第13話 兄貴と悪ガキ更生プロジェクト
百万人も訪れるとなれば、祭りはかなりの大規模になる。そして訪れるのは、祭りを楽しむ人々だけではない。
仮に祭りを楽しんでいても、自然と諍いは起こる。
地元の警察は、警備の人員を増員する。それでも、対処し切れない。その為、実行委員会は警備業者と提携し、喧嘩の仲裁や犯罪の抑止に務める。
それでも毎年の様に、警察の世話になる者がいる。
そして今回、実行委員会が用意した最終兵器が、かつてこの街から反社会的組織を追い出した男、忠勝である。
忠勝が、警備に就かせる事が出来たのは、実行委員会にとっては僥倖とも言えよう。その裏で、目を光らせる者達が存在する事も、忘れてはいけない。
例え、街の治安維持に一役買っていても、警察にとって忠勝が要注意人物である事は変わりない。
一部で緊張を孕みつつ、祭りは盛大に幕を開ける。
スタート時間が正午の為、メインステージ近くの屋台は、人が集まり始めている。
「おい、貧乏商店街! 調子はどうだ?」
「おぅ、あんちゃん! 出足は上々だ!」
「何だ? 面子が揃ってねぇな」
「自分の店も有るからな。メインの土日は、みんな集まるぞ」
「そうか。せいぜい頑張れよ」
忠勝は、メインステージ近くを周りつつ、見知った者達に挨拶をする。そして状況を共有する為、無線を使って警備業者と連絡を取り合う。
初日は平日の為、人の入りは少ない方だ。しかし、夕方近くになると、ステージが始まる。
初日は、地元有志達のバンド演奏や、TVではお目にかかれないタレント達のトークショーが行われただけで、盛り上がりもそこそこだ。
土日になると、様相が一変する。人気のアイドルが舞台に上がり、熱狂的なファンが押し寄せる。
警備業者は、ファンの興奮を抑えようと、必死にステージを守る。当然、地元警察も人員を増やして、厳重な警備を行う。
但し、ここに穴が有る。
人が集中するメインステージに、警備の人員を割かなければならない。必然的に、他のエリアが手薄となる。
暴力事件や乱闘、それにカツアゲ、窃盗が起きるのは、警備が手薄になったエリアで発生する。
但し今年に限っては、犯罪目的の者達には、不運であると断言出来よう。
「本部。二丁目の通りで、窃盗の現行犯を押さえた。警官を呼んでくれ」
「了解! 直ぐに向かわせます」
忠勝は、窃盗犯を取り押さえると、直ぐに本部へ連絡する。無線を切ると、スマートフォンに着信が入る。
「宮川さん、三丁目の通りで乱闘騒ぎです」
「わかった、直ぐに行く。お前らは、カタギの人等に危害が無いようにな」
「了解です」
八面六臂の活躍とは、こういう事なのかもしれない。また忠勝だから、幾つもの犯罪を防げると言える。
反社会的組織と、単身で一戦交えるだけの男だ。裏社会にも、それなりに精通している。
また、社会から爪弾きにされた者達を、手足の様に使っている為、様々な情報が待っていても、飛び込んで来る。
但し、警察とは異なるルールが、忠勝には有る。
常習的に犯罪を犯しているなら、法律に任せた方が、その者の為になる。
しかし若さ故に、情熱の行き場を無くし、祭りという一種独特の高揚感に身を任せるているだけなら、敢えて前科者にする必要は無い。
そして、土曜日の深夜に、この祭りで最大の事件が起きる。
忠勝の代わりに、警備体制の打ち合わせに出たたけしが、帰宅しようとした時だった。
たけしは、数人で構成された若者グループ同士が、乱闘をしているのを目撃する。
通行人が呼んだのか、数名の警官が、その場を鎮めようと説得をしている。
しかし酒が入って居たのだろう、警官の制止も聞かず、大声で喚き散らしながら暴れ続ける。
都心の繁華街では、それほど珍しく無い光景だ。ただ悪い事に、それぞれのグループが仲間を呼んだのだろう。
火が付いた若者達を、止める術は無かったのかもしれない。多勢に無勢と数の暴力は恐ろしい。彼等の怒りは、警官に向かった。
こんな時に限って、通行人達は見物を決め込む。
ただ、それだけなら、まだいい。問題なのは、動画を撮影して、SNSで拡散する者が現れる事だ。
そして見物人が殺到する。これにより、事態は更に混乱を深めて行く。
笑笑と呟きながら、乱闘を楽しむ者でさえ、あくまでも民間人。警官が優先するのは、乱闘を収める事なのか、はたまた民間人の安全確保か。
何れにせよ、乱闘の最中にいる警官には、応援を呼べる余裕は無い。そんな時だった。
「待つっすよ! 流石にやり過ぎっす! 痛い目を見たく無ければ、大人しくするっす!」
夜の街に、たけしの声が響き渡る。
見物客を始め、乱闘中の者達でさえ、たけしに視線を向けた。しかし、静寂は一瞬だけだった。
若者達が、乱闘を再開する。その時、若者の一人が投げ飛ばされた。それは、警官でさえ僅かの間、言葉を失った。
「なにしてんだ、ごらぁ!」
仲間が投げ飛ばされ、激情した若者の一人が、たけしに飛びかかる。次の瞬間には、その若者も投げ飛ばされていた。
訳がわからない。それが本音だろう。
見るからに痩せており、喧嘩慣れしているとは思えない。また、飄々とした雰囲気で、覇気すら感じない。
ただ、彼等は甘く見過ぎた。たけしは、忠勝の舎弟なのだ。
「警察の人は、避難するっす。後は、任せるっす」
その言葉は、若者達の逆鱗に触れるものだったに違いない。しかし、頭に血が登っている状態で、何が出来よう。仮に何十人が集まっていても。
冷静な判断力を失った時点で、若者達の敗北は決定していた。
四方八方から飛んで来る拳を、たけしは巧みに躱す。中には、鉄パイプやナイフの様な、凶器を持つ者もいた。
しかし、向かって来る攻撃を躱し、たけしは若者達を投げ飛ばしていく。
ただこの状況は、たけしに不利だと言える。
相手は、害する事を前提としている。しかし、酷い怪我を負わせれば、過剰防衛になりかねない。
故に、たけしは投げ飛ばすだけで済ませ、深いダメージを負わせない。
時間が経過する度に、たけしが追い詰められるのは必然。しかし、その事態を収束させたのは、応援の警官ではなく、忠勝であった。
「てめぇ等! 人の身内に手を出すとは、いい度胸じゃねぇか!」
その一言で、辺りは静まり返った。
地獄の底から響く様な声、殺意の漏れる眼光、それは若者を一瞬で恐怖させる。圧倒的な存在感の前に、若者達はなす術無くへたり込み、小水を垂れ流す。
忠勝は、ゆっくりと若者達に、近づいていく。恐らくこの時、警官が感じたのは、若者達の安否だろう。
一人の若い警官が、震えながら声を上げる。正に、警官の鏡と呼んでもいい。
「ちょっと待て!」
「なんだ、てめぇは?」
「応援を呼んだ。ここからは、警察の領分だ。余計な事は、止めてくれ。君も逮捕することになる」
「やれるもんなら、やってみろ」
決して、声を張り上げた訳では無い。そして忠勝の眼光は、若い警官の足を更に竦ませる、言葉を失わせる。
潜って来た修羅場の数が違う、忠勝を前にすれば、若い警官は使い物になるまい。
やがて、やや年老いた警官が、若い警官を庇う様にして、忠勝との間に割り込んだ。
「宮川さん。傷害の疑いで、彼らから話しを聞く必要が有る。それでも貴方は、我々を止める気か?」
「あぁ。こいつらは、俺の身内に手を出した。ケジメをつけるのが先だ」
「それを我々が、許すとでも?」
「それなら、力尽くで止めてみろ」
「そうやって、正義の味方を気取るのか?」
「誰が正義の味方だ? てめぇ等が、何をした? 何が出来る? どうせ、鑑別所にぶち込んで終いだ」
「それが法だよ」
「その法を、守れねぇ奴は、悪だっていうのか? ふざけんなよ。喧嘩の一つや二つで、ガキを悪党にするんじゃねぇ」
「ならば、貴方に何が出来る?」
「言ったろ? こいつ等には、ケジメをつけさせる」
やや年老いた警官は、忠勝の事を良く知っていたのだろう。仲間の警官を説得する。本来あり得ない事だが、観衆達を解散させただけで、去っていく。
そして、ケジメの時間が始まった。
ケジメと言っても、忠勝が民間人に無為な暴力を、振るうはずが無い。
若者達は、路上で正座をさせられ、忠勝に説教された。また、鋭い眼光で睨まれ続け、朝になる頃には憔悴しきっていた。
ただ、忠勝のケジメは、これで終わらない。
「たけし。本部から、掃除道具を持って来い」
「全部っすか?」
「そうだ。それと、本部の奴に連絡しとけ。今日から、清掃のボランティアは要らねぇ」
「わかったっす」
たけしが、掃除道具を運ぶのには、些かの時間がかかる。ただ、若者達は逃げる事が出来ない。
足の痺れも有ったろう。それより、忠勝から逃れられると、微塵も思えなかったに違いない。
「俺が、良いと言うまで、街を綺麗にしろ!」
それから若者達は、祭りが終わる迄、街の清掃をさせられた。そして、忠勝の指導は、厳しかった。
通行人に、元気よく挨拶をさせる。それが出来ない者には、鉄拳が降り注ぐ。
中には、不満を爆発させる者もいた。しかし、忠勝を前にして、すごすごと引き下がった。
「だから言ったんすよ。大人しくしてれば、良かったんす」
たけしは、わかっていた。そして、これが終わりでは無い事も、わかっていた。
「てめぇらの親には、連絡済みだ。学校にも、連絡した。お前らは、暫くの間、労働しろ!」
祭りが終わっても、若者達は解放されなかった。そして商店街の為に、ビラ配りや声掛け、店の手伝いをさせられる。
無論、朝と晩には街中の掃除が待っている。もう若者達には、歯向かう気力は残っていなかった。
どうやっても逃げられない。なら、どうすれば解放されるのか。若者達は、それだけを考える様になっていく。
しかし時間を経る毎に、忠勝がかける発破には、様々なヒントが隠されている事に、気が付いていく。
ただ、ひたすら労働させられるだけで、自由な時間が無い。下手な事をすれば、罵声が飛んで来る、拳が飛んで来る。
刑務所と何が違う? いや、刑務所よりも酷い! でも、本当にそうか?
寝床や充分な食事が与えられている。当然、休息時間と睡眠時間も確保してくれた。
不満は有る。でも、あの人は警官から庇ってくれた。
労働する中で、出来ない事が出来る様になった。それは、今まで味わった事の無い、充実感だった。
もしかしたら、俺達は変われるかもしれない。
それが転機になったのだろう。若者達は、更に色々な事に気が付いていく。
商店街の人達は、優しかった。そして訪れる人達は、労いの言葉をかけてくれた。
若者達の働きぶりが変わっていく。指示されるよりも、意図を察する。恐らく、それは誰にでも出来る事ではない。
やがて、三週間が経過する頃、若者達は忠勝の自宅前に集められる。
「これまで一カ月近く、良く頑張ったな。これで、許してやる」
それは、余りに突然の言葉だったのだろう。若者達は、やや唖然としていた。
そんな若者達に、忠勝は告げる。
「拳の痛みは、忘れていい。受けた屈辱も、そのうち忘れんだろ。でもな、商店街の連中から貰った優しさだけは、絶対に忘れんな!」
「はい!」
若者達は、声を揃える。それに満足したのか、忠勝は一人ずつ名前を呼んで、封筒を渡した。
「祭りの掃除は、ボランティアだ。だけど、その後は立派な労働だ。てめぇの力で得た金、大事に使えよ」
それは、若者達が初めて聞いた、柔らかい響きの言葉だった。
若者達の瞳から、涙が溢れる。そして、玄関に向かって振り向く忠勝へ、一斉に頭を下げた。
「ありがとうございました!」
忠勝は、ヒラヒラと手を振り、玄関を潜る。また若者達は、頭を下げ続けた。
満足げな表情で、忠勝は階段を上がっていく。その横で忠勝の顔を覗き込み、嬉しそうに笑うと、たけしは語りかけた。
「兄貴。良かったっすね」
「面倒事が無くなっただけだ」
「それに宿とか、だいぶ金を使ったっすね」
「仕方ねぇだろ」
「ただ、兄貴」
「何だ?」
「笑い要素が、皆無っす」
「うるせぇよ!」
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