第16話 兄貴と大人の遊び

 それは、ある土曜日の夜、ビルのインターフォンが鳴った。そして、忠勝とたけしは、顔を見合わせた。


 商店街の面々等、限られた者しかビルを訪れない。

 限られた中でと、商店街の面々は、わざわざインターフォンを鳴らさない。

 出入りの多い商店街の面々は、玄関のセキュリティーに顔写真と音声、それに指紋等を登録してある。

 インターフォンを鳴らさなくても、出入りは可能だ。


 また、忠勝への依頼は、電話やネットで行われる。わざわざ顔を出すのは、珍しいと言えよう。

 少し訝しげな表情を浮かべ、たけしはモニターを眺める。そこには、成人病を患っていてもおかしくない様な、ふくよかな男性が立っていた。

 暗闇の中で男性は、大きな動作で存在をアピールしつつ、大声でモニターに話し掛けている。

 そして忠勝は、モニターから流れる音声で、来訪者の正体に気が付いたのだろう、深い溜息をついた。


「みゃ〜ちゃん! あ〜そ〜ぼ〜! あれ? 居ないの? みゃ〜ちゃ? お〜い、みゃ〜ちゃん!」

「兄貴、どうするんすか? 関わっちゃ駄目な人っぽいっすよ」

「いい。開けてやれ」

 

 忠勝は気だるそうに、たけしに玄関のセキュリティーを、解除する様に命じる。

 訪問した男性は、勝手知ったるかの様に階段を上がり、リビングの戸を開けた。


「会いたかったよ〜」

「相変わらず、鬱陶しい野郎だな、宗岡」

「つれないね〜。それが、久しぶりに会った、親友にかける言葉かな?」


 男は、靴を乱雑に脱ぎ捨てると、忠勝の指定席であるソファーに、ずかっと腰を下ろす。


「勝手に座んな!」

「あひゃひゃひゃ! うひょ〜!」

「暴れんな! 騒ぐな!」

「これぞ乱デブ〜!」

「自虐すんな! ここで暴れるなら、下で運動して来い!」

「それは、嫌でゴワス」

「めんどくせぇな、てめぇは。何しに来たんだよ!」

「愛に?」

「ハートマークを作るな!」

「キモくないよ」

「言ってねぇ!」


 穏やかな夜の一時が、たった一人の存在で崩壊していく。たけしは、逃げ出す様に、キッチンへ向かおうとする。しかし来訪者は、それを許さなかった。


「時に少年。みゃーさんが、世話になっている様だね」

「俺が世話をしてんだ!」

「たけしっす」

「お前も普通に挨拶すんな!」

「まぁ、いいじゃないか。拙僧は、特級公務員の宗岡でござる」

「たけし、聞き流せ。そんな公務員は、存在しねぇ」

「そうだ、みゃーさん。麻雀をしよう!」

「何でだよ! やらねぇよ!」

「も〜、いいじゃなぁい。面子も揃ってるしぃ」

「気色悪い言い方すんな! それに、三麻しか出来ねぇよ!」

「それなら、誰か呼ぶっすか? マスターとか」

「たけし。マスターはやめとけ、可哀想だ。肉屋にしとけ」

「わかったっす。おっちゃんに連絡してくるっす」


 たけしは電話機に向かって歩きだす。

 そして宗岡は、一仕事終わった様な雰囲気を醸し出し、持参したスナック菓子の袋を開け、大きいサイズの炭酸飲料をラッパ飲みした。

 指定席を奪われた忠勝は、これ以上は絡まれまいと、ダイニングテーブルに避難する。その判断は、正解だったのかもしれない。


 やがて訪れた肉屋は、宗岡に執拗な挨拶をされ、助けを求める様に、忠勝へ視線を向ける。

 その視線に、忠勝が応じる訳はない。何故なら、宗岡のターゲットを自分から移す役割が、肉屋には有るのだから。


「あんちゃん、本当にやるのか? 一応は一式、持ってきたけどな」

「それより肉屋。ツマミは、持ってきたんだろうな?」

「あんちゃんよぉ。あんたも見てただろ? 両方に荷物だっただろ?」

「それなら、腐れオタクを構ってねぇで、さっさと寄越せ」

「おい、あんちゃんの友達なんだろ? 酷い言い方するなよ」

「気にしないで下され、ご主人。みゃーさんは、ツンデレでござる」

「兄貴は、デレないっす」

「確かに。未だにあんちゃんは、ツンだけだ」

「うるせぇな、てめぇら! いいから、早く始めるぞ」


 リビングの空きスペースに、たけしが四人用のテーブルと椅子を並べる。そして、肉屋がテーブルの上にマットを広げ、牌と点棒等を置く。


 何だかんだと言いつつも、忠勝の頬が緩んでいる。そんな姿を見れば、友人としても嬉しいのだろう。

 そしてたけしは、初めてやる麻雀に心を踊らされていた。


 皆が席につくと、ガラガラと音を立て、牌をかき混ぜる。たけしは、慣れない手つきで、忠勝の真似をした。

 そして順番に、山から牌を取っていく。


「そう言えば、たけし。お前、ルールはわかるのか?」

「よく知らないっす」

「おいおい、大丈夫なのか?」

「てやんでぃ。ルールなんて、おいらが教えてやるぜぇ。たけしっちは、ハンデとして、プラス三万点スタート!」

「そんなハンデ、ある訳ないだろ! それに宗岡さん。あんた、何処の出身だよ!」

「肉屋。宗岡は宇宙人だ、相手にするな」

「おっちゃんに、ハンデを取られたっす」

「もう少し、常識的な範囲にしろって、言ってんだ!」

「うるせぇ肉屋。たけしに、ハンデは要らねぇよ。見てろ」

 

 忠勝の言葉で、肉屋と宗岡の視線が、たけしに向く。当のたけしは、真剣な眼差しで、牌を数え始めている。

 やがて数え終わったのか、たけしは忠勝に問いかける。


「兄貴、何か揃ってるっす。これって上がりっすか?」

「見せてみろ」


 パタリ、パタリと牌が倒れていく。次第に、肉屋の表情が変わっていく。


「上がってるっすか?」

「あぁ。天和、役満だな」

「何だよたけし! 運が良いってもんじゃないぞ!」

「サービスは、一回だけだ」

「おいおい、あんちゃん。まさか」

「そのまさかで、ごさるね」

「積み込みで、天和なんて。あんちゃん、何者だよ!」

「ご主人。それを聞くのは、野暮でござるよ」

 

 妙な謎を残しつつ、二本場へ続く。そして、忠勝の暗躍は、まだ終わっていなかった。

 

「ツモ! チーアンコ、スーパー役満!」

「たけし殿、そんな役はないですぞ」

「そうだ、たけし。ただの七対子だろ」

「なんすか? 凄いやつじゃないんすか?」

「まぁでも、初心者にしてはやるザンス」

「宗岡。お前は、キャラを統一しろ!」

「いや、問題はあんちゃんだろ! 積み込みは、一回きりじゃ無いのか?」

「肉屋。役満如きじゃ、ハンデにならねぇ」

「充分だろ!」


 積み込みから始まった仲間内の麻雀が、まともに進む訳も無く。また、特殊な打ち手は、忠勝だけでは無い。


「ロン! ホイコーローでござる!」

「兄貴、お腹減ったっす」

「コロッケでも、食ってろ!」

「そうじゃ無いだろ、あんちゃん! ちゃんと、ツッコめよ!」

「兄貴、やられたっす。どうすれば、良いんすか?」

「千点棒を二つ渡せ」

「お前ら、無視すんな!」

「千点棒って、どれっすか?」

「ニキビみたいなやつだ」

「ニキビは、青春の証でござるよ」

「宗岡さん、あんたは乗っかるな!」

「せっかく増えたのに、棒が減ってくっすね」

「そういうゲームなんだよ」


 あっさりと、たけしの親が流される。そして宗岡の連荘で、肉屋もあっさりと親を流された。


「ツモ、小籠包! 五百、三百!」

「何が小籠包だよ、宗岡さん。白のみだろ!」

「ザッツ価格破壊! バーゲン特価ざんすよ!」

「お得感を出すな! 元々、安い上がりだろ!」

「チリツモ三昧でっせ」

「おい、あんちゃん! あんたの友達も、大概だな」

「兄貴。百点は、黒ごまのやつっすか?」

「あぁ。それを三個だ」

「わかったっす」


 忠勝の積み込みと、宗岡の奇妙なノリが、肉屋の調子を狂わせたのだろう。

 おまけに、忠勝はたけしの相手をしている。必然と、宗岡の相手をするのが肉屋となる。

 東二局が終わった時点で、疲れた表情になっていた。

 

「兄貴。梅干しみたいなのと、タピオカみたいなのが、欲しいっす」

「タピオカは、次でツモれる」

「またやったのか、あんちゃん!」

「梅干しなら、拙僧が持っておりやす」

「宗岡さん。あんたも、言うな!」

「肉屋、馬鹿二人に構ってて、良いのか?」

「あんちゃん、まさか」

「残念だな肉屋。リーチ、混一色、小三元。跳満、直撃だ」


 忠勝と宗岡に加え、初心者のたけしが、場を掻き乱す。そこに油断が生じる。東三局を終わった時点で、肉屋は箱割れ寸前に追い込まれる。

 続く東四局で、肉屋は地獄に落とされた。


「来たぞ! リーチ、ツモ、対々和、三暗刻、チャンタ、混一色、ドラ四。数え役満だな」

「おぉ、流石はみゃーさん、大人気無い」

「肉屋の飛びで、終わりだな」

「兄貴、これで終わりっすか?」

「あぁ。お前は二位だ」

「まぁ、初心者へのご祝儀ですな」

「ツマミの礼は、無いのかよ」

「肉屋。お前には、タダ酒飲ませてるんだ。文句言うんじゃねぇ」


 結局、半荘を数回プレイし、大敗を喫した肉屋は、肩を落として帰宅する。翌日、コロッケの味が落ちたと、一部では噂になった。

 その後、肉屋は報復と称し、忠勝に戦いを挑むが、あっさりと返り討ちにあう。そして肉屋は、二度と牌を持つ事が無かったとか。

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