第21話 兄貴とゲーム
人は、病等で心身に著しい不自由が無い限り、忙しい毎日を過ごすだろう。そして、ほんの僅かに空いた時間で、体を休めたり、趣味を満喫する。
たけしも多分に漏れず、忙しい日々を過ごす。家では家事を熟し、日中はバイトをしている。そして、特に決まった休みは無い。
それでは、自由な時間をどう過ごしているのか? 答えは、テレビを眺めているだけ。
たけしは、義務教育を満足に受けていない。そのせいか、半強制的に躾けられる文字を追う習慣が、たけしには無い。
日常生活で必要な知識は、忠勝が教えた。それでも活字を読む事は、たけしにとって苦痛でしか無い。
読書はおろか、漫画すらも禄に読まない。言い換えれば、読めないのだ。
たけしは、忠勝に付き合って、映画を観る事が有る。ただし、忠勝が洋画を選んだ場合、自力で内容を理解する事は出来ない。理由は、字幕を追えないから。
ゲームはどうか? それに関しても、同年齢の者達と、話が合わないだろう。
「ゲームって、なんすか?」
「え? たけしさん、ゲームをやった事ないんですか?」
「鬼ごっことかっすか? やった記憶は無いっす」
「いや、そういうのじゃなくて」
「おい、新入り! 仕事中だ、おしゃべりはその位にしとけ」
「いや、でも店長! スマホで遊べるんですよ!」
「色々と、事情が有るんだよ。察してやれ」
「何か、心配されてるっすか?」
「いや別に、そういうんでも無いけど」
「たけしさん! 試しに、何かダウンロードして下さい!」
「有り難いっすけど、仕事をするっす。また店長に叱られるっすよ」
たけしは話を打ち切ると、仕込みを再開させる。
興味が無いとは言わない。しかし、身を乗り出す程では無い。真面目で有る。しかし忠勝をからかう位の、ゆとりは有る。
恐らくたけしにとって、忠勝が興味の対象なのだろう。
一緒にスーパーへ行くと、品物の良し悪しを教えてくれる。メニューに困った時は、料理のレシピを教えてくれる。
一緒に、経済ニュースを見ていると、解説をしてくれる。洋画視聴の際には、登場人物の台詞や心情を解説してくれる。
祭りや各種イベント等に、連れて行ってくれるだけで無く、裏側を体験させてくれる。他にも、色々な知識と経験を与えてくれる。これ以上に、面白い事は無い。
しかし、周りにはどう映るだろう。
休みも無く働いていると、思われるだろうか? 誰もが、当たり前に味わう楽しみを知らない、可哀想な人間だと思うだろうか?
主観が変われば、事象そのものが変化する。そこに介在するのが、善意、悪意に関わらず。
「たけしさん。明日、自宅にお伺いしてもいいですか?」
「何時頃に来るんすか? 夜中だと、兄貴に叱られるっすよ。早く寝ろって」
「出来たら、ランチが終わってから」
「わかったっす。兄貴に連絡しとくっす」
「ありがとうございます」
「お礼を言われる事でも無いっす。開店準備を済ませるっすよ」
「はい。たけしさん!」
若者にとっては、善意であったのだろう。
かつてトラブルを起こし、たけしに止められ、忠勝から指導を受けた。それは、若者の今を振り返る機会となった。
若者が、指導中に働いたラーメン屋に留まったのは、偶然では無い。受けた恩に報いたい。そう思っての事だ。
だから若者は、自分の知る楽しさを、たけしに教えたいと思った。
そして時は過ぎる。
「失礼します!」
些か緊張も有ったろう。たけしがリビングの戸を開くなり、若者は声を張り上げる。
「確か守島だったな。元気なのは、良い事だ。たけし、お前も見習え」
「何でっすか? 大っきな声出すと、怒る癖に!」
「朝っぱらから、でかい声を出すからだろ! それで守島、今日は何の用だ?」
「親分とたけしさんに、遊んで頂こうと思って、ゲームを持って来ました」
「親分って、呼ぶんじゃねぇ!」
「え〜、拳骨なしっすか? 守島さんには、優しいっすね!」
「うるせぇ、たけし! 茶でも入れてこい!」
「それなら自分が!」
「守島、お前は座ってろ」
座っていろ。それは身内では無く、客だと言われているも同然だ。無論、守島の期待した言葉では無い。
但し、上辺だけをなぞるなら。
「なに黙ってやがる。早くモニターへ繋げろ!」
「えっ?」
「だから、ハードを持って来たんだろ? モタモタしてたら、休憩時間なんて、飛んでっちまうぞ」
「はい。直ぐやります!」
ぶっきらぼうな言葉が嬉しいのは、他人とは違う距離感を感じるから。それは、守島の心を踊らせる。
「馬鹿。お前、これピンプラグじゃねぇかよ!」
「すみません。ガキの頃に遊んでたやつなんで」
「仕方ねぇ。守島、三階の奥に倉庫が有る。そこから、十二インチ位のモニターを持ってこい!」
「はい! 行ってきます!」
そして、リビングを飛び出す守島と、たけしがすれ違う。たけしは、テーブルにお茶を置くと、リビングの戸を眺めてポツリと呟く。
「根は真面目なんすよね、あの人」
「そうだな」
「おまけに、優しいし」
「そうだな」
「そんで兄貴は、ツッコミ放棄と」
「うるせぇな! ツッコんで欲しければ、ちゃんとボケろ!」
忠勝が何もしなかった訳ではない。たけしと守島が、遊びながら摘める様にと、人数分のサンドウィッチを用意していた。
やがて、セッティングが終わり、ゲームが始まる。そして、守島が最初に勧めたのは、対戦型格闘ゲームであった。
「前に行かないっす」
「十字キーを、押して下さい」
「ジャンプしたっす!」
「上じゃなくて、右を押して!」
「攻撃出来ないんすか?」
「ボタンを押せば、攻撃します」
「おぉ、殴ったっす。でも、届いてないっすよ」
「当たり前ですよ。もっと敵に近寄って」
「あれ? 攻撃出来ないっす」
「だから、ボタンを押して!」
「難しいっす。よくわかんないっす」
ゲームを初めてやるのなら、操作が覚束ないのも無理はない。守島は、たけしに伸された経験の有る為、格闘ゲームなら楽しめると考えたのだろう。
しかし、何度やっても結果は散々。そして、別のゲームに移る。
守島が次に勧めたのは、落ちゲーと呼ばれるパズルゲーム。比較的、初心者でも操作がしやすく、且つ楽しめる。
しかし、これにも罠は有る。
「回転させて、左端に置いて下さい」
「わかったっす」
「いや、回転させ過ぎ。あぁ! いいです、次!」
「どうすれば良いっすか?」
「それを反転させると、右の方に嵌まるでしょ?」
「あれ? 何か降って来たっすよ」
「それは、相手の妨害です。早く消さないと」
「駄目っす。隙間が無くなるっす」
「そこ、そこに置いて。違っ、あぁ!」
「終わりっすか?」
「もう一度、やってみます?」
「やるっす! やっつけるっす!」
例えCPUが相手でも、妨害は行われる。満足な操作が出来ず、淡々とブロックは積み上がる。そこに妨害が入れば、加速度的に空きスペースは消えていく。それが焦りに繋がり、ミスを犯す。
「たけし、お前……。下手だな」
「なんすか? それなら、兄貴がやって下さいよ!」
「嫌だ!」
「何でっすか?」
「チマチマしたのは、向いてねぇ」
「どうせ、兄貴だって下手なんす。かっこ悪い所を、見せたく無いんす」
「おい、そろそろ休憩時間が終わりだぞ!」
「あ〜、逃げるんすか?」
「うるせぇな! 早く行け、ラーメン屋に怒られるぞ!」
「絶対、後でコテンパンにするっすよ!」
「やれるもんなら、やってみろよ!」
「兄貴のば〜か、ば〜か!」
「ちょっ、待って下さいよ、たけしさん!」
かなり、のめり込んでいたのだろう。珍しく片付けもせずに、たけしはリビングを出て行く。その後を追う様に、守島が慌てて席を立つ。
そんな守島に、忠勝が声をかけた。
「守島、今日はありがとうな」
「いえ、とんでんないです」
「暫くゲームは、貸しといてくれ」
「もし良ければ、そのまま使って頂けると」
「そうか。ありがとう」
「そんな、お礼を言われる程では」
「なぁ、守島。暇が有ったら、顔を出せ。たけしの遊び相手に、なってくれ」
「自分で良いんですか?」
「お前に頼んでるんだ」
「はい、喜んで!」
明るい声がリビングに響く。守島は一礼をすると、跳ねる様にして、たけしを追いかけた。
その後リビングでは、たけしと守島が、仲良く対戦する姿を見かける事になる。また、商店街の面々も、会合の際にゲームで盛り上がる。
そして。
「あ〜、兄貴がセーブデータを消したっす」
「俺じゃねぇ! 肉屋だ!」
「おっちゃんには、コロッケをサービスさせるっす!」
「そうしろ!」
こんなやり取りが、二人の間で行われる様になった。
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