第12話 束の間の休息
あぁぁぁ! またやっちゃった……
自分の体が濡れていて少し胸元がはだけていて、それをソルスに見られたと思ったからつい体が動いてしまって……
私はソルスの首筋に手刀を叩き込んでしまった。
ソルスはわたしに新しい服とタオルをくれた。それなのにわたしは……
手刀を打たれ気絶をしているソルス。
そして、何故なのかびしょ濡れになっている牢屋内。
びしょ濡れになっている理由は起きたソルスから聞くことにして、わたしはせっかくだからソルスがくれた服に着がえることにする。
ソルスもわたしが着替える間には起きないだろうし。
わたしがソルスに渡されたのは白地のシャツと長いズボンだった。
別に派手なものではなく簡素なもので元の世界であれば、990円で買えそうなものだった。
けれどこの服にはそれ以上の違った価値があるような気がして、
わたしは今まで来ていた所々焦げてしまった白い道着を衛兵たちが来ないことを確認してから脱いだ。
脱ぐときに道着と自分の肌が火傷のせいで一部癒着してしまっていて、肉を引きちぎられる激しい痛みが伴った。
この時わたしは早く魔法を覚えて、自分で回復できるようにならなくてはと。
濡れた道着から白いシャツに着替えたものの、自分の体から出てくる血や汚れを拭えるわけもなく、白いシャツはすぐに汚れてしまった。
それでも今のわたしにはそのシャツがポカポカの太陽の光に浴びて洗濯されたばかりのものに思われた。
痛みに耐えながらも着替え終わったわたしはソルスの近くに歩み寄った。
絶望のどん底の真っ只中、ものすごく苦しく、悲しく、辛くて泣き喚き、狂ったように笑ってせいかわたしに大量の疲労感が押し寄せてきた。
でも、その疲労感がわたしのこころを辛うじて穏やかにしてくれるようで、わたしは気絶しているソルスの事を気にかける余裕ができた。そして、同じような境遇にいる彼、ソルスが私の隣にいると思えぼいくらか心が軽くなった、そんな気がした。
と、ソルスを見ているうちにわたしはソルスのことが気になった。
ソルスはなんでここにいるのだろうか……
わたしはクマに襲われ、商人に捕縛され、奴隷となった……
では、ソルスはわたし以上に辛い目に遭わされてここに来たのだろうか……
そんな考えが自分の疲れた頭の中を駆け巡る。
でも、気絶させてしまったソルスには聞くことも出来ず、肉体的疲労と精神的疲労を両方溜め込んでいたわたしはまたも深い闇へと落としていくのであった。
こうしてようやく異世界に来て、2日目が終わった。
⭐︎
フォルムス帝国の第一皇女の私室にて。
「オリビア様、例の件でご報告がございます」
「入れ」
と、扉から入ってくる仮面で顔を隠した女性らしき人物。この人物は第一皇女護衛部隊の暗部の1人だ。
「オリビア様、あなた様の仰った通り、セラノス王国の洞窟内に空間の歪みの痕跡がありました」
「そうか!」
オリビアの口調が高く跳ね上がる。
「ですが、オリビア様が仰ったような人物はありませんでした」
「そうか……」
打って変わってオリビアの声色が一気に落ち込む。
「オリビア様が仰る人物はおりませんでしたが、山の中を進んでいくと焦げ臭い臭いが充満しており黒煙が上がっていたので、見に行ったところ面白いものが見つかりました」
と、側仕えの顔を隠した女性がスッとあるものを取り出して、皇女様に差し上げる。
「これは…………」
「すみません……どんなものかはわかりませんが、珍しいものであったために持ってきた次第でございます」
側仕えの女性が差し出したのは焦げてしまって柄の部分だけになったしないであった。
「よい……下がれ! 大儀であった……」
フォルムス帝国第一皇女のオリビアは柄だけになった竹刀を自分の身に抱き寄せて、涙をハラハラと流した。
「みーちゃん……どこに行っちゃったの……」
焦げて柄だけになった竹刀をさらに強く抱きしめて、
「必ず見つけ出すから……待っててね……みーちゃん」
⭐︎
わたしが目蓋の隙間から太陽の光が入り込んできて目を覚ます。
体を起こして目を擦って周囲を確認すると、ソルスが壁にもたれながらわたしを見ていた。
「起きたのか、おはよう」
ソルスがわたしにおはようと挨拶をしてきた。
こんな場所にいるのにソルスはなんでこんな落ち着いているんだろう。
でも、わたしもこんな場所にいるのに今日はぐっすりと眠れた。
けれど、突然不安が脳裏をよぎった。
今日もあの地獄が始まるんじゃないんだろうか……
また生きるためにも人を殺さなければいけないのだろうか……
そう思い顔を真っ青にするわたしをみてソルスは察してくれたのか……
「今日はないぞ……今日は」
とソルスがわたしに説明してくれた。
ここ闘技場で、毎日毎日試合が行われるというわけではないらしい。
わたしたちにとったら地獄の場所でも、貴族にとったら娯楽の場所であって、貴族たちも毎日毎日同じ娯楽では飽きてしまうので、闘技場の試合が行われるのは元いた世界での休日に当たるらしい。
そして、この世界も10年前になってようやく陰暦を使い始めたのか1ヶ月を30日として、週を7日とする制度が使われ始めたらしい。
で、昨日のわたしがロイドと戦ったのが日曜日に相当して、今日は月曜日に相当するらしい。
私たちは剣奴。闘技場のない時はこの牢屋からは出られないけど、逆にこの牢屋にいるだけで何もしなくてもいいらしい。
昨日の夜まで泣き喚いていた子供もわたしみたいに泣くのに疲れ果てたのかぐっすりと眠っている。
こんな地獄にもささやかにも訪れる休息の時間。
5日間ほど猶予が与えられたわたしは少しばかり気張っていた心がすっと和らいだのを感じた。
でも、それでもやっぱりここは快適と思える場所なんかではなく、いるだけで呼吸が苦しくなり、精神が削られる場所であって。
わたしはソルスとは反対の壁に背を預け、膝を抱えるようにして座る。
そして、衛兵たちが持ってくる不味そうなご飯。
そして、それに追加で紙幣のようなものが渡された。
後からソルスに聞いたところ、この紙はこの国のお金であるらしい……
なんでもらえたのかを聞くと、わたしが勝利したからだという。
一勝すれば10,000セリス、つまり人の命が10,000セリス。
わたしは豪剣のロイドの命が乗ったこの紙幣を持つことに吐き気を覚えたので、この紙幣をソルスに渡すことにした。
ソルスはいくらかわからないけど、わたしに服とタオルをくれたから。
本当は自分の気持ちを優先した自分勝手なものだったんだけど……
ソルスはすんなりわたしが渡すお金を受け取ってくれた。
そして、ソルスが魔法を使ってご飯を美味しくしようとしていた。
と、突然ソルスのお腹の辺りから現れる塩のようなもの。
「……ソルス……それはなに?」
「あぁ、これか!? これはアイテムポーチだよ」
「アイテムポーチってなに!?」
「あぁ……お前は本当になにも知らないみたいだな……しょうがねぇ……もう、いちいち聞かれるのもめんどくさいから教えてやるよ」
ソルスは無知なわたしに呆れながらも優しくアイテムポーチのことを教えてくれた。
自分の魔力と比例してこの中に収納できるらしい……
って、そういえばわたしはエリトだったのかな? ボングだったのかな……
「アイテムポーチのことはわかった! わたしってあの後どうなったの? 突然目の前が真っ暗になって……」
「あぁ……本当に何にも覚えてないのか?」
「うん……あの後のことはなにも……」
「はぁ……お前も見ただろ? この牢屋がビジャビシャになっているの……」
「うん……起きたらそんな風になっててびっくりしちゃった……」
「はぁ……お前って本当に馬鹿なだけなんだな……疑って損したよ……」
ソルスが疑ってたなんて知らなかったけれど、馬鹿なんて言わなくていいじゃん。
まぁこの世界の常識だったり理は全然わからないから否定はできないけど。
「あの水はなぉ、お前が出したんだ……魔法を使って大量の水をな……おかげで一瞬死ぬかと思ったよ……それにせっかくの夜ご飯が流れちまったよ……」
へっ!? わたしが水を出した? ってことはわたしはエリトだったってこと!?
「や、やったぁぁ!」
わたしはその事実に思わず、喜んでしまって、こんな状況で不覚にも喜べてしまった。
わたしの希望が現実になってくれたのだから、これでわたしはまだ生きていられる……
「お前なぁぁあ! どんだけ俺が苦労したと思ってんだよぉ! ふざけてんのか? おい!」
喜ぶわたしに珍しく怒った表情を向けてくるソルス。
こんなにわたしは嬉しいのになぜ怒っているんだろう……
わたしは自分がエリトであることだけを抜き取ってソルスの言葉を聞いていたためにソルスが怒っている理由に見当もつかなかった。
自分に魔法が使えるという事実、そして目の前には不味そうなご飯。
「ソルス! わたしに魔法を教えて! これを美味しくする魔法!」
「はぁ……もういいや……わかった」
そして、ソルスが目の前で魔法を実践してくれる。
『ファイア』
と、ソルスは唱えて小さな炎が現れて、固いパンを温めているようだった。
『プリフィケーション』
と、泥水に向かって魔法を放ち、その瞬間に濁った泥水が綺麗な透き通った水に変わった。
なるほど、魔法を発する言葉には英語の単語の意味に当てはまった効果が現れるのか……
と理解したわたしはソルスがやったようにやってみることにする。
まずはファイアをと思った時にソルスから声が掛けられた。
「お前は抑えろ! 魔力量は俺なんかよりもかなり上で威力も尋常じゃないんだから、お前が思っているより100倍威力を弱めろ……」
ソルスから言われたのはそんなことだった。
確かに洪水を起こしたという前科があるらしいから反論は出来ずに、
わたしは小声で『ふぁいあ』と言ったのだが、その瞬間に私の頭くらいの大きさの青白い炎が現れて私のパンを焼き尽くし、塵に変えた。
そして、この結果わたしはソルスに言われた。
「お前は魔法を使うな! 俺が代わりにやってやる!」
こうして私のご飯は少しだけマシなものになることが約束された。
ソルスのおかげで少しだけわたしに希望が見えてきた、そんな気がした。
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