第14話 ソルスの過去

 人影の少ない村のとある家の庭にて。

 木剣を必死に振り続ける少年に駆け寄る男の子。


「にーさん。にーさん。また剣の稽古してるの!?」


「そうだよ。僕は王国の騎士団に入りたいんだ」


「やっぱりにーさんはすごいねー! 僕には無理かなー」


「そんなことないよ! 毎日諦めずに努力すればカインだって立派になれるよ」


「ほんとぉ〜!? 兄さんみたいにかっこよく強くなれる?」


「うん! きっとなれるよ! カインは俺の弟なんだからな」


「じゃあ、僕も兄さんと一緒に頑張る〜」


「うん! 偉いぞ! カイン」


 そんな兄弟のもとにこの少年たちよりも小さな女の子が短い脚を必死に動かして近づいてくる。


「にーにー。にーにー。にーにー!」


 一生懸命駆け寄った女の子は兄ちゃんたちに向かって受け止めてくれることに疑いも持たずに飛び込んでいく。


 そんな妹を優しく抱きとめる1番上のお兄ちゃん。


「マイン……いつも言ってるでしょ? いきなり飛び込んできたら危ないでしょ?」


「えへへへ〜。にーにー。チュキー!」


 兄ちゃんの腕に抱き溜められ、短い腕をお兄ちゃんの首に回し、抱きつく女の子。


 そんな様子に取り残された男の子は


「もぉぉ。マインはいつもにーさんを独り占めするー」


 歳10くらいの男の子が歳5歳の女の子に対して羨ましそうにして不満を垂らす。


「カイン。マインはカインの妹なんだから優しくしてあげないと行けないよ!」


 弟を諭す1番上のお兄ちゃん。

 と、マインは1番上のお兄ちゃんに抱きつくのはやめて、


「にーにー。にーにー。だっこぉ!」


 カインという名のお兄ちゃんに抱っこをするように催促する。

 カインは嫌な顔をしながらも、優しく妹を抱に抱える。


 お兄ちゃんに抱き抱えられたマインはご満悦のようで、


「えへへへ〜。カイン。カイン。チュキー」

 

 と、先ほどと同じようにお兄ちゃんの首に手を回し、楽しそうに頬っぺたをスリスリする。


 

 幸せそうな兄妹の身なりはどれも裕福とは思えないようなもので、襟はよれよれで少し黄ばんだ色をしていた。


 庭先で子供たちが仲良く遊んでいる時、雨漏りしてそうなボロボロの平屋の家の中では、


「あなた今年もまた不作だけどどうしましょう……」


「あぁ……このままだと借金が……」


「あなた……このまま子供達を連れて違う国に逃げませんか?」


「いや……ダメだ……他国に行ったとしても、今は戦争の真っ只中、捕虜にされるに違いない……」


「じゃあ、どうするんですか!? このままだと家族みんな奴隷落ちですよ!?」


「あぁ、わかってる! 少し考えさせてくれ!」


 子供たちの幸せな光景とは異なり、現実的で後ろ暗い会話をする夫婦。


 この家の周辺の村はここ数年間農作物が天災のせいで思うように育たず、不作が続いた。

 そしてそれに追い討ちをかけるように重税が続き、この村に住む多くの村人たちが生きるためにも、貴族たちから借金をするようになった。

 そしてその後も運悪く天災が起こり不作となり、多くの人々が借金の返済が困難になっていくのであった。


 そしてこの家族もその村人と同じく、借金を抱えて困窮状態に至っていた。


 そんなことを子供たちは知りもしなかった。


 

 ⭐︎



 ある曇天の夜の日、馬がヒヒーンと泣きながら村を訪れる音。

 どんどん近づいてくる足音。

 そして、家の中は差し込む松明の光。


 そして家族が皆寝ているときには非常識にも扉をガタガタと叩く人影。


「おい! 出てこい!」


 と、大人の男性が怒鳴りつけるように言う。

 その瞬間、俺のお父さんとお母さんに緊張が走った。

 お母さんは俺とカインとマインを抱き寄せて、俺たちを落ち着かせようとする。

 お父さんは呼ばれたままに限界の元へと向かっていく。


「はい。なんでしょうか……」


 お父さんの弱々しい声が俺の耳にも聞こえてくる。


 と、先程怒鳴っていた男の人が、冷たい声色で。


「言わなくても理由はわかってるだろ?」


「…………」


 父さんはなにも反論できず黙ったまま、とそんな様子を見たお母さんが、お父さんの前に出て立ちはだかるようにして、


「すみません……もう少しだけ待っていただけませんか……後、少しだけ!」


 必死に男に懇願するお母さん。

 それを見たお父さんも黙っていた口を開いて……


「お願いです! 今年中にはお返ししますから! どうかお願いできませんでしょうか……」


 と、男の情に訴えかけるようにしてお父さんとお母さんが懇願する。


 けれど男は一切同情心を抱くことなんかなく、


「これは決まりだ……どんなけ俺に懇願されようと決定は変わらん!」


「「そこをぉなんとかぁあ!」」


 と男にしがみついて必死に懇願する両親。


「これはどうにもならん……借金を返せないものは誰であって奴隷になる。これはルールであって個人的な嫌がらせなのではない……」


 と男は少し感情を込めて声色で言葉を放つが、告げられる内容はひどく絶望的なもので。


 そして願い叶わずに父さんと母さんが膝を地面について項垂れる、そんな父さんと母さんに手錠をかける衛兵たち。


 そして衛兵たちはそこで止まらず、家の中へと侵入してきて、俺たち兄妹3人をも連行した。


 突然のことに泣き叫ぶカインとマイン。

 俺も泣きたい気持ちだったのだが、2人を元気付けるので精一杯で、泣くことが出来なかった。

 外に引っ張り出され、俺とカインには首輪をつけられて馬車へと乗せられる。


 泣き叫ぶ母さんとマインとカイン。

 父さんは涙を流しながら、ずっとごめんなと言うだけだった。


 男性と女性を分けるようにして、俺たち家族は別々の馬車に乗せられた。


 その時、俺は家族みんなが同じ場所へと送られると思っていた。

 けれど、決して現実はそんなに甘くなかった。

 馬車が止まり目的の場所に着いた時には、母さんたちはいなかった。

 俺たちはとある大きな建物へと連れて来られた。

 そして俺たちはここが地獄とは知らずに、送り込まれることになった。

 普通の奴隷であればどれだけ幸せだったことだろうか……


 ⭐︎


 俺は衛兵に呼び出され牢屋を出てから一つ深呼吸をする。

 今日これを勝ち抜けば99勝。

 そして、あと一回勝てばこの地獄から抜け出せる。

 だから、負けられない。

 絶対この地獄から抜け出してやる。

 そして、残された母さんとマインの元へ。



 ⭐︎


「にいさぁん! にいさぁん! 助けてぇ! にいさぁん!」


 カインの泣きじゃくる声が俺の心を激しく揺らす。


「カイン! カイン! カイン!」

 

 俺は牢屋に閉じ込められて、引き摺り運び出される弟を一生懸命に声をかけ、手を伸ばすことしかできない。

 それでもカインに届くことはなく、カインは俺の目の前からいなくなり、泣きじゃくる声も遠くなっていった。


 あぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!



 俺は牢屋に取り残され、ひたすら牢屋の中で絶叫を上げた。

 

 耳を塞いでも聞こえてくる貴族たちの大歓声。

 そして、カインが甲高く泣き叫ぶ声が聞こえてくる。

 

 そして、突然消えた——————————



 カインの声が聞こえなくなった。

 そして、さらに上がる大歓声。


 そしてこの時俺の瞳は色を失った。



 そして、しばらくして衛兵たちが持ってきた。

 

 誰かの首を。どう見たってもそれは俺の弟のものだった。



 ごめんね……カイン……にいちゃん助けてあげられなくて……


 そして、カインの次は父さんだった……


 父さんはカインみたいに泣き叫ぶことなく、外へと出ていった……


 

 そして父さんが出てすぐに勝敗が決したみたいだった。


 巻き起こる大歓声。


 そして、またも衛兵に運ばれてくる父さんの遺体。

 

 父さんの胸には剣で突き刺された後があった。

 でも、父さんの顔は苦痛に染まることなく、どこか幸せそうだった……


 父さんはカインが死んでから、狂って壊れてしまった。


 だから俺もわかっていた……

 父さんも死んでしまうんだろうと、

 予想通り父さんは死んで生き残ったのは俺1人だった。

 けれど俺は生きるのを諦めなかった……

 ただ死にたくなかったそれだけの理由で。



 ⭐︎


 

 俺が闘技場への入場口を通り広場へと足を進めると巻き起こる大歓声。


 そして、俺が足を進めた先には1人の少年が立っていた。


 その少年の正体に思わず俺は声をあげてしまった。


「カイン…………なのか?」

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