第15話 兄貴とボランティア

 はい。どうも、こんにちは。

 突然ですが皆さんは、コンダラという物をご存知でしょうか? 有名な言葉ですね、重いコンダラ。

 さて今日は、そのコンダラを掘り下げて、授業を行っていきます。よろしくお願いします。


「おい、たけし。なに見てんだ?」

「チャオチューブっすよ」

「はぁ? 何だ、ペットの餌みてぇなのは?」

「知らないんすか? 動画サイトっすよ」

「そうじゃねえ! そのくだらねぇ動画は、何だって言ってんだ!」

「兄貴がいけないんす!」

「何でだよ!」

「お年寄りに受ける、一発ネタを考えろって言うから」

「もっと、参考になる動画は有るだろ?」

「そうっすか?」

「お笑い芸人の動画とかよ」

「兄貴も意外と見てるんすね」

「うるせぇよ」


 家事を済ませ、たけしはスマートフォンで動画を眺めていた。そんなたけしに、忠勝は声をかけた。

 あれやこれやの発端は、数日前の事だった。忠勝は、ボランティアセンターで働く友人から、連絡を受けた。


「あのさ、悪いんだけど」

「また、あそこか?」

「流石は忠勝、話が早いな。来週の水曜、空いてるだろ?」

「空いてねぇ」

「またまたぁ」

「ふざけんな、忙しいって言ってんだろ!」

「今回は、イベントの準備だから、楽だぞ」

「聞けよ! そういう事じゃねえ!」

「時間は九時ね、よろ!」

「よろ、じゃねぇ! 無視すんな!」


 悪友とは、恐ろしいものである。忠勝の性格を、熟知しているのだから。

 忙しいのは事実だ。それでも、都合をつけるのが忠勝だ。


 身体に何発もの弾丸を受けても、平気な顔をして相手を叩きのめす、鬼神の様な男なのに、お人好しなのだろうか?


 実際に忠勝は、反社会的組織が絡んだ依頼を除き、金にならない仕事を多く引き受ける。

 それは、忠勝自身の収入源が、それら依頼とは別に有るからだろう。


 言い換えれば、既に老後の心配が無い程の、お金を持っている。言わば、金も時間も余っている暇人なのだ。


 しかし、面倒な事は、誰かに押し付けるに限る。

 そして忠勝は、たけしを巻き込む事を決める。それが、たけしに命じた、一発芸であった。

  

「暇なのは、兄貴だけっす。せめて、ミィちゃんの散歩をして欲しいっす」

「一言余計だ! お前は、渾身のギャグを考えろ」

「ぶー!」

「やかましい!」


 それから、たけしの戦いは始まった。

 昼夜問わず、様々な動画を参考にして、オリジナルのギャグを考える。

 しかし一長一短、もとい一朝一夕で出来はしまい。ましてや忠勝の下で、笑いとは程遠い世界に身を置いてきた。

 人を笑わせる。それは、中々の難題だったろう。

 

 思った様なギャグが浮かばず、時が過ぎ去る。

 当日になっても、忠勝に叱られ無かった事を、少し不気味に感じつつも、たけしは現場である老人ホームに辿り着く。


「宮川さん。今日はよろしくお願いします」

「おぅ」

「そちらの方が、仰っていた」

「あの、たけしっす」

「さあ。皆さん、集まってらっしゃいます。どうぞこちらへ」


 職員達は、忠勝に慣れているのだろう。恐れる様子が微塵も無い。そして挨拶を交わし、共有スペースに通された。

 共有スペースに近づくと、入居者達の視線が集まる。そして忠勝は、入居者達に向かい、睨みを利かせた。


「おい、たけし。ぶちかませ!」

「兄貴、無茶振りっす」

「いいからやれ!」

「仕方ないっす。じゃあ、天かす入りのところてんを、食べた人のリアクションをします」


 突然の事に、入居者達はどうしていいかわからず、戸惑っている。それは、たけしもだろう。


 自己紹介も無いまま、何をしろと言うのだ。しかも、ギャグは出来ていない。

 しかし、忠勝の命には逆らえない。言い訳も聞き入られまい。たけしは、覚悟を決めて、一発芸を披露する。


「うわ、不味っ! 不味って思ったら、意外に旨っ! あ〜ら〜た〜な〜、味覚!」


 顔と動きで表現するも、意味がわからない。辺りは、静まり返る。そして、忠勝は恫喝でもするかの様に、低い声で言い放った。


「笑え! 棺桶に片足を突っ込んだ、ジジババ共!」

「なんだと、ガキが!」

「どこが面白いんだ!」

「生意気なんだよ、帰れ! ボケ!」

「そうだ! 帰って仕事しろ!」

「チンピラが来ていい場所じゃねぇ!」

「親を泣かせんな!」


 その瞬間、入居者達が次々と罵声を浴びせ始めた。

 共有スペースは、一気に騒がしくなるが、職員達は傍観している。恐らくこれが、不器用な忠勝のやり方なのだろう。


 老人ホームでは、集団生活を余儀なくされる。当然、ストレスも溜まり易くなる。何らかの形で発散さようとも、根本的な解決には結び付かない。


 入居者達は、わかっているのだ。忠勝が敢えて、暴言を吐いている事を。そして、言いたい事を好きなだけ言わせ、ストレスを発散させようとしている事を。

 故に、口汚い言葉を吐いているにも関わらず、入居者達の表情は明るい。


 忠勝のやり方は、正解とは言い切れまい。しかし、圧倒的な力を前にして屈せず。且つ、やり込めたとなれば、気分も良かろう。


「ったく、うるせぇジジババ共だな。ごめんなさいさいサイクロン!」


 忠勝は、クルクルと回り出す。そして、入居者達から笑いが起きる。ただ一人、この状況に置いてけぼりになっているのは、たけしであろう。


「これ、なんのコントっすか? 人の事は言えないっすけど、兄貴も大概っすね」

「おい、職員の兄ちゃん。冷房が利き過ぎだそうだ」

「いや、寒いのは兄貴のギャグ」

「誰がギャルだ!」

「言ってないっふ!」

「おい、職員の姉ちゃん。たけしの奴が痴呆だ。それに、滑舌が悪い病だ」

「ちょっと噛んだだけっす!」

「おい、たけし。オチがねぇぞ」

「兄貴のせいっすよ!」


 強面の男が、悪態をつきながら、妙なギャグを飛ばす。それだけで、シュールな絵面だろう。

 更に忠勝は、たけしと職員を巻き込んで、漫才めいたやり取りをする。それは、入居者達だけで無く、職員達も笑いに引き込んでいった。


「そもそも、何しに来たんすか? 笑わせにすか?」

「仕方ねぇ、ジジババ共! イベントの準備だ!」

「おぉ〜!」

「野郎共! やる気は、充分か?」

「うぉ〜!」

「それが限界か? もっと声だせ!」

「うぉあぁぁ〜!」


 これまでと打って変わり、コールアンドレスポンスの様に、忠勝は入居者達を煽り始める。

 しかし、たけしの一言で、再び共有スペースは笑いに変わる。


「兄貴。それで、何をするんすか?」

「俺が知るか!」

「はぁ? 兄貴の準備は、寒い小ネタだけっすか?」

「馬鹿か、お前。その為に、職員さんがいるんだろ! さあ、行ってみようか!」


 忠勝等は、前座の役を果たせただろう。すっかり温まった入居者達を前に、職員達が説明を始めた。


 今回行うのは、レクリエーションで制作した絵画や手芸等を、近親者に見せるというもの。小さな文化祭に近い。

 制作物は、職員が管理している。イベントの告知や会場の飾り付けも、職員が行う。


 入居者が行うのは、折り紙等を使った、飾り付け用アイテムの作成である。

 作業において、職員は説明と入居者の補助しか行わない。それは、ボランティアの忠勝とたけしも同様だ。

 問題が有るとすれば、入居者達がたけしを受け入れるかだろう。


 しかし、それは杞憂に過ぎなかった。

 一発ギャグや、一連のコントじみた行為が、初対面という壁を取り払った。また、ラーメン屋のバイトで、接客業に慣れ始めている。

 そして、様々なパーツがカチリと嵌った様に、たけしは卒なく補助を熟す。


 そして忠勝は、忠勝だった。


「おい、こら! 竿尾のおっさん! そこで寝るんじゃねぇ! 永眠すんぞ!」

「仕方ないよ、宮ちゃん」

「妙な渾名で、呼ぶな。それより、豊川のおばちゃん。そこの手順が違う!」

「おい、宮坊! 俺にも教えてくれや」

「ちっと待ってくれ、小見川のおっさん」

「宮坊! わかんねぇから、やってくれ」

「甘えんじゃねぇ! 川後のおっさん、後でまた教えてやっから、待ってろ」

「宮ちゃん。飽きちゃったよ」

「たけし! 渡波のおばちゃんに、飲み物をくれてやれ」

「今行くっす!」


 忠勝が、この老人ホームを訪れる様になったのは、商店街に居を移してから。また訪問頻度は、月に一度ほどだ。

 そして、誰もが視線を逸らす男でも、最初の訪問日に入居者達と打ち解けた。


 忠勝が一番最初に行ったのは、入居者全ての名前を覚えた事だった。爺ちゃん婆ちゃんの一人では無く、個人として尊重した。


「でも、意外っすね」

「何がだ?」

「兄貴の新たな一面っす。ギャップ萌えっすね」

「おちょくってるのか? あぁ?」

「そんな事ないっす」

「いいか、たけし。あの人等は、ものすげぇ頑張って来たんだ。シワの一つ一つが、戦いの証なんだ」

「そんなもんすか?」

「あぁ。だから、あの人等から色々学べ」

「わかったっす」


 やがて夕方になり、忠勝とたけしは入居者達に見送られて、老人ホームを去る。勿論、また会う約束を交して。


「で、結局は良い話で、終わらそうとするんすね。オチは無いんすか? 何か怠慢っすよ。そこんとこ、次はよろしくっす」

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