第5話 夏休み、お弁当を外で。

 夏休みがやってきた。


「それにしても」


 ワタシはつぶやいた。

 何、とサエナは箸を動かす手を止めて、ワタシのほうを向いた。


「案外すっきりした弁当だね」

「悪い?」

「別に悪いなんて言ってないよ。ただあんたにしては豪快だなあと」


 確かにそうだった。

 赤白のチェックの柄の包みから出てきたのは、よく女の子が使うプラスチックの可愛らしいお弁当ケースではなく、四角い、アルミだかアルマイトだかの「弁当箱」だったのだ。

 そしてその中に、ごはんが無造作に詰められ、別になっているおかず入れからは、カラフルとは縁遠い、だが美味しそうな煮っ転がしや煮付け、それに豆が入っていた。

 全体的に茶色い。その中で、一つざっと仕切のように入っているサニーレタスがひどく目につく。


「しょうがないじゃない。私が作ったんだから」

「あんたが?」

「昨日の残り。あんまり冷蔵庫に入れておいたところで、今の時期じゃ駄目になっちゃうじゃない。だから入れてきたの」

「へえ」


 ワタシは素直に感心した。


「てっきりお母さんの趣味かと思った」

「うちのママさんだったら、も少し可愛げのあるものにするわよ」

「そういうもの?」

「そういうものよ。そういうあなたこそどうよ。毎日買ってきたパンやお弁当じゃ身体によくないわよ」

「や、だってワタシは料理は得意じゃないし」

「ヤナセのママさんは? 作ってくれないの?」

「あのひとは仕事があるから」


 ああ、とサエナは声を落とした。


「ヤナセのママも働いてるんだ」

「も?」

「うん。私の生まれる前からずっと同じとこに勤めてるらしいの。だからもういいポストにあるみたい」

「じゃあんたの頭の良いのは、お母さん譲りなんだ」

「どうかな。うちのパパもそういうのは上手いひとだから」


 それだったらこういう娘になっても当然か、とワタシは思った。

 実際サエナは中間試験だけでなく、期末でもダントツで首席だった。

 外部生の一度、なら結構皆納得するものだが、二度となると、途端にそれは脅威に変わるらしい。彼女を見る目が変わってきたのも事実だ。


「お昼に食堂行くとね、結構妙な視線を感じるのよ」


 彼女はくすくすと笑う。


「無論そんなこと、クラスの子には言わないけどね」


 そしてワタシは苦笑する。

 ワタシは夏休みに入って、よく彼女とここでお昼を一緒に食べていた。

 授業のある時には食堂へ行ってクラスメートと一緒に食べていたらしいが、休みとなるとそういう訳にもいかないらしい。


「だってメニューが減るもの」


というのが彼女の言だった。確かにそれは一理ある。

 運動系の部活が夏休み中も練習したり、補習や補講があったりするので、結構な数の生徒は学校に出てきている。

 だがその数は毎日毎日決まったものではない。

 食堂のほうもそうすると、一日しか保たない定食や、卵やサラダの入ったサンドイッチなどは出さなくなる。

 メニューウインドウに並ぶのは、カレーやラーメン、うどんといったものばかりになるのだ。

 もっともここのうどんは美味いので、時々食べたくなることはある。ただ基本的に「冷やし」はしないので、夏の暑い日にそうそう食べようという気にはならない。

 そんな訳でワタシは休みに入ってからというもの、専らお弁当やパンを準備室に持ち込んでいた。

 相変わらずここには人がいなかった。

 部活そのものに出てくる者も滅多にいないのだ。

 いや絵を描かないという訳ではない。ただ、美大芸大を受ける上級生達は、それ相応の予備校の夏期講習に出ているのが普通だ。

 おそらくそれは、来年再来年の自分の姿だろう。

 ああいうところに入るには、ただ絵を描いていればいいのではなく、やっぱり傾向と対策というものがあるのだ。

 それに美大芸大と言っても、その中で何を選択するかによっても変わってくる。ワタシはまだそれすらも決めていない。

 まあ、だがまだ一年だ。

 夏空の青が、大きく開け放した窓越しに目に飛び込む。

 熱気と爽やかさを半々に含んだ風が首すじを通り過ぎていく。こんな時期に、うだうだ考えているのは性に合わないのだ。


「でもあんたが晩御飯作るのってのは凄いね」


 ワタシは話を戻す。


「すごいかな?」


 すると彼女は少しばかり苦笑する。すごいよ、とワタシは繰り返した。


「別にすごくはないわよ」

「や、すごいよ。ワタシなんか調理実習の時間は回りに任せっぱなしだし」

「必要があったから。そうしなくちゃいけないから、ただ覚えてしまっただけよ」

「と言うと?」

「あたしが中学くらいの時から、ママさんの仕事のポストが上がったらしくって、帰りが遅くなるようになっちゃったの。パパはいつも通りなんだけど」

「夕方に帰ってくる?」

「まさか。そんな訳ないじゃないの。ただ一応遅くはならないわね。八時か九時には帰ってきてくれた。でもママはも少し遅くて、私が寝てからってことも度々あったから」

「へえ」

「でハウスキーパーさんを入れようって話も出たんだけど、ママさんそういうこと、あまり好きじゃないの。別にきちんきちんとしてる訳じゃないんだけど、あまりそういうのは好きじゃないって。じゃあしょうがないから、って私は私のできることをしようってことになったんだけど」

「お母さん、何のお仕事?」

「教師。私が中学の時から学年主任になったのね。でもまあ私の学校とは違ったから良かったな。同じだったら疲れるし」

「疲れる」

「疲れるわよ。そうでなくても、中学の先生達って、横のつながりって結構あってね、フクハラ先生の娘さんか、とかひどく無遠慮に言うのよ。私そういうの嫌い。同じ区域の先生達って、結構研究会とかで知り合いだったりするのよ」


 それは初耳だった。サエナは箸を止めて、ひじをついた左手の指にまっすぐな髪を絡める。


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