第15話 ソルスの危機
俺が闘技場の中へと進み込んでいくと、その先には予想しないような人物が待ち構えていて。
「カイン…………なんでお前がここにいる……」
なんで……死んだはずのカインがこんなところにいるんだ……
俺の問いかけに答えることはなく黙るカイン。
「…………」
「カイン! どうしてお前が生きてるんだ……お前は5年前に死んだはずだ……」
「…………」
再度、尋ねてもなんの反応もせずに立ち尽くしているカイン。
けれど、俺の胸の奥から熱く込み上がってる思い。
今、目の前にカインが姿を現してくれたという事実がとても嬉しく感じられて、それと同時にずっと弟の会話に抱いていた思い。
「カイン……兄ちゃん……あの時、助けてあげられなくて……ごめんな……」
5年前、牢屋から引き摺り出され、俺に必死に泣きながら助けを求めた弟に対して、俺は何も出来ずにいた。
あの時の自分の不甲斐なさがどっと押し寄せてきて、弟に言いたかった思いがふと口から出てきた。
そんな俺の様子にようやくカインが反応を示してくれた。
「にぃさん…………」
久しぶりに呼ばれたにぃさんという単語。
その言葉が自分の壊れた心の底ににすっと入り込んできて……
「本当にごめんなぁ……あの時、お前を助けられなくて……」
「にぃさん……」
あの時どれだけ自分の無力さに気付かされただろうか……
牢屋の中で去りゆく弟に手を伸ばして叫ぶことしかできなかった俺。
結局、その手は届かず目の前から姿を消した弟。
次に弟を見たときの弟の姿は首を切られ顔だけになったものだった。
弟が死んだことによってどれだけ俺が絶望しただろうか……
俺は苦しくて、悲しくて、憎くて絶叫を上げた。
けれどそんな絶望の中でも、俺は生きるということを諦めずに必死にこの地獄から這い出ようともがいて来た。
でも、何故だかわからないが今、俺の目のには弟のカインがいる。
成長せずに小さいままだし、斬られたはずの首があるが、俺が見間違いはずなんてなく、俺の目の前には弟のカインがいる。
それだけが真実に思われたのだから、いやそう思いたかったのかもしれない。
「カイン……本当に生きててくれてよかった……」
「にぃさん……僕、まだちゃんと生きてるよ……」
カインが先程とは違って黙ることなく俺と会話をしてくれる。
「うん……本当に良かった……生きててくれて……」
俺の脳裏に焼き尽くされた首が斬られ顔だけになった弟の情景が偽りのものであって、今ここにいるカインが本物だ……そうに違いない……
そして、俺はカインが生きていたことに歓喜のあまり、自分たちが立たされた場所がどんな場所であるのかを忘れていた。
今から行われることの残酷さを完全に失念してしまった。
ここに俺とカインが立たされたのは、2人で殺し合いをするためだということを……
この時、カインが生きていることに疑いの目を向けていればあんなことにはならなかったかもしれない。
けれどこの時、そんな余裕は俺にはなかった。
目の前にカインがいるということに胸が一杯になってしまい、闘うなんてことは考えてさえもいなかった。
「にぃさん……ぼく、死にたくない……だから、にぃさん……」
カインが目に大粒の涙を浮かべて、そんな思いを伝えてくる。だが、この言葉には表面上とは違う意味も含んでいて。
ははははははは。
俺だって死にたくない……
けれど、偽りだと思い込むことにした光景が何度も何度も思い出されて……
こんなのもう絶対にいやだ……
弟がいない世界、そんなのはもうイヤだ……
カインが死ぬなんてあってはならない……
もうあんな風になった弟の姿なんて見たくない……
だから、今度こそ俺は弟を守ってやらなきゃ——————
「カイン……兄ちゃんを殺してくれ……そしてお前は生きてくれ……頼む……」
俺は決断した。
俺が死んで、弟に生きてもらおう……
いつもと違って歓声の聞こえない静かな2人だけの空間がそこには形成されていて。
弟も俺の覚悟に躊躇っているのか、涙を流していた。
「にぃさん……ごめんね……俺、まだ生きてたいから……」
涙を流しながら短剣を握りしめて近づいてくる弟のカイン。
俺は持っていた剣を下ろし、カインが歩み寄るのを待つ。
そして、カインが俺の前まで来て……
グサっ!
カインの短剣によって俺は腹部をグサリと刺された。
その瞬間、自分の腹部から大量の血液が流れてきた。
けれど、俺は必死にその痛みを堪えて、最後の抱擁をすべく、弟を自分の元へとギュッと抱き寄せる。
大量に血液を失って、意識を失いそうになった時に突如脳内に聞こえてくる懐かしい声。
『にぃさん。にぃさん。にぃさん』
昔、カインが俺を呼んでくれた声が脳内にこだまする。
『にぃさん。にぃさん。死なないで……死んだらダメ……』
お前が俺を刺したんだろ? それに俺が死ななきゃお前が……
『にぃさん。僕がにぃさんを殺せるわけないでしょ……僕はにぃさんに生きていて欲しい……だって……僕はもう……』
いや……嘘だ……だって、お前は今俺の目の前にいるじゃないか……
『にぃさん……騙されないで……あの時のことを思い出して……』
そう言われて思い出されるのは懐かしい日の約束なんかじゃなくて、牢屋に運び込まれた首から上だけの弟の姿。
やだ……違う、あれは夢だ……そうに違いない!
『にぃさん………………』
そして、意識はさらにどんどんと薄れていき、突如、先程まで聞こえなかった貴族の下卑た笑い声が聞こえ出した。
声が聞こえ始めた瞬間から、抱き寄せていたはずの弟の姿はどこにも無くなっていて、俺が抱き寄せていたのは成人を超えただろうか男だった。
そして、俺の耳元から聞こえるのは男のニヤリとした笑い声だった。
俺は男に幻術を掛けられ騙されていた……
はぁ……こんなんで終わりっていうのかよ……ここまできて……
俺は意識がなくなる瞬間まで辛うじて手に持っていた剣を男の胸へと最後の力を振り絞って突き刺した。
そして男のニヤリとした笑い声も止まり、俺の意識も完全に暗い闇へと落ちていった。
もう少し冷静になっていたらわかっていた……
弟が生きているなんてあり得ないことを……
あんな地獄のような光景が俺の妄想で作り出されるなんてことが絶対にあり得ないということなんて……
けれど俺は本心から弟に生きていて欲しいと思っていた……
だからこそ、それが仇となった……
———勝ったものが生きて、負けたものが死ぬ
今回は勝者なしの引き分けか……
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