第9話 兄貴と本気の野球勝負

 とある平日の午後、忠勝とたけしは、近くのグラウンドにいた。二人の周りには、商店街の面々が揃っている。そして、一様に同じ格好をしていた。


 また似たような格好をした者達が、グラウンドを挟み、商店街の面々を睨みつけている。そして、商店街の面々も、それに応えて睨み返す。


 互いの視線がぶつかり、火花を散らす。そんな光景が目に浮かぶ。

 それは、真夏に訪れた汗と涙の狂宴。若しくは、熱い友情と青春が織りなす祭典。

 一つの白球を追い、いったいどんなドラマが生み出されるのか。


「いや、前置きが長いっす! タイトル見れば、わかるっすよね? 野球っすよ!」

「たけし、なに言ってやがんだ?」

「兄貴、気にしないで下さいっす」

「まぁ、いい。そろそろ集中しろ」

「何がっすか?」

「試合だ、試合!」

「はぁ、そうっすね」


 たけしにしては、珍しいと言えよう。肩を落として、深い溜息をつく。

 そして、ジト目と言うのが正しいだろうか。たけしはやや半眼になり、身長の高い忠勝を見上げた。


「兄貴、本気っすか?」

「何がだ!」

「だって、こんな金にならない依頼」

「仕方ねぇだろ」

「まぁ、兄貴が良いなら、文句はないっすけど」


 先ずは、なぜ彼等が揃いのユニフォームを着て、グラウンドに集まって居るのかを、語らなくてはなるまい。


「手短に頼むっす」

「だから、なに言ってんだよ、たけし」

「気にしないで、欲しいっす」


 要約すると、駅前祭りにおける、屋台の場所取りを賭けた勝負である。


「今度は短いっす! まとめ過ぎて、よくわからないっす!」

「さっきから、うるせぇぞ!」

「兄貴は、集中してて欲しいっす」

「あ、あぁ」


 仕方ない、もう少し説明をしよう。

 再開発により、駅前は発展を遂げた。大型店舗が立ち並んだ事により、商店街を訪れる客足は減ったが、駅前を訪れる人口は増加した。

 これにより、一時は衰退傾向にあった年に一度の夏祭りは、年を追う毎に規模を拡大していった。


 理由は、言うまでもあるまい。単純にスポンサーが増えた為、資金が潤沢になり、大きなイベントへと変化を遂げたのだ。

 メインステージでは、TVで見かけるタレントが呼ばれ、華やかなショーが行なわれる。

 祭りの最後には、花火の打ち上げが行なわれる。


 そして祭りは、金曜日から日曜日にかけて開催され、来場者は延べ百万人を超える。正に、ここが一番の稼ぎ時である。

 

 商店街の面々は、各々が屋台を出している。ただ、その場所によっては、売り上げが大きく左右する。

 また、駅前再開発により廃れた商店街は、一つでは無い。駅向こうにも存在している。

 そして今日は、その場所取りを賭けた、野球勝負である。


「長かったすね。ここまでで、千文字は超えたっす。この話、終わるんすか?」


 うっさい、たけし! 妙な茶々を入れると、出番減らすよ!

 ゴホン、失礼しました。


 恐らく、勘付いていらっしゃる事だろう。

 商店街の面々が集まっても、九人には至らない。高齢が理由で引退した先代を含めて、ようやく人数が揃う。

 言わば、ハンデがある状態で、これまで戦ってきた。しかし、今回の勝負には、忠勝が助っ人として参加した。

 これが何を意味するのか。


「まぁ、反則だよな。あいつら、あんちゃんとは、目を合わせないしな」

「そうだぜ、政。あんちゃんが居れば、鬼に金棒だ」

「肉屋のご主人。言葉の使い方が、少し違いますよ」

「何だよ、昇太。最強には、違いないだろ?」

「まぁ、これが球技じゃ無ければ」

「今年こそ、勝つぞ!」

「おうよ!」


 肉屋と魚屋は盛り上がる。事情を理解していれば、ここまで喜ばなかっただろう。

 いずれ知られる事だろうが、今の所はある方の名誉を守る為に、黙っておこう。


「兄貴の為に、頑張るっす」


 たけし。お願いだから、ネタバレは止めてね。


 ゴホン。それはともかく、試合の時間が訪れる。両チームが、ホームベースを挟んで並ぶ。

 先程までは距離が有った為、闘志を剥き出しに睨めつける事が出来た。しかし、忠勝を目の前にして、相手チームはすっかり萎縮している。


 傍から見れば、既に勝敗が着いているも同然だ。何せ、諦めた者達の頭上には、勝利の星は輝く事は無いのだから。

 とは言え、それ以外の者達は、さしたる技量の差は無い。作戦次第では、忠勝を無力化する事も可能だろう。

 例えば、ゴジラの異名を取った名選手が、甲子園で五打席連続敬遠をされた様に。


 様々な、思惑が交差する中、審判が試合開始の合図を宣言する。相手チームが守備につく。

 一番バッターは、最も年の若いたけしが選ばれる。そして意外にも、たけしは野球が上手かった。


 勝利を続けている事による、相手チームの油断も有ったのだろう。たけしは、甘く入った内角のストレートを、センター前に弾き飛ばす。

 続く二番がバントで、ランナーを二塁に進める。そして三番に選ばれた昇太が、センターとライトの間を抜けるタイムリーヒットを放ち、たけしがホームに帰る。

 

 立ち上がりを攻め、商店街チームは一点を獲得。続くバッターは、四番の忠勝であった。


 忠勝はベースよりに立ち、ベースに覆いかぶさる様に構える。そして鋭い眼光で、ピッチャーを睨めつける。

 プロならいざ知らず、素人では勝負にならないだろう。相手バッテリーは、忠勝を敬遠し五番と勝負する。そして五番の肉屋と、続く六番の魚屋を打ち取り、一点で抑えた。


 幸先の良い展開に、商店街チームの雰囲気は上々。そして、元気良く守備に付く。

 ここでも、たけしの活躍は光った。たけしはピッチャーとして、三者を三振に打ち取り、更に商店街チームは勢い付く。


 二回からは、相手チームの投手も、本来のピッチングを取り戻す。商店街チームを三者凡退にし、その後は膠着が続いた。


 相手チームの打者が一巡し、四回の裏を迎える。

 如何にたけしが小器用に熟しても、野球経験者には遠く及ばない。

 しかもたけしの球種は、ストレートと見様見真似のスライダーだけ。打線に捕まるのは、自明の理であろう。

 しかし、たけしの気合が相手打線を上回り、四回も三者で抑えた。


 そして、迎えた五回の裏で、試合が動き始める。

 疲れが見え始め、たけしは先頭打者を四球で歩かせる。続く五番がバントで、ランナーをスコアリングポジションへ進める。


 この試合、初めてのチャンスに、六番がスライダーを詰まらせて、ライト方面へ凡フライを打つ。

 素人のピッチングに翻弄され、相手ベンチが静まり返ったその時、ライトを守っていた忠勝が、捕球ミスを犯した。


 ボールは外野フェンスへ向かって転がる。忠勝はボールを追って走る。二塁ランナーは、三塁を回ってホームへ走る。

 同点まであと少し! ランナーが三塁を回った所で、忠勝がボールに追い付く。そして忠勝が、強肩を活かしてバックホーム!

 

 しかし、某選手のレーザービームとは、行かなかった。それどころか、ボールはホームベースの遥か上を超え、バックネットに突き刺さる。

 そしてランナーは、口をあんぐりと開け、ゆっくりホームインをした。


 あ然としたのは、ランナーだけでは無い。

 内野を守っていた肉屋と魚屋は、ポカンと口を開けたまま呆然としている。

 そして、たけしとパン屋の主人は、深い溜息をついた。


「バレたっすね」

「そうだね」

「ちょっと待てよ、たけし! それに昇太も! お前ら、知ってたのか?」

「そうっすよ」

「何で言わなかった!」

「言ったっす! 肉屋のおっちゃんが、聞いて無かっただけっす」

「待てよ、俺も聞いてないぞ!」

「魚屋のおっちゃんは、残念脳だから、仕方ないっす」

 

 取り敢えず、兄貴のフォローをするっす。

 兄貴は、これでも特訓したっす。でも、運動神経と野球の腕は、比例しないっす。

 兄貴の場合、ストレングスに曲振りっす。大盾を振り回して敵を薙ぎ払う、盾役みたいなもんっす。


 あのね、たけし。ナレーションにまで、入って来ないで! 本当に、出番減らすよ!

 

 仕方ないっすね。でも、兄貴の事を悪く書くと、ボイコットするっす。


 だから、ナレーションと会話しない!

 ゴホン、失礼しました。

 

 この時、肩を落とした商店街チームとは、反対に相手チームの面々は、目を輝かせていた。

 何せ、一番恐れていた人物が、穴だと判明したのだから。


 形勢が逆転するのは、時間の問題だった。

 仮に、忠勝の守備位置を変えても、狙われる事には変わり無い。また、ピッチャーをやらせる訳にもいかない。何故なら、死人が出る可能性が有るから。


 そんなこんなで、一気に逆転される。そして忠勝は、バッティングでも、良い所は無かった。

 何の変哲も無いど真ん中のストレートを、豪快なスイングで空振りをする。そうなれば、怖いのは死球だけだろう。


 そして試合は、一対五で終了する。

 甲子園で敗北した高校球児の様に、忠勝を除く商店街チームの面々は項垂れる。対して相手チームは、優勝高の様に大はしゃぎした。


 しかし、これでは終わらない。最後の大逆転は、試合後の挨拶時に起こった。


「あんたら。メインステージ近くの場所が取れても、お客さんを捌けるのか? 馬鹿みてぇな数が、押し寄せるんだぞ!」


 忠勝の一言に、相手チームは口を噤むしか出来なかった。

 互いに、バイトすら雇えない、貧乏商店街である。忠勝の言う通り、一人で屋台を切り盛りするのは、不可能に近い。

 実際に、長時間待たせる事になり、毎年クレームが事務局に届いている。


 その場限りのバイトを雇っても、大して効率は上がらない。かと言って、事前に雇い訓練する余力は無い。

 大金を払い、イベント会社や派遣会社に依頼して、旨みが減るのは面白くあるまい。


「本来なら俺じゃなくて、運営側が言わなきゃいけねぇんだ。それと、お前らの仲が悪いのは、俺でも知ってる。だから出店は、それぞれの商店街で一つずつにしろ! 協力して稼げ!」

 

 有無を言わせぬ迫力に、一同は頷いた。そして、たけしは呟く。


「そう言うのは、先に言って欲しいっす」

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