、外資系企業に勤めていた。優秀だったのか若くして出世し、高収入を得ていた。
人柄も良く、良い父親だった。休日には、一緒に遊んでいた事を、忠勝は薄っすらと覚えている。
母は、優しい人だった。また料理が上手く、朝晩の食事とおやつの時間は、幼い忠勝の楽しみであった。
母は慈しむ事と、愛を教えてくれた。事ある毎に、抱き締めてくれた。
友人も多かった。幼い忠勝の未来は輝いていた。しかしエレメンタリースクールに通い始めた頃、日本で言うところの幼稚園に通う年齢で、忠勝の人生を一変させる事件が起こる。
幼い忠勝は、誘拐された。身代金を要求された両親は、警察組織と共に事に当たった。
当時、事件を担当した刑事は、こう語っている。我々は、犯人の目的を読み違えていた。もし、身代金が目的でない事を知っていたら、惨劇は防げたかもしれない。
身代金の受け渡し場所に、忠勝の父と警察官が訪れる。
いざ、金銭の受け渡しになった時、忠勝の父は犯人では無く、背後に控えていた警察官に撃たれた。
幼い忠勝の目の前で、何発もの銃弾を受けて死亡した。また本来ならば、保護されるべき母親も、自宅で警察官と共に銃殺されていた。
地元警察は、組織的な犯行として操作を開始した。
当然だ、警察官が市民を殺害したのだ。不祥事として世間を賑わす大事件に発展し、やがて犯行組織は逮捕される。
しかし幼い忠勝を、保護する事は出来なかった。
父親を目の前で殺され、心が壊れてしまったと考えたのだろう。どうせ放っておいても死ぬ、犯行組織は逃走中に忠勝を捨てた。
殺されなかっただけ、幸運だった。しかし、幼い忠勝は全てを失った。
無論、大使館に駆け込めば、保護してくれた筈。
だが、幼い忠勝にその知識は無かった。有った所で、どこに大使館が有るのかわからない。
では、警察に保護を求めなかったのか? 父を銃殺したのは警察官である。信用出来る筈がない。
忠勝は警察から逃げ、捜索は難航した。
悪い事に、文字を覚え始めていた忠勝は、新聞の記事で母の死亡も知る。この時、忠勝は全てが己を脅かす敵に見えていた。
知らない土地、誰も信用出来ず、頼る事も出来ない。忠勝はストリートチルドレンになった。
それから、生きる為の戦いが始まった。
ストリートチルドレンだから、同じ様な境遇の子供達と、助け合えるのか? その認識は誤りだ。
誰もが生き延びる為に、必死なのだ。力の無い者は、奪われるしかない。例え奪っても、更に力ある者から奪われる。
執拗に暴力を振るわれるだけの、弱肉強食の世界だ。それは、忠勝の心を蝕んでいく。
忠勝は裕福な家庭で、何不自由無く暮らして来た。そんな子供が、ましてやアジア人の子供が辿る道は、目に見えていた。
年上の子供達から、万引きやスリ等強要される。しかし、忠勝は頑なに固辞した。
万引きやスリよりも許せないのは、搾取される事だった。食べなければ飢えて死ぬ。ゴミ箱を漁り残飯を探す、物乞いをして数セント程のコインを得る。その全てが、浮浪者に奪われる。敵は年上の少年達だけでは無い。
幼い子供が、そんな環境で生き抜くのは、容易では無い。忠勝を突き動かしていたのは、復讐心だった。
忠勝は、強奪者から搾取されない方法を考えた。生きる為に立ち向かった。
そこらの石でも、鉄パイプでも何でも良い。忠勝は身を守る為に、武器を取る。そして、近い年の子供達を、次々と支配下に加えていく。
一年が過ぎる頃、忠勝はストリートチルドレンを束ねる存在になっていた。
確かに武器を持つ事で、浮浪者達は容易に手出し出来なくなった。しかし、世の中はそんなに甘くない。恐ろしい存在は、幾らでも存在する。
幼い子供達では、ストリートギャングに対抗する事は不可能だ。命など簡単に奪われる。
忠勝が作り上げた、子供達が互いに守り合う組織は、簡単に崩壊させられた。何人も死人が出た。忠勝自身も、生死の境を彷徨った。忠勝は、仲間達の命が無残に尽きる様を、眺めるしか出来なかった。
ただこの事件こそが、忠勝の転機になる。
東郷遼太郎。
この男との出会いは、人生最大の幸運だったのかもしれない。生死の境を彷徨い、奇跡的に生還した忠勝は、この男に引き取られる。
そして忠勝は、日本に渡った。
しかし、幼い忠勝の復讐心は、簡単に消え無い。幼い忠勝は、既に歪んでいた。
上辺だけの同情を受ける位なら、両親を殺した奴らを、この手で殺させろ! それが出来るなら、命なんてくれてやる! 止める奴らは、皆殺しにしてやる!
親戚に引き取られるが、何度も問題を起こした。手に負えなくなった親戚は、忠勝を養護施設に入れた。しかし忠勝は、何度も脱走を繰り返した。
何故なら、復讐をする為だけに、残飯を漁り泥を啜って、過酷な環境で生き延びたのだから。
食事を与えられ、のうのうと学校に通う事が、復讐に繋がるとは決して思えなかった。
歪んだ忠勝を矯正したのは、圧倒的な力での支配だった。
東郷遼太郎による、武術の訓練は過酷を極めた。内情を知る物でさえ、幼児虐待だと問題視した。
それでも、東郷遼太郎はことある毎に、忠勝を叩きのめす。その度に強い口調で問いかける。
「お前の両親は、復讐して欲しいと思ってんのか? 父親は何の為に、命懸けでお前を守った? 母親は、どれだけお前を案じて、この世を去った? お前の両親は、誰よりも立派だった。お前は両親から、何を教わった? 今のお前は、両親に胸を張れるのか?」
頑なになった忠勝を、どうしたら元の純真な少年に戻せるか? それは考えるだけ無駄な事だ。
一般社会の中で、法律に守られる者が体験しない事を、心身共に成熟しない幼子が体験した。元に戻る筈がない。しかし、再び教える事は出来る。
東郷遼太郎が施したのは、極端過ぎるやり方だ。しかし、それこそが両親から受けた愛情を、忠勝に思い出させる。
例え、怒りが消える事なく燻り続けても、憎しみは風化していく。それが愛情がなせる技だろう。
やがて、己の中で過去を整理出来た時、怒りは歩みを進める力となる。
忠勝は体を鍛え、武術を身に着けた。貪欲に知識を求めた。そして義務教育が過ぎる頃、料亭の下働きとして働き始めた。
そこで忠勝は、働く事とは何か、収入を得るとはどれだけ大変なのか、何をもって仕事と呼ぶのかを知る。
丁度そんな頃、忠勝の下に事件を担当した刑事が訪れる。そして、忠勝に事件の真相を告げる。
両親を殺害したのは、マフィアの下部組織であった。
同僚から麻薬の運び屋を斡旋されたが、忠勝の父は固辞した。更に父は真相を追求し、リークしようと試みた。この時、犯行組織と一部の警察官が繋がっていた。
その為、犯行組織は忠勝の父を殺害した、忠勝の母が殺害されたのは、彼女から情報が漏れる事を恐れた為。いわゆる、一部の警察官を含む、組織的な犯行である。
日本に来た当時の忠勝であれば、真相を受け止める事は出来なかっただろう。
しかし、東郷遼太郎から己の矮小さを、思い知らされた。相談が出来る友人が出来た。尊敬する花板や先輩達から、様々な事を教えて貰った。
真相を冷静に受け止めるだけ、忠勝は心身共に成長を遂げていた。
ただ、この出来事は、忠勝の価値観を大きく変化させ、進むべき道を決定づけるきっかけとなる。
父は高潔で有った、母は自身より忠勝の身を案じた。そんな両親に誇れる男になりたい。また、両親がそうだった様に、家族を守れる様になりたい。
しかし、如何に高潔な精神を持とうとも、簡単に命を奪われる。それなら、如何に家族を守れるのだろうか?
資本経済において、金は武器になる。それは、権力の象徴とも成り得る。ならば、金を手に入れよう。
それが力になる。守りたい者を、守れる手段となる。
それから忠勝は、様々な資格を取得すると同時に、資産を増やしていった。
株や土地の転売で設ける事は、単なる手段でしかない。目的は、経済界や政治家との繋がりを持つ事。その為に、忠勝は邁進した。
結果的に、反社会的勢力と事を構え、暴力を持って壊滅させたにも関わらず、忠勝がそれまでの生活を続けて来れたのは、様々な繋がりに守られたからだろう。
忠勝が二十歳そこそこにも関わらず、同世代と比べて遥かに大人びているのは、過酷な環境に置かれても、乗り越えて来たからだろう。
しかし、今が夢の終着点では無い。
たけしという、家族が増えた。商店街の仲間が増えた。様々な事件を通じて、忠勝を慕う者が増えた。
忠勝には、守りたい者が増えていく。故に、更なる力を求める。
忠勝は、きっと戦い続けるのだろう。両親に恥じない男になる為に、家族を守る為に。
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