第14話 兄貴と婚活パーティー
祭りが終わり、その後の騒動も一段落し、商店街には平穏が訪れる。
少し変わったといえば、客足が増えた事だろう。
祭り用に開発した料理が、予想以上に好評を博し、順調に売り上げを伸ばしつつあった。
そんな時に限って、面倒な依頼が舞い込む。それは、忠勝にも予想出来ない事態であった。
「頼む! 息子を男にしてやってくれ!」
「意味深な言い方すんな!」
「そうっすよ、兄貴は男っす」
「たけし、お前は黙ってろ!」
「お前も他人事じゃないぞ、たけし」
「うるせぇよ! それに、こういうのは、親が出張るもんじゃねぇんだよ」
「そう言ってもな、旦那。息子は、三十も越えて未だに独り身だ! もう、魔法使いだ!」
「なんで、あんたがそのネタを知ってるんだ!」
「魔法使いは嫌っす!」
「そうだろ、たけし。お前からも、頼んでくれ」
「兄貴、頼むっす。男にして欲しいっす!」
「たけし、お前は黙れ!」
「良いじゃないっすか!」
「お前が言うと、淫行条例に引っ掛かりそうなんだよ!」
「いやいや、同意が有ればだいじょぶっす!」
「なんで俺が、お前の相手まで、斡旋しなきゃいけねぇんだ!」
「ついでに、兄貴も嫁さんを探すっす。嫁さんじゃないか、姐さんっすね」
「もう、黙ってろ!」
商店街の各店が店じまいをした後、忠勝の自宅を魚屋の先代が訪れた。
リビングに通された先代は、徐に頭を下げる。その姿を見て、忠勝は頭を抱えた。
事情を聞き、更に頭が痛くなる思いにかられる。
政は、先代が四十を超えてからの子供である。それ故だろう、先代は政に甘かった。そして政に、後を継がせる気も無かった。
ある時、病気で妻に先立たれ、失意も有った事だろう。先代は持病を悪化させ、入退院を繰り返すようになる。
その時、政は勤めていた会社を辞め、先代の後を継いだ。
それまでの間、政に出会いは有った。しかし、直ぐに別れを切り出される事が多かった。
そしてズルズルと時が過ぎ、女性経験の無いまま今に至る。
忠勝の言う通り、親が関わっても、上手く行くものでは無い。しかし、このまま出会いが無く、年老いて行くのを想像すると、親としては心配にもなる。
「仕方ねぇ。たけし。祭りで知り合った、イベント屋に連絡しろ」
「わかったっす」
「ちょっと待ってくれ、旦那。どうする気だ?」
「いいか、先代。政は、なんで上手く行かねぇと思う?」
「押しが強過ぎるんじゃないのか?」
「それを、上手く活かすんだよ」
「すまねぇ旦那。よくわからねぇ」
「何人も集めると、中には居るんだよ。自分から話し掛けられない、内気な奴がな」
「そんな子を狙うのか?」
「先代、言い方を考えろ! それに、押しまくるんじゃ、今までと同じだ。エスコートするんだよ!」
「いや、旦那。息子には、無理だぞ!」
「だから、あんたは俺に頭を下げたんだろ?」
忠勝はニヤリと笑い、煙草に手を伸ばす。そして、話は終わりとばかりに、煙を吐き出した。
魚屋の先代は、忠勝に頭を下げリビングから出て行く。そしてたけしは、電話機に向かった。
暫くすると、たけしから声がかかる。
「兄貴、繋がりましたよ」
「おう。って、いい加減、保留を覚えろ!」
「兄貴。怒鳴り声が、丸聞こえっす」
「お前のせいだ!」
流石の忠勝でも、数回しか会っておらず、関係が築けて無い相手には、恥ずかしさを感じるのだろう。
受話器から薄っすらと漏れる笑い声に対し、忠勝は嫌味で応える。
「おう、イベント屋。あくどい商売は、儲かってるか?」
「嫌ですね。スマートなビジネスを、心掛けてますよ」
「お前のとこで、婚活パーティーをやってたよな?」
「ええ。宮川さんが出席されるなら、良い子を揃えておきますよ」
「俺じゃねぇ! 二軒隣の魚屋だ!」
「あぁ。あの、やたらと喧しい方!」
「そいつを。今度のパーティーに参加させる」
「わかりました。でも良かったですね。あの方に合いそうな女性が、何名か参加なさいますよ」
「それは僥倖だ。後はメールでな」
「はい、よろしくお願いします」
電話を切ると、忠勝は受話器をたけしに渡す。そして、再び煙草に火を着けた。
眉間にしわを寄せて煙草をふかしている時は、忠勝は考えを整理している。
たけしは邪魔にならない様、受話器を戻すとキッチンで洗い物をする。
暫くすると、リビングからたけしを呼ぶ声がする。たけしは、直ぐに洗い物を止め、忠勝の下に駆け寄る。
「お前も、イベントに参加しろ」
「婚活するんすか?」
「違う! スタッフだ!」
「それは良いんすけど、魚屋のおっちゃんはどうするんすか?」
「何もしねぇ」
「それだと、失敗しないっすか?」
「大丈夫だ、政を信じろ。あいつは良い男だ」
「そんなもんすかねぇ」
第一印象とは、何だろう。
優れた容姿か? それとも清潔感か? 恐らくどれも、印象を構築する一因だろう。
外見的な要素だけが、印象を決定付けるのか? それは、否であろう。
外見には、その者の性格や人生そのものが、刻まれていく。そうして、男は逞しく、女性は美しくなる。
政は、あがり症なのだ。故に、喧しいと思われるまで、政は努力している。己のあがり症を、周囲に不安を与えない様に、精一杯気持ちを高めている。
そして、政の生来の生真面目さが、押しが強いと錯覚させる。
政には、僅かなアドバイスと、些細な手助けだけでいい。フラットな状態にしてやれば、政の良さは浮き彫りになる。
「そんで、何もせずに当日っすか? 尺が足りないんすか? おっちゃんの事情とか、要らなかったんじゃ無いっすか?」
「はぁ? なに言ってんだ? それより、今日のお前はイベントスタッフだ」
「わかってるっす。接客しつつ、おっちゃんのサポートっす」
「俺達は、裏でモニター見てるからな。上手くやれよ」
「おっちゃんの為に、頑張るっす!」
流石に忠勝は、今日の為に衣装を用意した。
パーティーは、大きな会場を利用し、参加人数は五十名を優に超える。そして。集まった美男美女は、お洒落な服装を身に着けている。
また、パーティーは立食形式で、席に着かない為、比較的に色々な異性に声をかけやすくなっている。
場違いだと感じているのか、会場に入った瞬間に萎縮し、政は会場の隅でポツリと佇んでいる。
五分を経過し、十分を経過しても、誰にも話しかける様子は無かった。
ただ、これは忠勝の狙い通りである。事前に忠勝は、アドバイスをしていた。
暫くの間は、何もしなくていい。先ずは、会場の雰囲気に慣れろ。それと、周りを観察しろ。
参加者の中には、お前と同じで、場馴れしてない女性がいる。周囲に溶け込めない女性を見かけたら、声をかけろ。
そして、忠勝が政に送った最大のアドバイスは、テンションを上げないこと。そして、話題を振ること、聞き役に回ることだ。
やがて政は、自分と同じ様に、壁の花になっている女性を見つける。そして、意を決し話しかける事に決めた。
元より上がり症である。話しかけた所で、しどろもどろになってしまう。ただ、今回の場合に限っては、その姿が好印象に繋がったのだろう。
女性と二人きりになり、会話が始まる。
最初こそ、二人でブュッフェを取りに行く等、政は女性をエスコートしようと努めた。
ただ、問題は会話が続かない事だ。イマイチ盛り上がり欠ける様子が、手に取る様にわかる。
それをモニターで眺めていた忠勝は、インカム越しにたけしへ指示を出した。
「たけし、接客はいい。政の所を温めて来い」
「わかったす!」
たけしから見ても、政と女性が盛り上がってる様に見えなかったのだろう。言うならば、開始早々二人きりにさせられた、お見合いの様だ。
「飲み物は、如何っすか?」
「えっ? たけし?」
「お姉さんは、お酒とかいけるっすか?」
「いえ、お酒は得意じゃ無くて」
「それなら、ノンアルコールのカクテルを用意するっす」
「ありがとうございます」
「ちょっと待て! 何で、たけしが居るんだよ!」
「何って、おっちゃんのサポートっす」
「有り難いけど」
「どうせ、おっちゃんは、話題に困ってるんすよね?」
「まあ、そうだけど」
「それより、もうおネムっすか? 子供っすね」
「何を!」
「良い子だから、おネムでも耐えるっすよ!」
「ふふっ、うふふふ」
唐突に、政がイジられた事で、女性の笑いを誘ったのだろう。そしてたけしは、その場から離れると、直ぐに飲み物を持って現れる。
「おっちゃんは、シンデレラっす」
「いや、何で俺がシンデレラ?」
「うるさいっす。順番が逆になって申し訳無いっす。お姉さんには、これっす」
「え? これって映画の?」
「そうっす。バタービールっす」
「わぁ! 嬉しい!」
「ご存知なんですか?」
「はい。人気のファンタジー映画で出てくる、飲み物なんです」
「それって、賢者のなんとか?」
「そうです! 映画は、ご覧になるんですか?」
「いえ、余り時間が無くて。良かったら、お薦めを教えて下さい」
これは、ただの偶然ではない。イベント会社の社長から、女性の趣味を聞いて飲み物を選んだ。
話下手が、全て無口では無い。話したい事、聞いて欲しい事、一緒に分かち合いたい事、色々な事を内に秘めている。
きっかけさえ有れば、話は弾む。なにより今回は、政は聞き役に回ったのだから。
そして、盛り上がった二人は、次の約束を交わす。
「取り敢えず、後は政の問題だな」
「結局、今回も金にならない仕事でしたね」
「貧乏人から、金は取れねぇよ」
「そして、今回も笑いは無しと」
「何を求めてんだよ!」
「兄貴と漫才でTVに出るっす!」
「出ねぇよ!」
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