第11話 強くて乱暴な女
彼女の一声からとてつもなく膨大な量の水が創生される。
魔法を使用した本人は魔力枯渇を起こしたのか意識を失ってしまっている。
「なんなんだよ……この大量の水は……」
創生された大量の水は俺の牢屋の中を一瞬だけ埋め尽くしたのだが、仕切りが鉄格子のおかげで溺死することはなかった。
けれど、この発生した水は他の牢屋へと津波が押し寄せるようにして、侵略するわけで。
「おい! 誰だよ……この水を出したのは……って、この水うめぇじゃねえかよ」
「冷えなぁ……! ふざけんなよ」
「やだぁぁー! もう、やだぁぁ!」
自分の牢屋からは他の牢屋は見えないようになっているおかげで、誰が水を放出させたのかはわからないで済んだ。
けれど、罵声は飛んでくるわけで、水を浴び、その時に不慮にも飲んでしまった男は魔法で創生された水の味に感動していれば、他のやつは機嫌が悪そうに怒鳴るだけ、そして今日この場所に連れてこられただろう少年の
泣きじゃくる声。
ここに少年が止まるなんて滅多にないことなのだから。
少年がいるのはその少年が生き残るくらいに武闘に優れているというわけであって、大抵の少年は次の闘技場の闘いの際には見世物にされて、あえなく死んでいってしまう。
この少年もきっと次の日には、
————兄さん……助けて……
あの時の情景がまたもフラッシュバックする。
と、この洪水のような事故は幸運にも衛兵たちの目には止まることなく、穏便に収束したのはよかったのだが、なんだよこの膨大な水は。
と、自分の創生した魔法によってずぶ濡れになって、横たわっている少女。
確か、名前はミツキだったっけ……
こいつ本当に何者なんだよ……
魔法が使えないらしく教えてやったらこの有り様……
最初は俺を騙そうとしているのかと思いきや、本当に知らない様子で、そして、知らないと思えば尋常でない魔力量……
この魔力の量、宮廷魔法師に匹敵するんじゃないか!? 実物は俺でも見たことはないけれど、でもそれでも俺は17年という人生の中で、こいつほどの魔法を見たことはない……
本当にこいつはいったい何者なんだろう……
そして、気になって近づいてみると、白い変な服がはだけてしまっていて、
火傷で所々ボロボロでみっともなかったけれど、女とわかる胸元だけは辛うじて隠されていたのだが、それもこいつの起こした洪水によって見えてしまっていて。
そうやって見えた胸元は、体のあちこちに見える火傷なんかとは違って、運良く綺麗に残っていて、
「本当に、お前は女なんだな……」
改めてここにいる少女が女であることを認識した。
今までは男のような乱暴な態度に、男勝りに努力したと思われる手のまめ。そして、恐るべき程の尋常ではない魔力。
その全てを見てしまえば、俺は恐怖と不信感を抱くのは当然なのだが、それでもそれを帳消しにはしないもののそんな気持ちを柔らげてくれるような柔らかそうな彼女の綺麗な胸。
妹は今どうしてるんだろう……
突如、思い出される妹の記憶。
もうこの少女みたいに胸が大きくなっているんだろうか……
まだ生きていてくれているんだろうか……
水浸しになっている彼女、ミツキと自分の妹を重ね合わせてしまって、俺は寝転がる商事をぼんやりと眺めてしまっていた。
と、外から誰かが歩いて近づいてくる音。
「なんでこここんなに水浸しなんだぁ?」
「おっかしいなぁ……雨なんか降ってなかったよなぁ?」
近づいてきたのは見回りの衛兵たち。
でも、こいつらは貴族たちの回し者で、愚鈍な奴らで、別にこの事態を緊急事態なんかと思ってなんかいなくて……
「あの〜すみません……衛兵さん。服とタオルをいただきたいんですけど、いいですか?」
「あぁ、いいぞ! 50,000セリスな!」
「はい! これでいいですか?」
「あぁ! 後で見回りのやつに届けさせるよぉ! まぁ、見回りのやつが届けてくれるか知らんが、伝えておくよ!」
どうやって考えてもぼったくりの値段であって、服なんて普通に市場で買えば安くても2,000セリスでかえる……
でも、ここでは定価の25倍をぶっ掛けられる……
それも衛兵の気分では100倍なったりもするし、それ以上にもなったりする。
俺たちは剣奴という奴隷であって、適正な権利を主張できる立場にはない……
それでも、買えないよりはマシなわけで……
で、なんで俺が50,000セリスの大金を持っているのかというと、これには非常に暗い背景がある。
剣奴として生きて勝てば自分に白星が一個追加される。
そして勝利した選手には賞金10,000セリスが与えられる。
これをどう取るのかは人次第だが、1人殺してたったの10,000セリスだ。
そして、白星が100個集まれば、この剣奴という身分からは抜け出せる。
まぁ、このルールも貴族たちが作ったもので、作られた当時から剣奴が100勝もして解放なんて想定されていなかった。
100勝なんてできるはずかない……
そういうもとでつくられた腐ったルールだったのだ。
そして、その想定通り今まで1人も解放された奴なんていない……
『豪剣』のロイドも後、一勝といったところだったものの、結局この少女に負けてしまった。
貴族たちはさぞ興奮したことだろう……
最期の希望が潰えて、死んでいったロイド。
とことんゲスい奴らだと思う……
ロイドには同情を抱くのだが、別にこの少女を責めるなんて気持ちは一切湧かない……
勝ったやつが生き残り、負けたやつが死ぬ。
そういう世界なのだから、そして俺はそうした環境の中で、98回闘技場で勝ってきた。
ここに連れてこられてから5年が経った……
最初の一年、どれだけ辛かったことか……
今思い出せば、凄惨な地獄図しか思い出されない……
胸を突かれた父さんの遺体。
首だけになった弟。
どうしてこんなことになるんだ……
理由はすぐにわかった……
非常に単純明快で非情な答え。
ただ弱かった……父さんも弟も弱かった……そして、運がなかった……
ただそれだけだった……
あれから俺は強くなろうと決心した……
強くなって、強くなって、父さんと弟の分まで生きてやる。
勝って勝って勝ちまくって100勝して、妹と母さんを探しに行こう。
そう意気込んで—————
と、ぼんやりとそんなことを思い出しながら俺は横たわる少女のことを見ていた。
洪水のせいでせっかくの夕飯もどこへ流れてしまっていて少しばかり落胆する俺だった。
その頃には衛兵も約束どおり衣服とタオルを届けていてくれて。
そして、ようやく横たわっていた少女が目を覚ました。
「…………そ、ソルス、わたし……」
と、魔力枯渇を起こして、ぼんやりとしていた彼女に衛兵がついさっき持ってきた服とタオルを渡してやる。
「これ! これに着替えろ!」
と、横たわる少女は起き上がり、辺りを見回して、自分の体を確認した後、頰を真っ赤に染め上げて、またもや俺の首筋に手刀をたたき込んだ。
俺は彼女のあまりにも俊敏な動きに抗えることなく……
ははは。こいつは乱暴なやつだ。
俺が親切にも服を与えてやったっていうのに……
それでも何故だか先程まで抱いていた不信感はどこかうっすらと消えていた……
こんな気持ちは初めてだった……
俺はそう思いながらも意識は暗闇の中へと沈んでいった。
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