第24話 番外編 たけしと守島の新しい遊び

 ここの所、忙しくしていた忠勝は、久しぶりに夜の用事が無く、夕方には帰宅した。そしてリビングのドアノブに手をかけると、中から話し声が聞こえた。


 軽くドアを開け、隙間からリビングを覗き込むと、たけしと守島が缶コーヒーを手に、何やら話しをしている。

 やり手のビジネスマンでも気取っているのだろうか、キメ顔になりカタカナの言葉を多用している。


 二人が何をしているのか、全く理解が出来ない。忠勝は、リビングに入るのを躊躇い、しばらく様子を見る事にした。


「あれだね。フェイスをきっちり決めないとね」

「いやいや、テーラーの配置が先っす。先だ、よ」

「そっか確かに。ならカーラーを前提にして、コームの設計したらどう?」

「う〜んと、パーマーをぐるぐるで」

「はい、たけしさんアウト!」

「何でっすか?」

「だって、どんだけ格好良く言うかですよ!」

「あ〜、そうっす。やられたっす!」


 何やら決着がついた様子。それでも、忠勝は理解が出来ない。

 柔軟な思考が出来る者は、突飛な発想をする事がある。それは、決して馬鹿に出来るものでは無く、何かの糸口になる事も多い。

 ただ今回ばかりは、酷すぎた。これ以上のやり取りは、見るに堪えない。そして忠勝は、徐に扉を開く。


「お前ら、なにやってんだ?」

「なにって、オリジナルのゲームっすよ」

「あぁ? 何だと?」

「今のは、たけしさんが考案した、『知らない専門用語っぽいのを上手く使って、会話を成り立たせるゲーム』です」

「はぁ? 要するに、おままごとか?」

「会話が成り立たなければ、アウトです」

「格好良く言えないと、アウトになるっす」

「お前ら……、暇なのか?」


 忠勝は、ため息をつく。そして、哀れむような目で守島を見ると、優しく語りかける。


「守島。流石に、そこまで付き合う必要は、ねぇんだぞ」

「いやいや。意外と面白いんですよ」

「そうっす。今度は、兄貴も混ざって、業界用語風をやるっす」

「はぁ? 面白ぇのか?」

「シースーはバーターだから、ザギンがカンペみたいな感じです」

「やだよ! 何で俺が、そんな事やるんだよ!」

「面白くないっすか?」

「そもそもお前ら、言葉の意味をわかってんのか?」

「知らないっす」

「俺もです」


 再び忠勝は、ため息をつくと頭を掻く。

 二人は、知ったか振りで会話を続ける事に、面白さを感じているのだろう。奇抜では有るが、余りにも子供じみている。

 流石に付き合う気になれず、忠勝はダイニングテーブルに向かおうとする。しかし、たけしはここぞとばかりに、言葉を続けた。


「それなら、これはどうっすか? さんが付いてる名前を、名字に変えるゲーム!」

「だから、やらねぇよ」

「龍角さん」

「網野さん」

「網野はともかく、龍角なんて名字は聞かねぇよ!」

「伊野信さん」

「まった! イノシン酸は、アウトじゃないですか?」

「ギリ、セーフっす」

「え〜、アウトでしょ! 伊野信って、フルネームっぽいでしょ?」

「なら、ジャンケンで、決めるっす!」

「後出しは、無しですからね!」

「もういい、お前らだけで、遊んでろ」


 忠勝は、冷蔵庫から作り置きのツマミを、棚から酒瓶を取り出すと、テーブルにつく。そして、二人の空騒ぎを横目に、お猪口の酒を舐める。

 しかし次の瞬間、二人の新たなゲームで、忠勝は吹き出しそうになる。


「古今東西、悪役令嬢ゲーム!」

「いぇ〜い!」

「あらやだ、黙りなさい!」

「あらやだ、退きなさい!」

「あらやだ、この豚め!」

「あらやだ、肥溜めがお似合いね!」

「あらやだ、何だか臭うわ!」

「あらやだ、頭が悪いのね!」

「あらやだ、男グセも悪いのかしら!」

「あらやだ、お里が知れるわね!」

「ちょっと待て! 何だよ、その罵倒大会は!」

「なんすか? 悪役っぽくないっすか?」

「ただの悪口だろ!」

「あの、これはヒロインを虐める、悪役が言いそうな台詞なんですよ」

「そうじゃなくてよ! こういうのは、大勢でやるもんだろ?」

「二人でやると、スピード感が半端ないんす」

「緊張感が有りますね」

「いや、お前らが楽しいんなら、良いけどよ。もう少し、健全にはならねぇか?」

「兄貴から、健全って言われたくないっす」

「う〜ん。これだけは、たけしさんに同意です」


 何度目のため息だろう。そして忠勝は、お猪口の酒を一気に煽り、板わさを口に放り込む。

 出来る事なら忠勝は、静かに晩酌をしたいだろう。しかし、弟分の楽しんでいる姿を見ながら酒を飲むのも、なかなかに悪くない。

 そして当の二人は、まだ何かをする様子であった。それは、またも忠勝の予想を超える。


「守島さん。いくっすよ!」

「どうぞ!」

「カチコミで、兄貴が言う台詞ゲーム!」

「ブハッ!」

「いぇ〜い!」

「乗るな、守島!」


 忠勝の声がリビングに響くも、二人は止まる様子が無い。そして、どこで聞いたのか、かつての抗争で忠勝が吐いた台詞の数々が、二人の口から放たれる。


「てめぇ! ぶち殺されてぇのか!」

「てめぇ! 俺の身内に手を出して、ただで済むと思うなよ!」

「てめぇ! そんな端金で買える程、命は安かねぇ!」

「てめぇ! 極道の端くれなら、覚悟決めてかかって来いや!」

「てめぇ! ドス如きで、俺を殺れると思うなよ!」

「てめぇ! 撃てるもんなら、撃ってみろや!」

「てめぇ! 何発食らおうが、痛かねぇんだよ!」

「てめぇ! 謝って済むと、思ってんじゃねぇ!」

「てめぇ! 百でも千でも、呼んで来やがれ! この街の腫瘍は全部、俺が摘出してやる!」


 流石に我慢の限界だった。忠勝は、顔を真っ赤にして、声を荒らげる。それは恐らく、照れ隠しなのだろう。

 荒っぽい話し方等から勘違いされやすいが、忠勝は至って常識的な人間である。


「おい、てめぇら! いい加減にしやがれ! そんな事、いつ俺が言ったんだ!」

「全部ホントの事っす。パン屋の兄さんから、聞いたっす」

「あれは、伝説ですからね」

「とんでもねぇ黒歴史だよ!」

「思い返すと、こっ恥ずかしい事は、誰にも有るっすよ」

「慰めんな!」

「俺は、宮川組の一員として、どこまでも着いていきます!」

「うるせぇ! 俺はヤクザじゃねぇ!」


 二人は、久しぶりの拳骨を食らい、頭を抱えて蹲る。その後、二人は格闘ゲームを楽しみ夜が更けていく。

 たまには、こんな日が有っても良い。自宅ですら静かに過ごせなくて、鬱陶しいほどに賑やかでも、悪く無い。

 忠勝の表情は、自然と綻んでいた。

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