第12話 兄貴と祭りの準備

 ストレート、外角高めに外れてボール! これで二者連続フォアボール! 三回の裏、ノーアウト満塁! 大阪エストマがチャンスを迎えました。


 山勢さん。エースの井益、コントロールが乱れ始めましたね。

 そうですね、キャベシロンの出番ですね。

 

「肉屋! そろそろTVを消せ!」

「だってよ。今日負けたら、東京ストマックはᗷクラスだぞ!」

「何で胃が対決してんだ! ピッチャーより、俺に胃薬を寄越せ!」

「ふぉうふぁふぇ。ひゅうひひゅうひひょひょ」

「食いながら喋るな、魚屋!」

「忠勝、その位にしてやってよ。食べる時間が無かったんだよ」

「昇太。そういうお前は、何を飲んでやがる!」

「たけし君が、注いでくれるからさ」

「硬い事、言いっこなしっす」

「……、……」

「マスター。お前は何か喋れ!」


 年に一度の祭りが近付き、あちこちの店に、ポスターが貼られていく。通行人は足を止め、祭りの話題で盛り上がる。

 否応なしに、街が活気付いていく。それは、商店街でも同様であった。


 今夜は、祭りに出店する屋台のメニューを決める為、各店の店主が顔を揃えた。

 ただ、貧乏商店街ゆえ事務所は無い。正確には、維持費が捻出できなかったので、事務所だった建物は手放した。

 

 商店街の会議を行う際は、何れかの自宅に集まる。そしてここ一年は、忠勝が所有するビルに集まっていた。


 二階の居間に通されると、たけしが給仕をする。

 皆が揃うまでなら、勝手にTVを点けようが、飲み食いしようが、忠勝は何も言わない。

 それをいい事に、商店街の面々は好き勝手に寛ぐ。その結局、いつまでもダラダラとし、会議が始まらず、忠勝に叱られる。


「てめぇら! そろそろちゃんとしろ!」

「そりゃ、そうすっすね。出店するのは、皆さんだけっすよ」

「わかったなら、意見出せ!」

「そうっす! 早く終わらせて、乾杯するっす!」

「しねぇよ! そもそも政は、明日も早ぇんだ!」

「それなら、良い案が有るっす」

「言ってみろ」

「射的屋さんっす!」

「何でだよ!」


 たけしは、よく観察しろと、忠勝に言われている。それは仕事然り、日常の何気ない風景然り。

 それ故だろう、たけしは集まった面々の癖や好み、それに考え方等を理解している。

 

 だからなのだろう。たけしは、極稀に優れた意見を述べる。無論、ピントがズレている事も、多いのだが。


「だって兄貴が、コラボ弁当なんてやらせてたのは、この為っすよね?」

「まぁな」

「それなら、やっぱり射的っすよ!」

「その理屈を言え!」

「射的って、詐欺っすよね?」

「そんな輩ばっかりじゃねぇ!」

「景品を、コラボ弁当にするっす! それなら、外れが無いっす! お得っす!」

「惜しいな。でも、意見を出しただけましだ」


 そう言うと忠勝は、手元に有るタブレットの電源を入れ、幾つかの画像を皆に見せる。

 それは、屋台の中でも、若者に支持された商品の画像であった。例えば、タピオカを使った飲み物、幾つもの鮮やかな色で仕上げたアイス等。


「わかるか、画像の共通点が?」

「流行ってる物っすか?」

「たけし、正解だ。それ以外にも有るぞ」

「持ちやすいとかか?」

「肉屋、正解だ」

「映える、かな?」

「昇太、それも正解だ」

「それで、あんちゃん。何が言いたいんだ?」

「政! 少しは、考えろ!」


 忠勝は、魚屋を一喝すると、説明を始めた。

 ここ数年、若者を集める為に、実行委員会は人気のアイドル等を呼んでいる。イベント目的で、足を運ぶ者も多い。

 ごった返す中では、ゆっくりと食事は出来まい。イベントを楽しみながら、軽く食べられるのが理想だろう。

 

 更に付け加えるならば、目を引く物が良い。それが流行り物なら、目に付きやすく、且つ売り易い。

 それ以外にも、印象的な色を使った商品は、SNS等を通じて、瞬間的に話題になる可能性が有る。


「それなら、タピオカの飲み物で良いんじゃないか?」

「肉屋のおっちゃん。あれは、専用の機械が無いと、辛いっすよ。腱鞘炎になるっす」

「それもだけどな。わざわざ雁首揃えて、タピオカもねぇだろ? 商店街らしさってのを、アピールしろ! ここでヒットすれば、継続的に売れるんだ!」

「確かにね。そう言う意味だと、レインボーサンドも在り来りかもね」

「その通りだ、昇太」

「でも俺達に、そんな珍しいのが、作れるのか?」

「政。作れるかじゃねぇ! 作るんだ! その為に、コラボ弁当なんて作らせたんだ!」

「なるほどな。肉、魚、パンを使って、マスターと店長が腕を振るう。それで俺達が、調理のサポートと接客をする」

「それは良いけど、肝心な品は、どうすんだ?」


 肉屋の言葉で、納得しかけた。言われてみれば、確かに売り出す商品については、決まっていない。

 そして独り、魚屋の呟きを予知していたのか、忠勝の目が光る。


「政、それにてめぇ達! これは、宿題だ! 一週間後に、コンペをやる。最低でも一人一品は仕上げて来い!」

「ラーメン屋の店長が不在だけど、どうする気だい?」

「たけしが代理だ」

「代理っす!」

「たけし、店長だけにやらせるなよ。お前も何か作って来い!」

「わかったっす!」


 それから一週間の間、商店街の面々は、暇を見つけてはアイデアを出し合った。 

 一店舗が主張しても、忠勝は納得しないだろう。商店街が一丸になってこそ、課題がクリア出来るはず。

 自らの強みを活かしつつ、目新しい何かを作ろうと、試作を重ねた。


 そして、コンペの日が訪れる。会場は、忠勝の自宅。商店街の面々が、自信の料理を持って、リビングの戸を叩く。 


 忠勝は審査員として、既にテーブルについている。

 如何に研鑽を続けて来ても、忠勝の鋭い眼光を前にすれば、裸で寒空に立つ様なものだろう。

 緊張感に包まれる中、忠勝へ最初に挑戦したのは、ラーメン屋とパン屋であった。


「忠勝。今回は、協力して挑ませて貰うよ」

「俺達が作ったのは、バーガーだ。食ってくれ!」


 そして忠勝の前に、皿が置かれる。皿の上には、二種類のバーガーがのっていた。二つ共に、普通のバーガーとは明らかに異なる。

 忠勝は、じっくりと二つのバーガーを眺めると、一口ずつ味わう。


「良い味だ。一つ目は、ラーメンバーガーか。パテの代わりに、フライを使ったんだな。フライは魚屋、ソースはマスターの手製か」

「そうだ。仕入れた魚によって、ソースを変える」

「忠勝。僕のはどうかな?」

「お前のライスバーガーは、ラーメンのスープで米を炊いたんだな。中の角煮は、肉屋の手製か」

「そうだよ。どうだい?」


 皆の視線が、忠勝に集まる。しかし、忠勝は首を横に降った。


「悪くねぇけど、不採用だ」

「駄目か!」

「そっか、残念。予想外に悔しいね」

「二人共、気を落とすなよ。この二つは、日替わり弁当のメニュー入りだ」

 

 商店街の中では人気店を営む二人が、初っ端から撃沈し、辺りは沈黙し始める。

 

「やっぱり、新しい物じゃ無いと、あんちゃんを納得させられないな」

「肉屋。あんたは、出来るのか?」

「マスターとの合作だ、食ってくれ」


 忠勝の前に置かれたのは、見た目がブリトーに似た料理だった。

 一口齧ると、中からソーセージが顔を出す。二口目には生地とソーセージ、それにソースが、渾然一体になり口の中で踊り出す。


「これは旨いな。生地は、トルティーヤじゃ無くて、チャパティだな。チャパティは昇太、ソーセージはあんたの手製だな。これを引き立ててるのは、マスターのキーマカレーか。だけど、何だこのコクは?」

「流石にわかるか? この料理のメインは、カレーだ。十種類を超えるスパイスを使ってる。カレーに合わせて、ソーセージのスパイスを調整した。それと、カレーにコクを与えたのは、ラーメン屋のスープだ!」

「そうか、豚骨スープか。下手すると、くどくなりがちな所を、スパイスが一段上の味に引き上げてる」

「あんちゃん、合格だろ?」

「暫定だ。もう一つ、残ってる」


 誰もが決まりだと思った。

 最後に残ったのが、たけしなのだから。決して、たけしを侮った訳では無い。しかし、その道のプロが全力を尽して望んだのだ。

 しかし、たけしの料理は、ある意味で奇跡を起こす。


「で、何だこれは?」

「餃子っす」

「そんなの、見たらわかんだろ!」

「取り敢えず、食べると良いっす。味付けしてるから、タレは要らないっす」


 目の前に皿が置かれた瞬間、忠勝はぎょっとした。見るからに、ごく普通の餃子である。

 皿には六つ、摘むのには丁度良い量だ。さぞかしビールが進むだろう。


 忠勝は、コンペにたけしを参加させたのを、少し後悔していた。

 まだ口の中には、ブリトーの余韻が残っている。これを、ただの餃子に変えたくない。

 しかし、たけしに命じたのは自分だ。味見はしてやらないとなるまい。


 忠勝は、水で口の中を洗い流すと、餃子の一つを箸で摘み、口の中に放り込む。

 焼き加減は、問題無い。ただ、中身は普通の餃子では無かった。


「具は、チャーシューとシナチク、それにネギ、もやしか?」

「そうっす。ラーメン屋のトッピング餃子っす」


 面白い、それが忠勝の印象だった。そして、その印象は、段々と覆されていく。


 忠勝は、二つ目の餃子を口に入れる。

 流石に何か工夫はしただろう。忠勝の予想は、見事に当たる。具材は、最初に食べたのとは、全く違った。


「たけし、何でグラタンが入ってんだよ!」

「マスターが、余りをくれたっす」


 恐らくたけしは、一つずつ味を変えたのだろ。三つ目に口にした餃子の中身は、肉屋の弁当で人気のおかずが入っていた。


「流石に、この味は雑過ぎだ」

「まぁまぁ、楽しみはこれからっす」


 忠勝が四つめを口にすると、予想外の味に混乱する。


「その反応は、あれっすね」

「アイスを入れんじゃねえ!」


 ここまでは、全てが変わり種だった。敢えて言うなら、最初に食べたのが、一番普通の餃子に近い。

 こうなると、次に何が入っているか、興味が駆り立てられる。そして忠勝は、五つ目の餃子に箸を伸ばした。

 

「次はあんこかよ! お前、具材を何処で丁度した?」

「全部商店街っすよ。でも、流石は兄貴っすね」

 

 結局、完食させられる事に、些かの腹立ちを覚えながら、忠勝は最後の一個に手を付けた


「辛っ! 不味っ! 辛子とワサビを混ぜんな!」 

「それが当たりっす、兄貴!」

「水、水を寄越せ!」

「だから兄貴。それ、当たりっす!」

「何が、してぇんだ!」

「何って、ロシアン餃子っよ」


 口の中で暴れ回る味覚の破壊兵器に、これまでの味わった料理の印象が、かき消される。

 面白いのは、確かだ。売れるかどうかは、賭けでしかない。しかし、当初の目的を忘れて、忠勝は言い放った。


「お前ら、これをベースに、再検討しろ!」

「は?」

「何でだよ?」

「忠勝……」


 ブーイングが起こるのは、当然だろう。旨さ、食べやすさの上では、ブリトーが頭一つ抜けている。

 それが、何故にロシアン餃子なのだ。


「祭りだ。連れと一緒に盛り上がる」


 忠勝は、その言葉と眼光で、皆を黙らせる。

 結局それから二週間をかけて、商店街の面々はロシアン餃子の味を高めて行く。

 そして、当日の売り上げは、神のみぞ知る。

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