第17話 兄貴と相談会

 忠勝に舞い込む様々な依頼の中で、少し変わったものが有る。本来なら、それなりに立場に有る者達が、それを行うのだろう。

 しかし時折、忠勝が頼られる。それは、忠勝の深い知識と、広い交流関係に有るのだろう。


「あぁ? 資金がねぇ?」

「融資の斡旋は、出来ないですか?」

「そんなの、てめぇでやれ!」

「そんな」

「良いか。このサイトに、セーフティーネットの概要が書いてある。てめぇの所は、該当してる。取引先の銀行と相談しながら、進めてみろ」

「ありがとうございます」

「いいか。今回のは、運転資金の不足だ。てめぇの所は、数字の上では黒になってる。なんで、金が足りなくなるのか、わかるか?」

「い、いや」

「売り上げの回収が、出来てねぇんだよ。先ずは、支払日の見直しと、回収率を上げる事を考えろ。その後、費用の圧縮だ」

「費用の圧縮とは?」

「不要な費用を削減するんだ。売り上げを伸ばすのは、難しいんだよ。原価率を下げるのは、多少の余地があるが大変だ。一番簡単なのは、余計な費用を削る事だ!」

「そうは言っても、どうやって?」

「色々あんだろ! 償却資産を増やさねぇで、リースに切り替えろ! 屋台骨がグラついてるのに、海外旅行なんて百年早えんだよ! 根本的な体質改善をして、手元に現金を残せ! 次!」


 忠勝は、歯に衣着せぬ言い方で、捲し立てる。

 ここは商業組合、そして行っているのは、月に一度行われる、大規模な相談会である。相談口には、様々な悩みを抱えた事業主が訪れる。

 忠勝は、一日限りの相談員として、窓口に座っていた。


「あの、いいですか?」

「あぁ? あんた、確か」

「はい。お久しぶりです」

「今日は、どうした?」

「いや、元請けが、不渡り食らっちゃって」

「それで、仕事が減ったと」

「そうなんです」

「なら、この名刺の奴に電話しろ」

「えっ? ここ、かなり大手ですよ」

「心配要らねぇよ。有象無象を紹介しちゃいねぇんだ。胸を張って、ぶつかって来い」

「助かります、宮川さん」

「まだ安心すんな! てめぇ自身が、信用をされなきゃ始まらねぇ」

「そうですね。頑張ります」

「何か有ったら、直接俺に連絡して来い。金は貰うけどな」

「心強いです。では」

「おぅ。次!」


 雇用者と被雇用者をマッチングさせるサービスは、ビジネスとして広まっている。それは需要と供給の量が、ビジネスを支える事が出来て、初めて成立するのだろう。

 斯く言う忠勝も、祭りの騒動で面倒を見た若者の内、学生では無い者に就労先を斡旋した。


 しかし、企業間のマッチングは、そう簡単には行かない。寧ろ、機械的に紹介される企業を、どう信用すれば良いのか?

 リサーチ業者に依頼すれば、企業の信用度を知る事が出来る。ただそれは、あくまでも財務諸表に依る物で有り、指針の一つでしかない。


 信頼とは、互いの努力で築いていくものだ。故に、中立的な機関より、信用のおける人間が間に入った方が、マッチングは上手く行く。

 そして忠勝は人脈の広さ故に、企業同士の仲を取り持つ事が多かった。


 そして忠勝の場合、それを生業にしてはいない。その為、あくまでも善意で行って来た。

 また忠勝は、紹介したら終わりになど、決してしない。相互の関係性を高め為に、まめにフォローをしている。


 それは、暇だからでは無く、心配だからなのだろう。所謂、面倒見の良さと責任感が、忠勝の信頼度を上げ、中小企業の発展に寄与して来た。


 ただ、この相談会に置いては、多くの悩みを抱えた事業主だけが、訪れるのでは無い。中には、何を勘違いして訪れたのか、理解が出来ない者も存在する。

 その場合、しわ寄せが及ぶのは、外部委託の相談員である。


「はぁ? だから、なんだって?」

「いや、起業をしたくて」

「それなら、別の日に来い!」

「何で? 起業の相談会じゃ無いんですか?」

「てめぇは、漢字もわからねぇのか?」

「わかりますよ。失礼だな」

「てめぇの仕事は?」

「サラリーマンです」

「それなら、てめぇは組合員じゃねぇだろ!」

「駄目なんですか?」

「駄目だ! 後ろを見ろ! いっぱい待ってんだろ?」

「そうですね」

「ここには、個人事業主と中小企業の社長なんかが、相談に来てんだ」

「何の相談で?」

「何で答えなきゃいけねぇんだ! 帰れ!」

「そこを何とか!」

「何ともならねぇよ! だから、別の日に来い! 忙しいんだよ!」

「頼みますよ!」

「うるせぇな! ったく」


 真剣では有るのだろう。忠勝を前にして視線を逸らさず、しかも食らいついているのだから。しかし、この場に置いては、迷惑でしかない。

 忠勝は溜息をつくと、スマートフォンを操作する。そして、何回かコールした後、目的の相手と電話が繋がる。


「おう、何だ坊主」

「仕事中悪いな、おやっさん」

「構わねぇよ、聞いてやる。何でも言ってみな」

「一人、ラーメン屋になりてぇって奴が居てよ」

「おぉ、そうか。なら、連れて来い」

「悪いな。うちの若いのを、同行させるからよ」

「あいつか、わかった」


 電話を終え、スマートフォンを懐にしまうと、忠勝はたけしを呼ぶ。そしてたけしは、同室内で行っていた軽作業を中断し、汗を飛ばしながら駆け寄って来た。


「兄貴、なんすか?」

「お前、佐渡のおやっさんを知ってたな?」

「知ってるっす。世界一のラーメン屋っす」

「この馬鹿を、おやっさんの所に連れて行け」

「はいっす」

「え? なに、なに、どういう事?」

「兄貴。この兄さん、面倒そうっすね」

「ガタガタ言うようなら、落としてから、担いでけ」

「わかったっす」

「ちょっと待って! 怖い、怖い!」


 男からしてみれば、訳もわからず何処かに連行されると、思うのだろう。

 ただ、場違いなのは男の方だ。連行はさて置き、会場から追い出される位なら、文句は言えまい。

 そして忠勝は、男に向き直る。そして、これまで抑えていた鋭い眼光で、男を見据えた。


「いいか、よく聞け。お前に、チャンスをやる」

「チャンス?」

「本気でラーメンになりてぇなら、先ずは修業しろ!」

「でも、仕事が」

「その位、何とかしろよ! ラーメン屋を開業するなら、会社を辞めんだ! せめて有給消化して、時間を作れ!」

「あぁ、確かに」

「てめぇの事情まで、責任は持てねぇからな。覚悟があるなら、食らいついてみろ!」

「う〜ん、はい」

「何だか、あれな人っすね。人生転落コースっす。悪徳金融に騙されるっす」

「ちょっと君! 不安になる事を言わないで!」

「うるせぇ! これ以上、てめぇに関わってる暇はねぇ! 次!」


 忠勝は男を退かすと、次の相談者と会話を始める。当の男は、未だに事態を飲み込めて無いのか、辺りをキョロキョロと見回している。


「挙動不審の人っすか? 不審者みたいっすね。通報するっすよ」

「え? いや、ちょっと!」

「黙って着いて来るっす。本当に絞め落とすっすよ」

「やめて、怖いよ」

「冗談っす。でも、兄貴に迷惑をかけたら、ただじゃおかないっす」


 怯えているのは、誰が見ても明白だろう。しかし、これ以上も無い機会を貰っている。不満を漏らすのは、お門違いだ。

 ただ彼は知る事になる、修業は厳しいのだと。


「おぅ、たけし。坊主が言ってたのは、そいつか?」

「そうっす。お久しぶりっす」


 目的のラーメン屋を訪れると、店主の快活な声が飛んで来る。しかし、たけしから視線を移した瞬間に、温和な表情が鬼神の様に変わった。


「何だ? 気迫が感じられねぇな。やる気が有るのか?」

「しつこく、兄貴に迫ってたっす」 

「坊主に怯えねぇとは、少しは見込みが有るのか?」

「多分、駄目っす。かなり厳しめに、鍛えて欲しいっす」

「まぁ、現実ってもんを、教えてやるよ」


 男は、ガタガタと震えながら、何も言えないでいる。挨拶すら出来ない様子が、店主の怒気を漲らせる、一因となっている。

 男は、従業員の一人に腕を掴まれ、店の奥へと引きずられていく。それを見届けると、店主は再びたけしに視線を戻す。

 それは、先程とは打って変わり、孫を見る様に穏やかな表情であった。

 

「おい、たけし。調子はどうだ?」

「湯切りと盛り付けを、任せて貰える様になったっす」 

「そうか、頑張ってるな。今日は、ここで働いてけ」

「はいっす。どうせ、このまま帰ったら、兄貴に叱られるっす」

「そうか。頼むぞたけし」


 人生には、大きな転機が何度か訪れる。そして、幸運は幾度も訪れる訳では無い。男が、ラーメン屋を開業出来るかは、誰にもわからない。

 それは、努力で切り開く未来で有り、それこそが幸運を掴む手段なのだろう。

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